第三十一話 夏の記憶 その二
「だって、パパもママも一緒の姉妹なのに、お婆ちゃんだなんておかしいと思わない?」
女性がそう言って微笑む。
その言葉が引き金となって、様々な記憶が戻ってきた。
自分の父親が、魔神と呼ばれる宇宙人であったこと。
その父と敵対する精神生命体に取り付かれてしまった事。
そして、その精神生命体に殺されてしまったこと。
「じゃあ、ここは死後の世界って事? だからお婆ちゃんが此処にいるの?」
けれど女性は美耶の問いに首を振った。
「お姉ちゃんって呼んでくれないと、何も教えて上げない」
「えぇー」
今はそんな場合では無いだろうと思うのだが、祖母は頑なだった。
「お婆ちゃんとは、歳とか凄く離れてる訳だし、そんなの今更無理だよ」
女性がぷっと頬を膨らませる。
「だって、美耶は美帆姉の事をお姉ちゃんって呼んだじゃない。あの人と美耶は千年以上も歳が離れてるけど、こっちは百年未満なんだよ。だから全然大丈夫だって」
現実の祖母を知っている美耶にとっては、全然大丈夫では無かったけれど、質問に答えて貰わない事には前へ進めない。
「じゃあ、美弓さん」
少しだけ譲歩する。
「美弓お姉ちゃん」
女性はそれだけ言うと、ぷいっと横を向いてしまった。
祖母は昔から子供っぽい所のある人だった。
そう言えば、元々お婆ちゃんと呼ばれるのを嫌って、美耶には別の呼び方をさせていた筈なのだ。
あれは何と言っていたか、そう。
「美弓ちゃん」
言葉にすると、祖母との沢山の思い出が蘇って来る。
「ま、その辺で手を打つか」
「ね、おば・・・、じゃない。美弓ちゃんは、どうして死んじゃったの?」
祖母が亡くなってどれだけ悲しかったか、その事は美耶の心に深い影を落としていた。
だって、美帆が千年以上生き続けていると言う事は、美弓にも死ななくて良い選択肢が有った筈なのだ。
「確かに、望むなら幾らでも生き続けることは出来たわ。でも、あたしの場合沢山の人々を愛し過ぎてしまったの」
美弓は静かに微笑んでいた。
「全ての人達を永遠に生かす事が出来ない以上、私達はパパの家族として永遠に生きるか、それとも、新しく作った自分の家族と共に人としての人生を全うするかを、選択しなくてはならないのよ」
美弓の言う意味が伝わるに連れて、美耶の中に深い衝撃が広がっていった。
魔神の娘として生きるなら、美帆のように千年の時を越えて生き続けることが出来る。つまり、宇宙文明の恩恵を受けられるのはパパの伴侶とその子供達だけなのだ。
結婚しても、自分の伴侶やその子供達は、永遠を手にする事は出来ない。
人類が地球という有限の世界で暮らす以上、歯止めは必要であり、それが妥当な判断である事は美耶にも分かった。
要するに美弓は、自分の伴侶や子供達と共に老い、そして人として死ぬことを選んだのだ。
自分ならどうするだろう。
そう考えて、もう悩む必要は無い事に気が付いた。
「そうか、あたしはもう死んじゃってるんだっけ・・・」
「諦めちゃだめ」
美弓は、俯く美耶の手に自分の手を重ねて言った。
「今、姉さんが美耶のために手を尽くしてる。状況は良くないけど、姉さんが諦めない限り道は開けるわ」
◇ ◇ ◇
「こうなったら残留思念を積分して、人格コアを再生するしかないわ。マルティエ、美耶の思考の痕跡を探し出して」
「ハブユアコマンド」
美帆は、空っぽになってしまった美耶の精神の内側で、妹の心を蘇らせるべく腐心していた。
記憶は有るのだ。
美耶の身体は健在で、大脳皮質に蓄えられた十六年間の記憶は今も完全に保持されている。
けれど、心は記憶ではない。
人としての生は心あっての物で、そこにはやはり、知性、感情、性格を盛る為の器である、心が必要だった。
「LV11に美耶様の思考クラスタを確認」
機械知性対が反応する。
思考クラスタとは、その人の特徴的は思考が集積した物、つまりは心の断片の様な物だった。
駆けつけると、果たしてそこには美耶の形をした者が横たわっている。
「美耶!」
分解して透明になって行くのをシールドを張って保護する。
それは思考クラスタとは言っても、完全に美耶の特徴を備えていた。
最早、心の一部と言っても差し支えない程の大きさで、これならば意志の疎通だって可能の筈だ。
抱き上げて揺さぶると美耶が薄目を開く。
「美帆・・・?」
美耶が美帆を認識する。
ぽろぽろと涙を流して抱きついて来る。
良かった。
これなら心の再生も容易だと、安心して、心の緊張が緩んだ所を狙われた。
「敵性プログラムを確認!」
機械知性体が叫ぶのと同時に、美耶が美帆の喉笛に、ダイバースーツで被覆されていない部分に噛み付いて来る。
典型的なブービートラップだった。
Beが仕掛けていた物なのだろう。
美帆に融合し、その意志を奪うために凶悪なウィルスを注入してくる。
「敵性プログラムのパージを実行します」
「待って!」
けれど美帆は、機械知性体が美耶の形をした罠を破壊するのを止めた。
「美耶の匂いがするの。罠だけど、これに美耶の心の断片が使われているのは間違いないわ。今からそれを分離します」
「無茶です!」
黒猫が悲鳴を上げる。
「上位命令」
美帆はそれだけしか口にしなかった。
機械知性体には三原則が組み込まれていて、人の命が失われる事を見逃す事が出来なかった。
美帆は自分の意志に反して、マルティエが美耶のトラップを破壊することを止めたのだ。
サイコダイビング中の意識体は、剥き身の卵の様に無防備で保護することが難しい。
美耶のトラップに取り付かれた瞬間から、機械知性体のマルティエが全力で防護を行っていたが、未知のウィルスの浸食に押され、拮抗が崩されようとしていた。
「これ以上は無理です!」




