第二十八話 神楽舞 その二
神楽舞いは、神に捧げる能楽全般を指している。
古くから行われるこの舞は、本来、豊作の御礼などの神への感謝を、舞の形で奉納するものだった。
けれど、日照りの雨乞や、台風、地震などの天災の収束、流行病の息災を祈念する神楽舞は、少し特殊な側面を持っていた。
雨が降らないという天の運行を曲げてもらう。
台風や地震の被害が収まるようにお願いをする。
それは、その土地に住まう人々の都合を、神に押し付ける事でもあったのだ。
現代の様に災害に対する救いが何も無い時代、天に願う事は人々にとって、唯一救済に繋がる道でもあった。
そうした中、天に訴える手段としての神楽舞いが生み出された事は有る意味当然ともいえたのだ。
日照りの時の雨乞い等は、村落全体の生死を分かつ事さえ有り得る。
人々の願いが舞の技術を研ぎ澄まし、生死を賭けたぎりぎりの想いが、本来感謝の思いを伝える手段であった筈の舞の本質を、別の何かへと変えて行った。
神楽舞は、その古い歴史の中で、舞によって神を操る術を編み出していたのだ。
◇ ◇ ◇
「籠目の平舞いを遣ろうよ」
固い表情の美帆に、緋色が穏やかに話しかける。姉の強ばった表情とは裏腹で、弟の顔に気負ったところは少しも無かった。
「相手は銀河の超神なのよ。確かに籠目の平舞いは鬼を折伏するのにも使ったりするけど、所詮はおまじないのレベルで、役不足だわ」
言いながら美帆は眉根にしわを寄せた。
それは、弟の真意が掴めなかったからだ。
穂積美帆は愚かではない。
封印されたオーバーマインドが逃げ出すことを想定して、予め対応策が決めてあった。
彼女は今、そのプランに従って行動していた。
緋色の口調は穏やかだったが、それでも、姉の方針に異を唱えるなど、この千年で殆ど初めての事だったのだ。
何故こんな時に・・・。
「姉さんはさ、相手のイメージに飲まれているんじゃないかな?」
その優しい口調にはっとする。
美耶を大変な目に遭わせてしまった罪悪感で、いつの間にか自分一人で責任を取る積もりになっていた。
目を合わせると、緋色がそれに応えるように頷く。
「籠目の術は確かに昔から有るおまじないだけど、土地の力を借りる術式だからこそ強い効果が期待できる。それに、この土地で、土地の人達と想いを共にして来た僕たち二人だからこそ、尚更強い効果が期待出来ると思うんだ」
そこには、自分も美耶の為に力を尽くすと言う緋色の決意があって、美帆はようやく、自分には頼もしい弟がいたのだという事を思い出していた。
「籠目の舞か・・・」
はっきり言って、美帆の中にその選択肢は無かった。初めから考えもしなかったと言って良い。
彼女が考えていたのは、強力な宝具を使った敵の封印だったのだ。
心を縛る“針”は、美帆が管理する五つの宝具の中の一つで、実体のない思念体でさえ拘束する強力な術具だった。
原理的にはオーバーマインドでさえ拘束出来る筈だったが、問題は、この宝具を創り出したのもオーバーマインドだった事なのだ。
敵が自分の手に渡ったと知れた技術を、何の対策もせずにそのまま放置するだろうか?
美帆が顔を曇らせていたのは、その疑念からだった。
万が一、返し技が存在した場合、大惨事と成ってしまうからである。
敵の過失に期待するのは賢い遣り方では無かったし、勿論、緋色の提案もそれを考慮しての事なのだ。
神楽舞はローカルな技術だからこそ、オーバーマインドが知らない可能性が高い。
そしてその事は、そのまま姉弟の強みとなる筈だった。
◇ ◇ ◇
パチン、パチンと小気味よい音を立てながら、薫子が竹籠から籠目を切り出して行く。
籠目とは、竹で編んだ籠の網目の事だ。
三方編みの竹籠から一つの網目を切り出すと、それは自然と、正三角形を互い違いに重ね合わせた六芒星の形となる。
要するに、籠目とはダビデの星とも呼ばれる六芒星を指していたのだ。
舞いに使う錫杖に、籠から切り出した六芒星を括り付けると籠目の術具が完成する。
辺りは夜の帳に包まれようとしていた。
赤紫色の空の下、能舞台の周りに篝火が灯される。
ゆるい風が、夕闇に咲く橘の花の香りを運んでくる。
三間(約六メートル)四方の演台で、銀色の彫像となった美耶を中心に囲み、姉弟が強く足踏みを始めていた。
薫子がそれに鼓を合わせる。
良く、子供が駄々を捏ねると言うが、強い足踏みを繰り返すこと自体が、他者を従わせる為の強い呪法だった。
謹請、天蓬、天内、天衝、天輔、天禽、天心、天柱、天任、天英。
続けて大陸から伝わったとされる禹歩を踏む。
子供の遊びは呪術に溢れている。この歩法も、けんけんぱと言う遊びに少し似ていた。
神楽舞の歩法は、反閇と呼ばれる特殊な呪法から成る。
足下に悪星を観じ、これを踏みしめる事で吉をまねくと言うが、要は土地に込められた人々の想いから、力を借りる歩法だった。
両手に籠目の術具を翳し、反閇を踏みながら姉弟で美耶を囲んで踊る。
薫子は目を瞬かせた。
篝火の灯りの元、姉弟が歩いた後には、籠目の残像が、籠で覆われた通り道と成って生じていたのだ。
それでも、打ち合わせの通りの鼓を打ちながら姉弟の舞に歌を合わせる。
「籠目、籠目、籠の中の通りは、いついつ出合う。夜明けの晩に、鶴と亀が通べった。後ろの正面だあれ?」
姉弟の舞が、籠目の神楽舞が始まっていた。




