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第十六話 間断された心 その三

夢を見ていた。

夢を見るのは最早自分の役目では無くなった筈で、ならば、こうして夢を見ている自分は一体何者なのだろう?

そんな事を考えていた気がする。


夢の中の出来事は時間の感覚が曖昧で、だからその記憶がいつの出来事なのか、そもそも本当に起こった事なのかは分からなかった。

夢の中には美帆の寝室に祀られていた光の珠が存在していて、美耶が投げかけた質問に答えようとしていた。


「我々は超越者なのだよ」

碧色の光の珠はそう言った。


膨張と収縮とを繰り返すこの宇宙が、そのサイクルを三度遡る程の遙かな昔、彼らは深淵の門を潜り精神生命体となった。

肉体を捨てて、人類とは比べるべくも無い英知と全てを見通す感応を得た彼らは、時間すらも超越したのだ。

精神生命体となった彼らの目的は、この宇宙の全ての事象を解明する事だった。

その為に、彼らは今この瞬間も、宇宙の探索と思索とを繰り返し、精神の統合を行っているのだという。


「そんな方が、何故あたしなんかの力を必要とするのですか?」

美耶の疑問は当然だった。

彼らの在り方は、神と呼ばれる存在にも等しかったのだから。

「私は我らの害になる者達を取り除きたい。その為に、君の現実に干渉する力が必要なのだ」

「そんな、いきなり言われても・・・」


光の珠の話は突拍子も無さ過ぎた。

やはりこれは、夢の中特有のとんでも話なのだろう。

そう思い込もうとする美耶に、光の珠は言った。

「君は、君の父親と同等の力を持つ希有の存在だ。彼の造った”世界”を滅ぼす為にも、君の力を手に入れたい」

『なんですって!』

美帆より、自分の父親が特別な人間である事は聞かされていた。

けれどそれは遠い昔の話であって、美耶にとっては、ただの優しい父親でしか無かった。この光の珠は、その父の敵だとでも言うのだろうか?


「我らは君の父親を、この辺境に封ずることに成功した。けれどそれであっても、彼の因果を歪める力の重要性は些かも減ずる事は無い」

『お断りします!』

彼は一体何を言っているのだろう?

美帆が指摘するように、確かに自分の内には不思議な力が有るのかも知れない。

けれど、それを父を裏切る事に使うなど出来る筈も無かった。

「勘違いして貰らっては困る。この星で朽ちる決意を固めた君の父親に、手出しする積もりは無いのだ。それでは、寝た子を起こす事にも成りかねない」

光の珠は美耶の思考を読んで言った。

「だったら・・・」

「我々の望みは、現在銀河系宇宙に広がる人類の文化圏に、可及的速やかに衰退して貰う事だ」

「銀河系? 衰退?」

「そう。出来ればこのまま原子力産業以前の文明水準まで衰退して欲しい。要は、取り扱うデータ量を低減して貰いたいのだ」

美耶には、光の珠の言っている意味が良く分からなかった。

「宇宙とは一つの記録媒体なのだよ。我々にとって君達人類は、レコードをノイズで埋める厄介な存在なのだ」


光の珠の言う人類とは美耶達地球に暮らす人々では無く、どうやら銀河系中心部に暮らす、宇宙文明を築き上げた人達の事を指しているようだった。美耶の父親も、そうした人類の一人なのだと美帆からは聞いている。

彼の言い分はこうだった。

一つの宇宙に存在し得るデータ量には、上限が有るのだと言う。

宇宙に広がる人類は、文明の進化に従って膨大なデータを運用する様になった。

特に、先日美耶も体験した質量の量子転送は、人々の生活圏を星間文明にまで広げる後押しをしただけでなく、宇宙文明を築き上げたそれ迄の人類にとっても、桁違いのデータ運用をもたらす事となったのだ。

量子転送とは、要は光速を越えるデータ転送技術だからである。


「君達の量子転送によって生じた莫大なデータノイズが、我々の宇宙レコードを浸食しているのだ。これは、精神生命体である我々にとって、生命の存続を脅かす由々しき問題でもある」

科学には疎い美耶だったが、それでも銀河文明の使う量子転送が、精神生命体である彼らにとっての猛毒の公害を撒き散らしているらしい事は、何となくだが理解出来た。

光の珠は、美耶の理解を伺って頷いたみたいだった。ただ揺れただけなのに、何故かそれが矢鱈と人間臭く感じられる。

「何も君達を滅ぼそうと言う訳では無いのだ。ただ、扱うデータ量を減らして欲しい。その為に量子転送の運用を止めて貰いたい」

「だったら何も、争う必要なんて・・・」

でも、光の珠は美耶の訴えを否定するように横に揺れた。

「それは無理な話だ。我々と君達とでは種の目指す方向性が異なる。君達がDNAに縛られる生物である限り、多様化と播種の業から逃れる事は出来まい。争いは避けられないのだ」

『そんな事はありません!』

美耶は反射的に叫んでいた。

例え彼が父の敵であったとしても、こうして意志の疎通が出来る以上、話し合いによる解決の道が有る筈だった。

けれど、不意に灯りが消えたように辺りが暗くなる。

まるで、ぶつりと断ち切れる様にして、それまでの夢が終わってしまっていた。


   ◇   ◇   ◇


「えっ、どう言う事?」

戸惑う美耶の前に再び碧色の光の珠が現れて、辺りを照らす。

光の珠は言った。

「これ以上君が、この件を知る必要は無い。何故ならこの記憶は過去の出来事で、既に終わってしまった事だからだ」

「えっ、終わった?」

「君は私と賭をしたのだ。そして君は負けた」

「えっ!?」

「君は身体の所有権を剥奪され、この肉体は私の管理する所となった。美耶、君は死んだのだよ」


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