第二十二話 間断の闇 その三
それは学校からの帰り道だった。
その日、美帆は用事があるからと先に帰って、久しぶりに涼子と二人だけで歩道を歩いていた。
二人で他愛ない事を話していると、脳裏にBeが話掛けて来る。
“美耶、君の能力の解析が終わったよ”
「えっ?」
Beの言葉に驚いて交差点の手前で立ち止まると、涼子が美耶の顔をのぞき込んで来た。
「美耶ちゃん、どうしたの?」
“驚くべき事だ。君の力の本質は、他者の心の方向性をベクトルとして認識する能力だったのだ”
ええっ?
Beは興奮しているのか、言っている事が支離滅裂で、全く意味が掴めなかった。
それは美耶に話掛けているというよりも、興奮の余り思考が漏れ出ているみたいで、こんなBeの様子は初めてだったのだ。
「解析ってどう言うこと?」
“これは済まなかった。解析に熱中する余り、君とのコミュニケーションを蔑ろにしてしまっていた。解析とは勿論、君の能力についてだよ”
「だってあたし、力なんて使って無い!」
前の事が有ってから、美耶は力を使わない様に細心の注意を払っていたのだ。
“実際に使わなくとも、意識さえすれば力への回路は開かれる。私が君の力の解析をするにはそれで充分だった”
「そんな!」
では、自分の遣った事は全て無駄だったのか。
「美耶。美耶ちゃん? 一体どうしたのよ?」
呆然とする美耶に涼子が話掛けて来る。
傍目からすれば、Beとの会話は独り言にしか見えない。心配した涼子が身体を揺さぶるが、美耶に応えている余裕は無かった。
“君の確率を操る能力は、近未来予測の一種と言える。未来予測自体は良くある技術だが、現在も尚、近い将来を高確率で予測する事は困難な事なのだ。それは、人間というイレギュラーなファクターが絡んで来るからなのだよ”
Beの高揚が伝わって来る。
余程興奮しているのだろう。彼は、聞かれもしない解析結果とやらを話続けていた。
“未来予測は確立された技術で、これ以上の革新は有り得ないと思われていた。量子計算による未来予測の的中率は八十%程度で、値は関わる人間が多くなる程悪化して行く。だが、イレギュラー要素である全ての人間の行動予測が出来れば、常に百%の未来予測が可能となるのだ”
聞いていくうちに美耶は真っ青になっていた。
それは、彼が知って良い情報では無かった筈だ。
“全く持って盲点だった。人間の行動予測は未解明の部分が多いが、君の精神パターンをコピーする事で予測プログラムを構成出来た。そうとも。私はついに魔神の力を手に入れたのだ!”
「美耶、美耶!」
どうしよう。
自分はとんでもない事に関わってしまったのではないか。今更ながらに後悔の念が襲ってくる。
涼子が身体を揺さぶっていたが、美耶は呆然として、それをどこか人事みたいに聞いていた。
“それでも尚疑問は残る。予測して選択する受容的な能力だけでは、君の力は説明し切れないからだ。君は、君自身が世界に働きかける能動的な力をも持っている筈。君がこの世界とどの様にして関わっているか、それを私に示すのだ”
『嫌よ!』
能動的な力などと見当も付かなかったが、例え知っていたとしても教える積もりは無かった。
けれど、Beは美耶の意志など全く意に介す様子は無かった。
“知っているとも。君は、自身のためには力は使わない。ならば、君が力を使いたくなる様な状況を私が用意しようではないか”
えっ!?
「千夏さん!」
涼子が声を上げる。
その時、反対側の歩道にベビーカーを押す若い母親が現れた。
それは、この時間帯に良く合う美帆の昔なじみ。
のっぽの千夏と、満一歳を迎えたばかりの彼女の娘だった。
先日のおまじない騒ぎから千夏とは良く話をする間柄で、美耶の異変に涼子は、千夏の助けを求めたのだ。
!
美耶の背中に電気が走る。
音を立てて口の中が干上がって行く。
『来ちゃだめ!』
この状況は計算されている。
美耶は、Beの遣ろうとしている事に気付いて愕然としていた。
◇ ◇ ◇
千夏は美耶達に気付いた様子だった。
ベビーカーを押しながら、足早に交差点を渡り始める。
美耶は道路に飛び出そうとして、自分の身体が動かない事に気付いていた。
「何? 美耶ちゃん、どう言うことなの?」
涼子が美耶を問い詰める。
そして、涼子が美耶の肩を捕まえた時それは起こった。
バチバチッ!
交差点の信号機が火花を散らして点滅する。
そして、皆が見上げる中、車道の信号機がいきなり青に変わった。
千夏は既に片側二車線の道路を三分の二ほど渡り終えていた。
信号の異変に足を止めたのは一瞬で、中央分離帯に引き返そうとした時、車が交差点に入って来た。
元々見通しの悪い、事故の多い交差点だった。
一台目の車は千夏に気が付いて急ブレーキを踏んだが、後続の車は車線変更して前の車を避けると、そのまま交差点に飛び込んで行った。
美耶の力が幸運を積み重ねるように、Beの力が不運を積み重ねる。
前の車がバンタイプで、後続の視界を妨げていた事が横断歩道を渡る親子の発見を遅らせていた。
フロントガラスの向こうで、運転する若い男の貌が恐怖に引き釣る。
ブレーキを踏んだのは千夏の十メートル手前、到底止まれる距離では無かった。
『だめーっ!』
何がどう駄目なのか、叫んだ美耶にも分かってはいない。ただ、千夏とその娘の無事だけを強く、強く願っていた。




