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第二十九話 神楽舞 その三

「籠目、籠目、籠の中の通りは、いついつ出合う」


籠目遊びを経験したことが有るだろうか?

幾人かの子供達が籠目の歌を唄いながら、目隠しをした鬼の周囲を回る、あの遊びだ。

歌が終わると同時に、鬼が後ろに立つ者の名前を当てる単純な遊戯なのだが、不思議な魅力があって、今も広く遊び続けられている。

穂積の家に伝わる籠目の舞は、この籠目遊びを題材とした舞だった。

とは言っても、美帆が母から習ったのは、かれこれ千年以上も昔の事だから、案外籠目遊びのルーツがこの舞に有ったのかも知れなかった。

母の伝える籠目の舞は、元々厄災を封じる為のものだった。

最近では、厄年の厄落とし位にしか使われない為に美帆自身忘れていたのだが、本来は心に取り付いた様々な怪異を祓い落とし、籠に閉じ込める舞いだったのだ。


「夜明けの朝に、一羽の鶴が通べった」

籠目の鬼役の美耶は、舞台中央で時間停止を掛けられたまま、能衣装を羽織らされていた。

その周囲を美帆が踊る。

籠目の術具を翳し、反閇へんばいの歩法を踏むことで、美帆の通った跡には籠目の道が編み出されていった。


「夜更けの晩に、一羽の亀が通べった」

反閇を踏みながら、緋色が美耶の周囲を踊る。

頭から衣装を被り、低く腰を屈めて舞う事で、緋色は亀の役を演じていた。

亀に相応しくゆったりとした足取りで、姉の創った籠目の道を通べって行く。


反閇で道を編み、反閇で道を通る。

それは、呪術的な結び目となって、この場の想いを縫い付けてゆく。

籠目の道は、所詮は残像で直ぐに消えてしまう。

けれど、道を編み、道を通した結果が、呪術となって美耶の周囲を覆って行く。


時に弟が道を編み、姉が鶴の役を担って籠目の道を通べって行く。

「睦月の雪に、鶴の姉弟が通べった」

「水無月の雨に、亀の夫婦が通べった」

歌の時節と役柄を変えて、何度も何度も美耶の周りを回る。

呪術の結び目が、純粋な思念である精神生命体をこの能舞台上に縫い付けてゆく。

籠目の舞いは、決して強い呪術では無かったが、幾らでも重ね掛け出来る所が利点だった。


   ◇   ◇   ◇


「美帆、何を遣ってるの?」

舞台中央の美耶が声を上げる。

時間停止された者は、決して自ら状態を解除する事は出来ない。

それをした段階で、自らオーバーマインドの正体を明かしたも同然なのだが、二人の作る籠目の束縛を無視する事が出来無くなって来たのだろう。

「やだ、怖いよお姉ちゃん」

それよりも美帆は、美耶の反応に意外さを感じていた。

オーバーマインドの出方が稚拙なのだ。

美帆の感情に訴えるにしても、もっと遣り方が有りそうなものだった。

美耶という人質を取っている以上、幾らでも交渉の遣り方は有ると言うのに、彼の操る美耶の反応は余りに場当たり的で戦略に欠けていた。

まるで、美帆の相手をしている余裕が無いみたいに。


余裕が、無い?


- 姉さんはさ、相手のイメージに飲まれているんじゃないかな -

緋色のアドバイスが合ったからこそ気付けた。

精神生命体といっても万能の神では無いし、彼が相手にしているのは、この自分の妹なのだ。

今、この瞬間にも彼が美耶の抵抗を受けているのだとしたら、精神の内と外からの攻勢で場当たり的な対応しか取れなくなっているのだとしたら、これはチャンスかも知れなかった。

「薫子、あたしと代わって!」

オーバーマインドに心を乗っ取られてしまっては、正直、美耶を取り戻す算段など有りはしない。

けれど、今もまだ美耶の心が抵抗を続けているのだとしたら話は別だ。

勝機はそこにしか無く、賭けるなら今しかなかった。


弟と目配せを交わして、舞い手を薫子と交代する。

呪術によって身動きの取れない美耶の前に立ち、額を触れさせる。

「マルティエ、サポートをお願い」

「ハブユアコマンド」

それ以上言わずとも、肩の猫は主人の置かれた状況から、全てを理解していた。

自分の意志と思念を量子情報に変換して、美耶の心と同調する。

『エンタングル!』

掛け声と共に、美帆は美耶の精神の内へとダイブしていた。


   ◇   ◇   ◇


「ダイバースーツ正常、基本プロトコルのエクスチェンジを終了。美耶様の精神とエンゲージしました」


サイコ・ダイビング。

他人の精神世界に潜り込む技術は、量子テレポートの派生技術だった。

銀河文明においても人の精神世界の解明は完全では無く、サイコ・ダイビング自体、発展途上のまま打ち捨てられてしまった技術でもあった。

「このままLV3まで潜って」

「ハブユアコマンド」

本来、不具合の生じた精神の治療を目的に開発された技術なのだが、発達した人工知性がこれを行うようになってからは、殆ど用いられる事は無くなっていた。

人が、人の心の中に潜る事には大きな危険を伴うからである。


潜水服の様なスーツを着用して、美帆が美耶の心の中を探索する。

サイコ・ダイブを行う者は、他者の精神世界において全くの異分子ある事から、精神の免疫反応によって強い抵抗を受ける。

精神の免疫反応は時としてダイバーの精神を破壊する事さえ有る為、ダイバースーツと呼ばれる保護具を着用するのだ。

ダイバースーツは勿論実際の保護具では無く、美帆の精神情報を守る為のプログラムシェルであって、精神世界に置いて美帆に自分の姿を認識させるためのアバターの役割を兼ねていた。


「美耶の精神情報が見あたらないわ。プロトコルの翻訳は、これで本当に合ってるの?」

「勿論です」

美帆の肩の上で黒猫がしっぽを立てる。

それはまるで、疑われる事自体が不本意だと言ってるみたいだった。


「LV5に移行」

「ハブユアコマンド」

アバターが瞬時に移動する。

美帆の言うLVは精神深度のレベルでは無く、精神認識のステージを指していた。

美耶の精神を認識するための、視点のロケーションを変えたと言えば分かりやすいだろうか。

「止めて!」

何度かジャンプを繰り返して、美帆はそれを見つけていた。


白い点?


近寄って拾い上げる。

それは、橘の白い花弁だった。

自分が美耶に与えた物。

美耶の想いが込められていて、彼女が今さっき迄、これを握りしめていたのだと分かる。

慌てて辺りを見渡す。


がらんどうだった。

そこは、精神の巨大な空洞だった。

「あ、あ・・・」

震える手で白い花弁を握りしめる。

それでは、自分は間に合わなかったのだ。


美帆は、自分の妹の精神が、一欠けらも残さずに喰い尽くされてしまった事を理解していた。

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