第九話 本当の友達 その二
地震!?
誰もがそう思った。
けれど、揺れているのは地面では無く人の方だったのだ。
「美耶! 止めなさい」
美耶の内から漏れ出た力が、人々の心に影響を及ぼしていた。
美耶の中の理不尽を憎む心、暴力を排斥する気持ちが、周囲の者達の心に干渉して増幅し、感情の暴風となって渦巻いていた。
これに巻き込まれた者達がバタバタと失神して倒れて行く。
『美耶!』
美帆が怒鳴り付けるが、美耶はパニックを起こしていた。自分に力が有るなどと知らず、目の前の惨事を自分が引き起こしたものとは少しも思わないでいた。
『姉さん!』
美耶達の側に一人の若い男が現れる。
『ヒロ! 遅い!』
美帆にヒロと呼ばれた男は、美耶達を助けに来た様子だった。
けれど男は、目の前の惨事に呆然とした。荒事の仲裁ならともかく、精神波の暴風など男の力ではどうしようも無かったからだ。
『美耶!』
美耶の頬を美帆が思い切り叩く。
美耶が、はっと我に返る。頬を押さえて美帆を凝視する。
ようやく自分を取り戻して、そして暴風が嘘のように納まっていた。
辺りには二百人を越す者達が倒れていて、美耶達以外に立っている者は一人もいなかった。
痛む頬を押さえ、呆然と辺りを見渡す。
「これって・・・、死んじゃったの?」
「ひっ・・・」
涼子が訊いて、美耶が悲鳴を上げていた。
自分が遣った事、遣ったかも知れない事が、美耶の心の中に染み込んで来たからだ。
「嫌だ・・・。嫌だ、こんなの嫌!」
涙を流し、ただ首を振るだけの美耶を、美帆は両腕でぎゅっと抱きしめていた。
美耶が力を持っている事も意外だったが、まさか状況が此処まで急展開するとは思っていなかった。
明らかに自分の判断ミスだ。
けど、考えを止めてはいけない。
自分が遣らなくていけない事は山程有るのだから。
「お嬢様、戻りました」
美帆の肩に黒猫が現れる。
「マルティエ、ひとまずこの場所から脱出するわ。あたしと美耶を人気のない場所に転送、場所の選択は任せる。ヒロは、この場の状況を収拾してちょうだい」
「えーっ! 状況の収拾って、本気かよ?」
累累と人が倒れる在り様に、男が悲鳴を上げる。
「あたしの名前で人を集めて。遣り方は任せるわ。マルティエ!」
美帆が猫を促す。
「美耶ちゃん、待って!」
涼子が美耶にしがみ付いて、そして、三人の少女がその場から姿を消していた。
◇ ◇ ◇
空にはどんよりとした黒くて厚い雲が在った。
日差しは翳り、今にも雨が落ちて来そうで、まるで今の自分の心のようだと美耶は感じていた。
まるでコマ落としの様に、一瞬で自分の居た場所が変わっていた。
先ほど迄、学校の近くの公園に居た筈なのに、今は波の寄せる音が聞こえている。
遠くに特徴的な形の灯台が見える。
「シーキャンドル・・・」
それは、江ノ島展望灯台シーキャンドルの姿で、三人は人気のない江ノ島の砂浜に佇んでいた。
転送、美帆はそんな風に言っていた。
それは多分、美帆の言う宇宙人の技術なのだろう。三人はその技術によってあの場所を脱出したのだ。
けれどそんな事よりも、沢山の人達が倒れるあの光景が、美耶の脳裏からは消え無かった。
あの人達はどうなっただろう?
- これって・・・、死んじゃったの? -
ぎゅっと目を瞑って、自分の腕に爪を立てる。
歯の根が合わなかった。
自分はいったい、どうなってしまうのだろうか?
「マルティエ、状況報告をお願い」
美帆が言って、美耶がびくりと身体を震わせる。
「あの場にいた者は、精神波により一時的なショック症状を起こした物と思われます。既に大多数の者が回復。酷い頭痛を訴える者が七名おり、念のため病院に送り検査をする手続きを取っております。まぁ状況から判断して、大した事にはならないでしょう」
それは美耶に気を使っての事なのだろう。猫が殊更気楽そうに報告する。
「でも、あたし・・・」
美帆が美耶を制して言った。
「彼らはあたし達を拉致、監禁しようとしたのですもの。正当防衛よ」
『でも!』
「それに、責められるべきはこのあたしだわ。千夏と勇太共々、転送でとんずらしてれば良かったのよ。そうすれば、こんな事態は防げた。それに・・・」
美帆はそこで言葉を切って、美耶を見据えた。
「それに、美耶も自分の力の事に気が付いていなかったのでしょう?」
それを聞いて、美耶はぎゅっと奥歯を噛みしめた。そう。自分には、人と異なる力があったのだ。
「これって、宇宙人の力なの?」
「宇宙人って言うか、パパの力ね。パパは昔、魔神と呼ばれていたのよ」
「魔神・・・」
途方もなくて、呆然とするしかなかった。
「パパとママの子孫は、玄孫とかも含めると千人に及ぶけのだけど、あたしの知る限りパパの力を受け継いだのは、これまであたししか居なかったの。だから、美耶で二人目」
美帆は努めて気楽そうに言っていた。
足が速いとか、力が強いとかと一緒で、大した力では無いのだと。
大きな犠牲を出さずに、美耶に力が有ることを把握出来たのは幸運だったと。
そして、これからは美耶の力が暴走しないように、自分が教えるから大丈夫だと。
でも、美耶が気にするのはそんな事では無かった。
「あたし・・・、化け物になっちゃった・・・」
言葉に出すと涙がこぼれた。
「美耶。あんたね、それって、あたしを化け物呼ばわりするのと同じ事なのよ」
「そうじゃなくって!」
普通の人とは違う存在になってしまった。その事がショックだったのだ。
「私、知ってたよ。美耶ちゃんの力の事」
「えっ?」
突然話し掛けられて呆然とする。
涼子に知られてしまった。
自分が異常な人間である事を、普通の人とは違う化け物で有る事を。でも・・・。
「・・・知ってた?」
「うん」
涼子は何でも無い様に頷いた。
「私としては、美耶ちゃんが知らないでいた方が驚きだよ。だって美耶ちゃんて、ちっちゃい頃に石灯籠を飛ばしたり、自分で宙に浮いたりしていたんだよ。おっきくなってからは遣らなくなったけど、今でも異常に運が良かったりするじゃない?」
美耶としては、全く身に覚えがなかった。
呆然として、それでつい、本当に聞きたかった事を口にしていた。
「涼子はそんな子、気持ち悪く無いの?」
涼子は笑って言った。
「そんなの今更だよ。正直、他の子だったら引いちゃうかも知れないけど、私たち従姉妹だし、大親友だと思っているし」
その言葉で、美耶の中の緊張の糸が切れた。
涙がぽろぽろと流れ落ちて、子供のように泣き声を上げていた。
『うぇーん! りょーこちゃーん!』
誰はばかる事無く、親友に抱き付いて泣いた。
こんなに思いっきり泣くのは本当に、本当に久し振りだった。
雲間から雨が落ちて来て三人の少女を濡らす。
美帆は、自分まで泣いている事を知られずに済んだと、天から落ちる涙に感謝していた。




