第五話 橘の女神 その一
「ところでさ、美帆って何で高校生なんて遣ってる訳?」
お昼休み、お弁当の時間。穂積美帆の一人飯問題は無事解決して、美耶、涼子の三人で昼食を取るようになっていた。
美帆の分のお弁当も美耶の母が作るようになってからは、伊勢海老が覗く豪華重箱弁当も姿を消して、ある意味当たり前の学校風景が戻って来ていた。
「友達を作る為よ」
弁当の筑前煮に箸を付けながら、美帆が当たり前のように答える。
「美帆って、友達がいないんだ・・・」
「ちょ! ち、違うわよ!」
涼子の残念な人を見る視線を、美帆が慌てて否定する。
「長く生きていると、友達ってどんどん減って行くものなのよ。人は常に新たな環境に身を置いて、沢山の友人を作る努力をしなくちゃいけないわ。それに、身分の更新や時代の知識を取り入れるのにも学校に通うのは都合が良いの」
「ふうん」
人の何倍も長く生きる美帆が社会の中で暮らして行くには、定期的な身分の更新が必要になるらしい。それには戸籍などの記録は勿論、身の回りの友人や知人達も新たに作る必要が有るのだと言う。
美耶からすれば、戸籍はともかく新たな友人を作る必要性が今一つ理解出来なかった。
最低限度の人付き合いは必要と思うが、本当に仲の良い友人は、少しでもいれば、それで充分だと思えたからだ。
それを訊ねると美帆は微笑んだ。
「美耶にはまだ分からないかな? 人は自分の為だけに生きる訳では無いのよ。若い時分は自分の事ばかりに眼が行ってしまいがちだけど、沢山の人と共に歩もうとする視点は、その人の人生をずっと豊かにしてくれるわ」
「ふうん」
その言葉は、今一つ美耶の心に届かなかった。
確かにその通りだと思える部分も有るが、十六歳の美耶とっては、自分の事だけで精一杯と言う所が現実だったからだ。
けれど、美帆と話していて気付くのは、彼女に偉ぶった所が無い事だった。
涼子の母の話では齢千年を越えているというのに、美帆にはそう感じさせる所が無いのだ。
近所に住むお年寄りなどは高齢となる程気難しくなって行くのに、目の前の年離れた姉は全くの所お友達感覚だった。
こうして話をしている分には楽しくて良いのだが、彼女の生きて来た時の長さを思うと、どうしても不思議な感じがしてならなかった。
ひょっとして、精神年齢が成長して無いのではないだろうか?
「美耶。あなた今、とても失礼な事考えたでしょ?」
「えーっ、何で分かるの!?」
いきなり心を読まれて狼狽える。
「分かるわよ、その位。あなたも沢山の友人を持てば、人の心の機微に通じる事が出来る様に成るわ」
「むーっ、何だか嘘くさいなぁ」
美耶が唇を尖らせる。そんな美耶に美帆は言った。
「それよりもあなた達、今日の放課後は空いてる?」
その瞳が、まるで悪戯を思い付いた子供の様に輝いている。
「せっかく姉妹だって明かせたのですもの。少しはお姉ちゃんらしい事をさせなさいよ」
美耶には美帆の言いたい事が分からなかった。
涼子と共に意味不明の顔をしていると、美帆が微笑む。
「知り合いのやってるブティックで、夏物の新作を展示し始めたの。一緒に見に行かない?」
『行く!』
涼子がいきなり立ち上がって、クラスの視線が集まる。一気にボルテージが上がっていた。
「それって・・・」
美耶が確かめるようにして美帆を見ると、年経た姉は頷いた。
「気に入ったのが有ったら買って上げる」
「本当!?」
高校に上がって少しは上がったとはいえ、美耶の月々のお小遣いは平均より少な目だった。
衣料品の類は母親に買って貰う物ばかりで、気に入ったおしゃれ着を持てないでいたのだ。
「ママが買ってくれるのは、固い物ばかりでしょ? ここはやっぱ、お姉ちゃんの出番だと思う訳よ」
彼女は美耶から、是が非でもお姉ちゃんと呼んで貰いたいらしかった。
そんな下心が見え透いていても美帆の申し出は有り難く、美耶は美帆の知り合いの店とやらに付いて行く約束をしていた。




