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第二十四話 間断の闇 その五

夢を見ていた。


そこは人が眠っている時に、心に負った傷を癒したり、溜まったストレスを緩和したりするための場所だった。

かつて、今の美耶が管理していた心の一部で、要は人が夢を見る為の精神の領域だった。


五感を切り離された美耶は、そんな心の狭間で悲嘆に暮れていた。

この辺りはまだBeの支配が及んでおらず、美耶は夢を見る要領で自分の身体を構成すると、その場に座り込み膝の間に顔を埋めていた。


あれからどれだけの時が過ぎたのか、全ての感覚を奪われた美耶には分からなかった。

全てが夢なら良かったのにと、何度も思った。

どれだけ後悔したか知れない。


Beから逃れるチャンスなら幾度も有った。

異星の知性体と友達になりたくて、相手の危険性を過小評価してしまった。

いざとなれば、自分の能力で解決出来る物と過信していたのだ。


   ◇   ◇   ◇


気が付くと、辺りに光が瞬いていた。

大きな光の欠片、小さな光の粒、様々の大きさの光が美耶の周囲を踊っている。

「何だろ」

光は上方から現れて、徐々にその量を増して行くようだった。

「きれい・・・」

光の粒が落ちてくる様子は、まるで粉雪が降るのを見ているみたいで、美耶は思わずその光景に見とれていた。


“これからは、あたしの事をお姉ちゃんって呼びなさい”


ひとかけらの光を手の平に受け止めると、暖かい想いが伝わって来る。

それは、美耶の記憶と感情だった。

雪の様に降りしきる光の欠片の一つ一つが、美耶の記憶と感情が結晶化した物だったのだ。


何が起こっているのか?

欠片が落ちてくる方向を目で追うと、遠い虚空の彼方、流れの源に大きな光の固まりが在るのが分かる。

目を凝らすようにして意識を集中すると、固まりの表面から光の欠片が生じているのが分かった。

ぎょっとして、弾かれたように立ち上がる。

あれこそが美耶の記憶と感情が結晶化した物。

つまり、美耶の心の本体なのだ。


きれいなどと見とれている場合では無かった。

光の欠片は心の欠片、美耶は今、自分の心が分解される光景を眺めていたのだ。

ついにBeが美耶の心を壊し始めたのだった。


ゴクリと唾を飲んで、そして溜め息を吐いてその場に座り込んだ。

今更どうしようも無かった。

五感を切り離されて、助けを呼ぶ手立てが無かったし、第一、未来永劫心の狭間に閉じ込められるよりは、分解されて消えてしまった方が楽なのかも知れなかった。


   ◇   ◇   ◇


うずくまって、遠くにある自分の心を眺める。

自分の心が壊されて行くのを、こうして外側から眺めるのは何だか不思議な気がした。

ここにいる自分とは無関係と思いたかったが、少し前から記憶が曖昧になって、物事を順序立てて考えるのが難しくなって来ていた。

ふう。

再び溜め息を吐く。

光の欠片を撒き散らしながら壊れて行く自分の心は、実際の所美しかった。


ぼんやりとそれを眺めていると、どうやら自分の心には形があるのだと言うことが分かって来る。

初めの内は、欠片が生じたせいで形が歪になったのだと思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。

心の欠片は層状の薄皮が剥がれる様に生じていて、先程から眺めていても、元の形を保ったまま壊れている様なのだ。

そう言えば美帆が、心の形がどうとか言っていたような気がする。

基本は球形なのだが、片側の部分が引っ込んで、代わりに反対側の方が出っ張っている。

「これって・・・」

美耶は自分の心が、とある形に似ているのに気が付いていた。

それは、

「ハートマーク!」

トランプカードのようなスタイリッシュな形ではないが、ノートの隅に落書きするような、丸っこくて、可愛らしいハートマークだった。

「ハートがハートマークって・・・」

思わず吹き出す。

心が壊れ掛けているせいなのか、詰まらないことが可笑しくて、笑い転げる。

「可笑し・・・」

大声で笑って、お腹を抱えて笑って。

そして、大の字に寝ころんで自分の心を見上げていた。

涙を指で拭って、自分って凄いと思った。

心を壊され掛けて、死に掛けているというのに、まだこうして笑えるのだから。

Beに、どうだ、参ったかと言って遣りたかった。


遠い虚空に浮かぶ、壊れ掛けた心に手を伸ばす。

自分はもう直ぐ死んでしまうのかも知れない。

でも、それまでうずくまって泣いている必要は無いのだと気が付いていた。

「知りたい」

笑ったお陰で心が余裕を取り戻したのか、美耶本来の知りたがり屋の性格が顔を出す。

何故自分の心があんな形をしているのか、きっと理由が有る筈なのだ。

それを知りたい。

心に疑問を抱えたまま死ぬのは真っ平だった。

何とかあの場所まで行く方法は無いだろうか?


美耶の心が活性化すると、それに呼応するようにして胸の部分が熱くなった。

胸元を見ると、そこにはまるで可愛らしいアクセサリーの様に一枚の花びらが貼り付いている。

それは、美帆がくれた力の結晶、橘の花びらだった。

そっと手で触ると、そこからは、妹を守りたいという美帆の強い意志が感じられる。

じんと胸が熱くなった。

こんな状況にあっても、自分は守られているのだと気が付いた。

今もBeの手から逃れ続けられているのも、実はこの花びらのお陰なのかも知れなかった。

花びらは美帆の力の殆どを使い果たしていたが、それでも未だ少しだけ力が残されていて、美耶の願いを叶えたがっている様に感じられる。

「ありがと、お姉ちゃん」

そう言って、再び胸の花びらに手を当てる。

「行こう!」

念じると、美耶の身体が飛翔を始める。

橘の花びらは虚空へ向け、美耶を壊れ行く心へと導き始めていた。

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