第十三話 星から来た者 その二
辺りには、美帆の物と思われる衣類が散乱していて、部屋の中は、およそ考え付く限り散らかされていた。
テーブルには飲み差しのペットボトルにインスタント食品。床にはスナック菓子の欠片と袋が投げ捨てられていて、絨毯にジュースをこぼした跡がシミになってしまっている。
そこは、美帆が寝室として使っている部屋のようだった。
化粧台の前の椅子には、使われたままのバスローブが何枚も積み重なって放置されている。
ベッドのシーツは裏帰り、半ば床に落ちた掛け布団との間に幾つもの下着が脱ぎ捨てられていて、絡まって団子のようになっていた。
「何よこれ!」
ホテルのスイートルームの一室が、汚部屋と化してしまっていたのだ。
「信じられない・・・」
それは、整理整頓を厳しく躾られていた美耶にとって、考えられない有様だった。
上がりに上がっていた美帆への評価が、一気に地の底まで下落する。
◇ ◇ ◇
床に落ちていたコンビニのレジ袋に、ゴミを拾い集める。
シーツを直し、掛け布団を折り畳んで、美帆の下着を回収して行く。
美耶の本能に刷り込まれた整理整頓の虫が、汚部屋の片付けを始めさせていた。
「もぅ、バスローブがゴワゴワに固まっちゃってるじゃない・・・」
ぶつぶつと文句を言いながらも、てきぱきと衣類を拾い集めて行く。
集めた衣類を一度ベッドの上に広げ、洗濯する物とそうで無い物に仕分けする。
けれど、色とりどりの衣装をベッドの上に並べて行くうちに、自分でも気付かぬ間に品評会を始めてしまっていた。
ブティックの買い物の時も感心したのだが、美帆のセンスはなかなかなの物なのだ。
「これなんか、可愛いかも・・・」
ノースリーブのブラウスを胸に当てがってみる。
衣装には、それぞれデザインに合わせた下着があって、キャミソールはシルク製だった。
ごく普通の高校生で有るところの美耶にとっては、シルクの下着とかは、最早別世界の代物である。
思わず手に取ったその下着はレースが多用されていて、隠すべき所が余り隠れない代物で、ごく普通の高校生で有るところの美耶にとっては、興味が沸かない筈が無かった。
着けてみようかしら。
元々下着を借りに入った部屋なのだし、バスローブの下はまっぱだし、一度美帆が着けた下着だと言う以外は問題は無かった。
何よりもシルクの下着は肌触りがすべすべで、抗い難い魅力がある。
シルクのショーツを両手で広げて、レースの位置を確認して・・・。
けれどその時、碧色の光が美耶の目の中に飛び込んで来た。
◇ ◇ ◇
今の今まで気付かないでいた。
部屋の一角に小さな祭壇が設えてあって、ミニチュアのような小さな社から、明かりがこぼれていたのだ。
何だろう・・・。
社は半ば扉が開けられていて、中には碧色に光る珠が祀られている。
宝石の類では無い。
LEDや電灯のような光る仕掛けがある訳でも無いのに、蝋燭の灯火の部分だけ切り取った様な、ただ光る珠がそこに有るのだ。
美耶はその不思議な光から、目を逸らす事が出来なかった。
まるで、金縛りに成ったように身体の自由が利かず、ふらふらと光の珠に引き寄せられて行く。
時折明滅を繰り返す光の珠は、そのものに意志が有るように思えた。
美耶に何か伝えたい事がある。
そんな風に思えてならないのだ。
珠は実体の無い光だけの存在だった。
表面には薄く幾何学模様があって、それだけを見ると何か機械の部品のようにも思える。
美帆の力だ。
突然、美耶にはそれが分かった。
自分の持つ力と同質の物が感じられ、そこには力を持つ物にしか分からない、独特の薫りの様な物があったのだ。
それよりも、この光の珠から感じられる意志のような物が気になって仕方なかった。
一つは美帆の意志。そして、もう一つ。
一体これは何なのだろう?
「・・・あなたは何なの?」
美耶が語り掛けると、光の珠の明滅が激しくなった。
その物の持つ意識の焦点が美耶に定まって、何かのスイッチが入ったようだった。
- ・・・バーマイン -
「ばーまいん?」
『美耶!』
その時。突然ドアが開け放たれて、美帆が入って来た。
「何でこの部屋に入っているのよ!」
「何でって、下着を借りに・・・」
「下着の替えは、クローゼットルームだって、教えたじゃない!」
美帆はそこまで言って、美耶には分かる筈も無い事に気が付いた様子だった。
「触って無いでしょうね?」
美帆の表情は、それまで見た事の無い位切実だった。
「触ったって?」
「そこに納められている物よ!」
美帆が小さな社を指さす。
改めて見ると、社は扉が閉じられていて、祀られていた光の珠は、見えなくなってしまっている。
「うん。触って無いよ」
美耶は首を振った。けれど、これは質問が拙かった。美帆は中を見たのかと問うべきだったのだ。そうすれば、美耶は首肯した筈なのだから。
けれど美帆は、美耶の答えに安心した様子で、それなら良いのだと言っていた。
「クローゼットルームは別の部屋よ。此処は入ってはいけない部屋なの。それに、鍵を掛けて置いた筈よ」
鍵は掛かっていなかった。
美耶がそう言うと、美帆は自分のミスと納得した様子だった。
でも、彼女は知らなかったのだ。
美耶が開けようと思った扉は、どんな鍵だろうと役に立たなくなる事を。
「取り敢えずクローゼットルームに行きましょう。そんな格好だと風邪を引いてしまうわ」
美帆は美耶をクローゼットルームに連れて行き、気前良く未使用のシルクの下着をプレゼントしてくれた。
着け心地の良いシルクの下着は、美帆がブティックで買ってくれた服と合わせ、美耶の宝物となった。
いつの間にか雨が上がり、スイートルームの窓には夕日が射し込んでいた。
ホテルのスタッフが届けてくれた制服は、雨に濡れる前よりも綺麗になっていて、ブティックの紙袋は新品に変わっていた。
どうやら、スタッフが買い物した店に出向いて調達してくれたらしい。
雨に打たれた嫌な記憶がリセットされ、スタッフの心尽くしのお陰で、良い思い出へと変わっていた。
ルームサービスの紅茶を戴いて、洋館のホテルを後にする。
けれど、話はそれで終わりはしなかった。
むしろそこから始まったと言って良いのかも知れない。
何故なら、その晩から美耶の夢に、碧色に光る珠が現れるようになったのだから。




