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第二十〇話 間断の闇 その一

“本体から切り離された現況でも、私の知識はこの星の総量を上回る筈だ。安心して何でも訊ねると良い”

異星の精神生命体は、自身の知識量に絶対の自信を持っているみたいだった。

「いや、そこの所の心配はして無いけど・・・」

“ただし、私の視点はDNA生命体のそれとは異なる。私の知識を生かすには、君なりの解釈が必要となるだろう”

「解釈かぁ・・・。それは、そうだよね」

言語が通じているとはいえ異星人の知識なのだ。概念が共通していなければ、翻訳出来ない事柄だってあるのだろう。

と、そこ迄考えて、Beに聞きたい事があったのを思い出した。

「あのさ、DNA生命体が膨大なエラー情報の上に成り立っているって、前に言って得いたじゃない。あれって、どういう意味なの?」

“それはそのままの意味だ。君達の生命の核たるDNAは、膨大なエラー情報を生み出し続けている”

間髪容れずに答えが返って来るものの、それは美耶が望む答えでは無かった。

「むー、それじゃあ訳分からないし」

融通の利かない回答に、思わず天井を見上げる。

“基本的な概念は、却って説明が難い物なのだ”


「分かった。なら、パパに聞くわ」

美耶があっさり諦めると、Beは慌てた調子になった。

“待ちたまえ。概念の説明は困難でも例える事は可能だ。それによって、君にも理解できる解説を提示出来るかも知れない”

特に狙って父の事を持ち出した訳では無いのに、Beは突然態度を変えた。

何というか、その現金さに少し呆れる。

それでも美耶は、Beの言葉に耳を傾けることにした。


   ◇   ◇   ◇


「Beの言うDNAのエラー情報って、DNAの中にあるジャンク情報の事なの?」

取りあえず自分の中にあるDNA関連の情報をぶつけてみる。

ただ漠然と答えを聞くよりも、質問を重ねた方が有益である事を美耶は理解していた。

TVの教育番組程度の知識だったが、美耶は父の影響もあって、その手の情報に興味を持っていたのだ。

“いや、それとは直接関係は無い。君の言うジャンクDNAとは、君たち人類がまだ機能を特定出来て無いと言うことであって、実際には、人が成長するのに必要な遺伝子を供給したり、DNA自体を改変する為の情報の貯蔵庫の役割を果たしている”

「DNA自体を改変するって、要するに進化って事だよね?」

Beは美耶の理解の早さに驚いた様子だった。

女子高生に一から説明するのを覚悟していたらしく、明らかに態度を改めていた。


“そこまでイメージ出来るのなら話は早い。そうとも。私が言ったDNAのエラー情報とは、君達の言う進化と関係している”

美耶は頷いて言った。

「分かったわ。つまり、Beの言う膨大なエラー情報って、進化の袋小路に消えた、種のブランチの事を指しているのね」

それもまた教育番組の知識だった。

いわゆる、キリンは自分の首を長く進化させることで高い位置にある餌を食べる事が出来る様になり、そうでない物は絶滅してしまったと言う例のあれだ。

“私の言うエラー情報とは、まさにその事に関係している。だが、そのエラー情報の中には、君たち人類も含まれる事を指摘したい”

「あたし達もエラー情報なの?」

それは予期しない答えだった。

驚く美耶にBeは言った。

“そもそも君たちの言う進化を、我々は進化とは認めていない。進化とは、あくまで当事者の意志が主体となるべきだからだ”

「だって、キリンは高い所の餌を採るために首を長くしたんでしょ?」

“キリンと呼ばれる生物は、たまたま首の長くなった種が生き残ったのだ。それは、多様化した種の一つが環境に適応したのであって、進化では無い”


美耶は狐につままれた顔をしていた。

Beの言う意味が、というか、両者の違いが良く分からなかったからだ。

そんな美耶にBeは言った。

“例を挙げよう。ここに確率を操る力を持った少女がいたとする。仮に今、人類の99.9%が滅びるような大災害が起こったとしても、彼女なら自らの能力によって必ず生き残る事が出来るだろう。少女の異能が自ら望んで手に入れた物であるならば、彼女は進化人類と言える”

「それは進化じゃありません!」

Beの言う少女が美耶を指す事は明らかだった。

勝手に進化人類扱いされては堪らない。

“私が指摘したいのは、進化に付いての考え方なのだ。進化とは、あくまで自らの保全と発展の為に成されるべきであって、極端な多様化で一部の種の生き残りを図るのは進化では無い”

「だって、結果が同じなら良いじゃない!」

その言葉の後には沈黙があった。

一瞬、諦念とも取れる感情が流れ込んで来る。

“それは普遍的なDNA生命体の、ごく一般的な意見でもある。だが考えて欲しいのだ。それは、自らが進化の頂点と考える驕りではないだろうか?”

「・・・驕り?」

Beの言葉は、何だか熱を帯びているようだった。

めったに感情を表す事の無い彼が、美耶にだけは理解して欲しいと望んでいるようにも感じられる。


“首の短いキリン達の事を考えたことが有るかね? いみじくも君の言った、進化の袋小路に消えた者達の事を”

急に話題を変えられて言葉に詰まる美耶に、Beは続けた。

“彼らがついえてしまったのは、何も種のポテンシャルが劣っていた訳では無いのだ。急変する環境に適応出来なかったからであって、数を打てば当たる方式の雑多の多様化の中で、たまたま環境に適合出来たのが首の長いキリンだったのだ”

「あっ・・・」

ようやく美耶にもBeの言いたい事が、進化論の誤謬が分かって来た気がした。

環境の変化は、種の趨勢を決めるフィルターの役割を果たす。

けれどそれは、決して神の意向などでは無いし、素晴らしい可能性を持った種が、理不尽な理由で潰え去る事がまま有るのだ。

人類が優勢である現状を、我々は進化の結果と受け止めているが、人類はたまたま適応が出来て、生き延びられただけなのではないだろうか?

それは単に、運、不運の問題だったのかも知れないのだ。

そして、その我々人類にしても、明日には淘汰される運命なのかも知れなかった。


“DNA生物にとって、進化の主体はあくまでDNAその物なのだ。だからその宿主ホストである生物は、いつでも乗り捨て可能な箱船と解釈ができる。DNAが進化の到達点にない以上、君達を失われた数多のブランチと区別する理由は何も無い”

「ならBeにとって、あたし達は生きる価値が無いって事?」

“その認識は誤りだ。我々も、DNAの全てを否定している訳ではない。それに、君達人類がDNA情報の一つとして消えるか否かは、要は認識の問題でもある”

「認識?」

“そうだ。自らの保全と発展の為の進化をDNAと運任せにはせず、自らの責任で行うと決めれば良いのだ。その認識が、人類という種の方向性を変えてゆく”

「ひょっとして、Beの種族も、そうやって精神生命体になったの?」

“残念ながらその問いには答えられない。何故なら我々精神生命体がどのようにして発生したのか、その記録が残ってはいないからだ。ただし、その認識が人類の生命体としての階梯を上げる鍵となる事は確かだ”


   ◇   ◇   ◇


それは、美耶にとって途方もない話だった。

興味半分で訊ねた問いが、いつの間にか、人類の進化の鍵とかの話にまで発展していたのだ。

けれど、それはそんなに難しい話では無かった。

それ所か、話の筋道自体は分かり易いと言っても良かったのだ。


美耶は地球外の精神生命体であるBeの話に、夢中になり始めていた。


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