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第十九話 本当の自分の願い その三

「もうっ、友達が居る時は話掛けないでって、何度も言ってるじゃない!」


昼食後、美耶は、人気のない階段の踊り場に足を向けていた。

“まだ経験浅い君へのアドバイスの積もりだったのだが、気分を害したのなら謝罪しよう”

すぐさま心の中に声が帰って来る。

結論から言うと、美耶はBeを滅ぼす事が出来なかった。

ただし、美帆の力によって力関係は逆転していた。

辛うじて心と身体の主導権を取り戻す事に成功していたのだ。


「だいたい、美帆にバレたら困るのは、あなたの方なんでしょ?」

“今の私は存在を維持するのがやっとの状態だ。この上橘媛に見つかれば、今度こそ一瞬で消去されてしまうだろう”

さほど困った様子も無しにBeが答える。

彼は美帆の力によって、時空を越えた本体への接続を断たれてしまっていた。

実在の身体を持たない精神生命体である彼の存在は、今はとても不安定な状態だったのだ。

それでも今のこの状況は、別にBeに同情を感じたからでは無かった。

あの時彼は、最後の力を振り絞って美耶の心を縛ったのだ。だから、いくら美帆に相談を持ち掛けようとしても、それが出来ない状態だった。

今の彼らの関係は、奇妙なバランスの上に成り立っていて、それは決して美耶が望んだ状況では無かったのだ。


“それに、私からすれば君の方にも問題は有るのだ。考えるだけで伝わる物を一々言葉に出すものだから、このままでは、独り言の多い精神の病んだ印象を他者に与えてしまうだろう”


『いったい誰のせいよ!!』


つい大声を出して、慌てて辺りを見まわす。

校舎の屋上へと続く階段の踊り場は、昼休みでも人気が無かった。

誰もいないのを確認して、ホッと胸をなで下ろす。美耶は、Beのせいで独り言の多くなった自分を気にしていた。

“悲観ばかりしていても得るところは少ない。こうなった以上、この状況が益を生むように互いに協力しようではないか”

もう、勝手な事ばっかり・・・。

美耶は心の中で溜息を吐いた。

Beが主導権を握っていた時にはあんなに高圧的だったのに、今ではそうした態度はすっかりと影を潜めていた。

彼は、そんなに自分が消滅する事が怖いのだろうか?

けれど、心の中に浮かべたその疑問に、Beがすぐさま答えて来る。


“このまま私が消えても私の本体に影響は無い。けれど私は、接続が切れてからのこの百十数時間の情報が、このまま消滅してしまう事を恐れるのだ”

「情報・・・?」

Beの答えに首を傾げる。

「つまり、今の自分が消えるよりも、記憶が無くなる方が怖いって事?」

“そうだ。実在の身体を持たない我らは、収集した情報の散逸こそを恐れる。DNA生命体である君達と違って、我らは無駄な情報を持たないのだ”

「無駄な情報? 私たちが?」

“そうとも。君達DNA生命体は、膨大なエラー情報の上に成り立っているのだから”


   ◇   ◇   ◇


心の中に、他者の意識が割り込んで来る。

そんな異常な状況でも、何故か恐慌を来たす事は無かった。

心を縛られているからかも知れない。

美耶の中には自分を客観視する視点があって、今の状況をそう捕らえていた。

穂積美帆を恐れるBeは、美耶が美帆に知らせる事が無いよう、美耶の心を堅く縛っていたのだ。

心と身体の主導権を回復した美耶だったが、その一点だけは、どうやっても覆す事は出来なかった。


それでも美耶は落ち込んでばかり居た訳では無い。

それどころか、Beとの対話に強い興味が掻き立てられるのを感じていた。

何故なら彼は、お化けや悪霊の類では無く、れっきとしたエイリアンだったからだ。

彼の存在は、ホラーや怪談ではなく現実だった。

Beは天の川銀河系中央部のハビタブルゾーンに属する知性体で、彼の言葉からは、異星の文明を垣間見る事が出来た。

美耶にとっては、Beの存在自体が好奇の対象だったのである。

-全く、美耶ちゃんは脳天気なんだから-

涼子なら絶対にそう言うだろう。

けれど、美耶は幼い頃から夜空を見上げて、天に住まう者達を空想する少女だった。

怖さよりも好奇心が先走ることを押さえる事が出来なかったのだ。


“だが待ちたまえ”

美耶の思考を読んでBeが言った。

“銀河文明の事を知りたいので有れば、君にはファウストが居るではないか”

「ファウスト? ああ、パパの事ね」

一瞬だけ考えてから美耶が答える。

美帆から聞いた話によると、その昔、美耶の父親はファウストと呼ばれ、銀河中央文明圏ではその名を知らぬ者は無いほどの英雄であったらしい。

敵味方から魔神と呼ばれ、恐れられていたと言うのだ。

“彼は優れた軍事戦略家であっただけで無く、政治、経済、科学、芸能、そして、博物学にも優れていた。今でも彼の教えを請いたいと願う者は、それこそ星の数ほども居るだろう”

「むー、パパかぁ・・・」

美耶が腕を組んで考え込む。

「パパの事は好きだし、尊敬もしているけど、宇宙の事を聞きたいとは思わないなぁ」

美耶の感想にBeの関心が跳ね上がるのが分かる。

無理もない。星座の形が変わる程の遙か昔から、彼らは仇敵同士であったのだから。

「休みの日はゴルフばっかだし、好きな歌は北島三郎だし。パパの事は大好きだけど、パパと宇宙って何だかイメージが違うのよね」


“成る程。つまり君は、自分の父親の印象が変質する事を恐れている訳だ”


その言葉にドキリとする。

美耶は、自分でも気付かなかった心の奥底を言い当てられていた。

「そっか・・・。なら、やっぱりあたしは怖かったんだ」

言葉に出すと、それが本当である事が分かった。

父の過去の事を荒唐無稽とは感じていたが、別にその事を疑っていた訳では無いのだ。

それでも父に問いただす事をしなかったのは、過去の父は美帆の父、現在の父は自分の父と、自分でも気が付かぬ間に割り切ろうとしていたのかも知れなかった。

宇宙の事を聞くことで自分の父が消えてしまう。そんな気がして、言葉に出すことが出来なかったのだ。

「そんな訳、ある筈無いのに・・・」

自分の額をコツリと叩く。

要するに、いきなり姉が出来て、自分の両親が自分だけの両親で無くなった事に寂しさを感じていたのだ。

まるで小さい子供みたいだ。

美耶がその事に一抹の寂しさを感じていると、何故かBeの感情が動くのが分かった。

“私の疑問は解消された。ならば、今度は君の疑問に答えようではないか”

「えっ、良いの?」

それは、意外な申し出だった。

“何も不思議に思う事は無い。ファウストに相談されて困るのは私なのだ。君の好奇心を満たし続けている間、私の存在をファウストや橘姫に告げないと言うのであれば、それは私にとって有意な取引条件だ”

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