第四話 穗積美帆 その三
「姉妹? 美帆とあたしが?」
意外そうに声を上げる美耶に美帆は頷いた。
「待って。じゃあ、家のママが美帆を姉さんって呼んだのはどう言う事よ?」
涼子が口を挟んで来て、美帆がリビングから出て行こうとする涼子の母に声を掛ける。
「美佳、話しちゃって良いの?」
「姉さんに任せるわ」
涼子の母は、それ以上余り興味も無いと言った風で、台所に行ってしまった。
「マルティエ」
美帆が呼ぶと、彼女の後ろ髪から小さな黒猫が現れて、肩に掴まった。
「内密の話をするから、セキュリティーレベルを上げてくれる?」
「バブユアコマンド」
猫が渋い男性の声で答える。
そのまま美帆の肩で前足を組むと、目を瞑って動かなくなってしまった。
「何、その猫。一体どう言う事なの?」
興奮する美耶を、美帆が手を振って制止する。
「順番に話すから、先ずは落ち着いて。この猫は情報端末で、高級なスマホとでも思って貰えば良いわ。この家は今でも政府の監視下だから、秘話モードにさせて貰ったの」
『政府の監視ですって!』
美耶が声を上げて、美帆が溜息を吐く。
「そこで驚かれると話が進まないから、先ずは黙って訊いてちょうだい」
そう言って美帆は話し始めた。
◇ ◇ ◇
「あなた達は知らないと思うけど、この街には昔から、世の中に強い影響力を及ぼす一族が住んでいるの。始祖に天神様を戴く古い家柄で、その氏家の名を穂積と言うわ」
「つまり、美帆がその家柄なのね?」
美帆は頷いて言った。
「飛鳥時代の終わり頃、穂積の姫は、その夫に天津神を迎え入れたの。天津神とは天から下った強い力を持つ者の意味で、この場合、天は高天原では無く、地球以外の宇宙文明を指すわ。つまり・・・」
「美帆は宇宙人の子孫なんだ」
涼子がそう指摘する。
美耶は驚きの余り口を開けていた。
何故なら、美帆が頷いてそれを肯定したからだ。
「そう。つまりは、あたし達は宇宙人の子孫なのよ」
「えっ、あたし達?」
「天津神を迎え入れた穂積の姫は美耶のママ。そして、天津神が美耶のパパ。つまり、美耶も宇宙人のハーフなのよ」
!
「待って。でも、あたしのパパは普通の人だよ。昔のしきたりとか詳しいし、全然宇宙人っぽく無いよ」
慌てる美耶に、美帆は諭すように言った。
「それはそうよ。だってパパは飛鳥時代の終わりから、千年以上もこの国に住んでいるのよ。有る意味、誰よりも日本人らしいと思うわ」
「千年ですって!」
涼子が驚きの声を上げいた。
「そう。パパがいた宇宙の文明は、沢山の進んだ技術を持っていたの。その一つが医療技術。あたし達は、病や老いを退ける事が出来る。つまり、望むだけ生き続けることが出来るわ」
「不老不死・・・」
美耶が呆けたように呟く。
「まぁ、実際は心が枯れる迄って制限が有るけどね。あたし達は、鎌倉時代にこの土地に移り住んで、その時にパパは姓を穂積から鈴木に改めたの。鈴木姓は穂積の分家で、だからあたし達は名字が違っても、パパとママが一緒の姉妹って言う訳」
「でも、何故隠していたの?」
「それは、あたしと美佳とで相談して決めた事なのよ。美佳もあたしの妹で、美耶にとっては一つ上のお姉さんに当たるの。昔と違って今は核家族の時代だから、美耶がパパとママから沢山の愛情を注いで貰える様に、あたし達姉妹は少しだけ遠慮する事にしたのよ。ママは余り良い顔をしなかったけど、美耶が十六歳に成る迄は一人娘として育てられる様に取り決めていたよの」
「えーっ、あたしは姉妹が沢山居た方が良かったのに・・・」
その時、涼子の母がトレイに麦茶を入れたグラスを乗せて現れた。
「年の離れた姉妹が沢山居たって、煩わしいだけよ」
「ママ。穂積さんの言ってる事って、本当なの?」
娘の問いに、美佳は頷いて言った。
「うちの家系は代々、色々と物を言う人が多いの。多感な子供の時代に宇宙人の血筋の話とかは聞かせたく無かったし、一族のしきたりとか面倒な事も多かったから、子供達には負担を掛けずに伸び伸びと育って貰おうと考えて、母さんにお願いしたの」
「じゃあ、本当に本当の事だったのね・・・」
美耶が今更ながらに確認する。
美帆から宇宙の文明とか言われてもピンと来なかったが、近しい親類である涼子の母に言われれば、納得せざるを得なかった。
◇ ◇ ◇
「でも、何で今日なのよ。予定では、二人の裳着のお披露目で知らせる筈だったじゃない?」
諒子の母が美帆に訊ねる。
「それは・・・」
美耶の家系は十六歳の誕生日を迎える年に、少年は元服、少女は裳着の儀式を行う。これは所謂成人の義で、親族が集まる盆前に併せてお祝いをするのが習わしだった。
けれど美帆は、その質問に俯き、ふさぎ込んでしまった。
「美耶が、夕食に誘ってくれたから・・・」
「なんだ。なら、母さんのご飯に釣られて来ちゃった訳?」
諒子の母が呆れたように言う。
「仕方無いじゃない。だって、十五年ぶりなのよ!」
美佳は笑ったが、美耶は、はっとした様に美帆を見遣った。
彼女が、お弁当の鶏唐に涙した理由が分かったからだ。
美帆は、自分の妹のために母との触れ合いの時間を絶ってくれていたのだ。
大好きな母の手料理を我慢する十五年は、例え彼女が人より長く生きていようとも、決して短くは無かった筈だ。美耶は、自分の幸せの為に払ってくれた犠牲の一端を、思い知った気がしていた。
「・・・ありがとう」
宇宙の文明とか納得行かない部分も多かったが、それでも、美帆が美耶の肉親である事が腑に落ちていた。
彼女の流した涙がそれを証明していて、だから自然と美耶の頭が下がっていた。
「・・・お姉ちゃん、でしょ?」
「はい?」
「だから、そこは『ありがとう、お姉ちゃん』じゃない?」
美帆が美耶に指摘する。
美耶は慌てて言った。
「嫌、いやいやいや、待ってよ。いきなりお姉ちゃんとか謂われても、ピンと来ないし」
「何でよ。血の繋がりが有る事は納得出来たのでしょう? なら、お姉ちゃんって呼んでくれても良いじゃない」
「だって、あたしの方が背が高いし、端から見たらあたしの方が年上だし、だから美帆をお姉ちゃんって呼ぶのは違和感があると言うか・・・」
「何を言ってんのよ。そんなの関係無いじゃない」
美耶は、美帆をお姉ちゃんと呼ぶ自分を想像して、ぶんぶんと首を振っていた。
「無理!」
「何でよ!」
一人娘として育てられた美耶からすれば、他人を姉妹呼ばわりする事が単に気恥ずかしいだけだったのだが、ついつい曲がった言い方をしてしまっていた。
血の繋がりだけの姉妹など赤の他人も同じで、たちまち険悪な空気が流れ出す。
「おばさん」
けれど、その空気に水を差したのは涼子だった。
「な、何ですって!」
美帆がいきり立つ。
「だって、美帆って、ママのお姉さんなんでしょ? そしたら私の叔母になるじゃない」
長く生きているのなら、そうした呼ばれ方も仕方ないとも思うのだが、美帆は引き付けを起こした様な顔をして固まっていた。
「あっ、そうか・・・。と言う事は、美耶も私の叔母さんになるんだ」
「そんな、止めてよね!」
一人で納得する涼子に、美耶があからさまに不快な顔をする。
「でも、親族の敬称で呼ぶなら当然そうなるよね?」
問いかけられて、美耶はそれが涼子の援護なのだと気が付いた。
人の嫌がる事をするのは無粋なのだ。
元より涼子は、人に不快な思いをさせる子では無い。
だからそれは、美帆に対する当てつけだったのだろう。
それに気が付いたらしい美帆も、渋い顔をしていた。
「美帆でいいわ。だから、叔母さんは止めて」
それは、ドラマの悪役が言う捨て台詞の様で、美耶はぷっと息を漏らしていた。
「食事にしましょう」
リビングに母が現れて夕食の支度が出来た事を告げる。
そして、一人娘だった筈の美耶には、沢山の姉妹が出来ていたのだった。




