第三話 穗積美帆 その二
「一人飯ですって? 最近の子は、そう言うのを気にするんだ」
美帆は、それまでの自分の状況に気が付かないで居たのか、呆れたように言っていた。
「気にするっていうか、誰とお昼を食べるかは、大切な事じゃない?」
美耶に言われ、美帆が成る程と考え込む。
「なら、これからは昼食は美耶達と一緒に食べようかしら、勿論、美耶と日枝さんが迷惑で無かったらの話なのだけど」
「迷惑なんかじゃ無いよ。ねぇ、涼子も良いよね?」
美耶と美帆は、直ぐに意気投合する事が出来ていた。これは、美耶としては珍しい事で、彼女は人付き合いに如才無い割に、親交を結ぶ事に関してはとても慎重な性質であったからだ。
友達を作る事に臆病と言っても良かった。
互いに関心を寄せなければ友達では無いが、かと言って、余りずけずけと心の内まで踏み込まれるのは煩わしい。
美耶からすると、美帆はその距離の取り方が絶妙だった。
相性と言うよりは、物事に対する感性が近い様に感じていたのだ。
美耶は、美帆が家の事情で一人でホテル住まいをしている事を聞き出していた。
重箱の弁当はホテルで調理されたもので、どうやら美帆は長期に渡るホテル暮らしで、普通の家庭料理に飢えて居たらしいのだ。
それを聞いた美耶は、すぐさま美帆を自宅に招いていた。
◇ ◇ ◇
鈴木美耶は、神奈川県藤沢市に住むごく普通の女子高生だった。
父の一郎は、自宅に事務所を構えて建築設計の仕事をする一級建築士で、母の美咲は週に二度、自宅に近所の子供達を集めて書道の先生をしている他は、専業主婦をしていた。
一人娘で姉妹はおらず、従姉妹の日枝涼子が美耶の姉妹の様なものだった。
涼子の家が母子家庭で、母親が日中働いている関係で、涼子は美耶の家で殆ど姉妹同様に育てられていたからだ。
学校の帰り、美耶の自宅に近付くに連れて、穂積美帆は落ち着きを無くしていた。
夕食に誘われて飛び付く様に了承してみた物の、今はその事を後悔している様子だった。
「さっきから一体どうしたのよ?」
「いえ、この辺りも、何だか久しぶりだと思って」
「美帆って、この街は初めてじゃ無いの?」
美耶の質問に美帆があわてて釈明する。
「米国に行く前に、少しだけ住んで居た事が有るのよ。少しだけなんだけど・・・」
美耶にとって、美帆の言う事は初耳だった。
ていうか、美耶にとってこの狭い街は知らない人の方が少ない位で、米国留学とかの話が有れば、耳に入らない筈が無いのだ。
「住んで居たと言っても、ほんの短い間だけだったから」
美帆はそう言って弁解したが、美耶は何だか怪しいように感じていた。
鈴木建築設計事務所の看板はクローズになっていて、父は出かけているみたいだった。
多分また、商工会のゴルフコンペにでも行ったのだろう。父を見ていると、美耶はいつ働いて居るのかと心配になってしまう。
事務所の入り口から入る事を諦めて、自宅の表玄関に回る。
母は良い顔をしなかったが、表通りからだと遠回りになってしまうので、美耶は事務所の出入り口をよく使っていた。
「おかあさん、ただ今」
迎えに出てた母に、美帆を紹介する。
友人を連れて行く事は予めメールで伝えてあったのだが、母の表情は美耶の期待していた物では無かった。
うまく説明し難いのだが、母のその表情は、親しい人と久しぶりに出会った時の物だった。
「あ、あの、あたし穂積美帆です!」
美帆が大声で挨拶をする。
けれどそれは、何かを誤魔化そうとする様な、どこか不自然な応対だった。
「ひょっとして、お母さん・・・。美帆の事を知っているの?」
「そ、そんな筈無いじゃない!」
美耶の言葉に、美帆が不自然に狼狽える。
きっと彼女は嘘を付くのが苦手なのだろう。
美耶の私室に連れて行ってくれとせがむが、不信の念がむくむくと沸き上がって来る。
そこへ、リビングから涼子の母が現れていた。
「あれっ、ママ。お仕事は?」
涼子が自分の母に声を掛ける。
「今日はたまたま仕事に区切りが付いたのよ。たまには義姉さんの手伝いでもしようかと思って」
涼子の母は日枝美佳と言って、美耶の父方の叔母に当たった。
証券会社に勤めていて、仕事が終わると美耶の家に娘を迎えに来る。
美耶の家では、特別な理由が無くとも親戚が集まって食事をする事が多く、叔母もそうした一人だった。
けれど、涼子の母は美帆を見つけて言っていた。
「あら。姉さん、いつ帰ったの?」
「美佳! しーっ!」
美帆が慌てて人差し指を立てるが、こぼれ出た言葉が返る筈も無い。
「姉さん? 美帆が、美佳叔母さんの?」
「ママ、それって一体どう言う事?」
美耶と涼子が目を見開き、驚いていた。
二人とも、何が何だか訳が分からなくなっていた。
「いや、だからそれは人違いで・・・」
美帆が必死に言い訳しようとしているが、それは誤魔化そうとしている事が明白で。
「美帆」
美耶の母が呼んで、美帆がびくりと身体を震わせる。
美耶には分かった。
それは、言葉の抑揚が美耶を呼ぶ時と一緒で、自分の娘を呼ぶ時の声だった。
「お母さん、嘘に嘘を重ねるのは、良く無いと思うわ」
母に言われ、美帆がきょろきょろと辺りを見渡す。
そして、誰も助けてくれる者がいない事を知って、がっくりと肩を落とした。
「お母さん、それって一体どう言う事なの?」
美耶が訊ねると母の美咲は首を振った。
「お母さんは夕食の支度をして来るから、美帆に訊くと良いわ。美佳も手伝ってくれる?」
「はい、母さん」
いつもは義姉さんと呼ぶ筈なのに、叔母の美耶の母を呼ぶ敬称がいつの間にか変わっている。
何が何だか分からなかった。
これ迄信じていた事が揺らいでいて、美耶は目眩を起こしたように足元がふら付くのを感じていた。




