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第十一話 本当の友達 その四

三人の女子高生が飛び上がる。

けれど、そこにいたのは見知った顔だった。

「斉藤先生!」

「綾香!」

「やっほー、不良少女ども!」

何故かハイテンションの女性は美耶の高校のクラス担任で、斉藤綾香教諭だった。

「制服でこんな所入り浸っちゃ駄目よ。はい、忘れ物」

そう言って、公園に置き忘れた学生鞄を押し付けて来る。

斉藤教諭は、美帆の隣のカウンター席に座って言った。

「あー重かった。マスター、私も同じ物を。あぁ、私の分はお子さま用でなくていいから」

「かしこまりました」

美帆が胡散臭げに教諭を見る。

「何でこの場所が分かったのよ?」

「ヒロに、江ノ島に飛んだって聞いたのよ。この十年でこの街も随分と変わったわ。美帆の隠れ家なんて、このお店以外に、もう幾らも残ってはいないもの。それに、若い子にハッタリを掛ける積もりなら多分ここだろうって」

「ハッタリって、どう言う意味よ?」

美帆が不機嫌な顔をする。

斉藤教諭とは、随分と親しい間柄のようだった。

担任の砕けた様子に、美耶と涼子が唖然とする。日頃は良家のお嬢様のような、硬いイメージなのだ。


「ホット・バタード・ラムをちょうだい。この子達も同じ物を」

教諭がしなを作って先程の美帆の物真似をする。美帆が吹き出していた。

「ちょっと、綾香!」

斉藤教諭が美耶達を振り返る。

「騙されちゃ駄目よ。年端も行かぬ若い子達をこんな所に連れ込んで、カクテルとか注文して、自分が頼りになる大人であることをアピールしてるのよ。大抵の子は、ころっと騙されるんだから」

「騙すですって!」

美帆が抗議するが、教諭はそんな美帆の首に腕を廻して羽交い締めにする。

「そうよ。だって美帆って、お酒なんか一滴も飲めないじゃない。そんな奴が大人ぶってカクテルを勧めるだなんて、大笑いだわ」


『嘘よ、飲めるもん!』


美帆が真っ赤になっていた。

「美耶達は知らないかもしれないけど、あたしはこの街の五穀豊穣の神様だったの。女神様のお供え物はお酒がデフォよ。お祭りの時なんて、お酒の入った樽がこーんなに並ぶんだから」

そう言って、両腕をぐるぐる振り回す。

「そんな女神様が、お酒飲めない筈が無いじゃない!」

斉藤教諭は、そんな美帆をにやにやと笑っていた。

「それは失礼。では、大酒飲みの女神様に、私から一献」

そう言って、マスターが教諭の前に置いたホット・ラムを、そのまま美帆の前にスライドさせる。

「ぐっ、」

美帆はそのカップを見つめて息を飲むと、そのまま黙り込んでしまった。


「先生、止めて下さい。美帆も無理しなくて良いから・・・」

けれど、美耶のその一言が美帆の背中を押していた。

意を決してホットラムを呷ると、美帆はほんの一口飲んだだけで撃沈していた。

その酔いつぶれ方は、まるでマンガみたいだった。

『美帆!』

「大丈夫、大丈夫。いつもの事だから」

教諭が気楽に言う。

「だって先生!」


美耶が非難するが、斉藤教諭はカウンターのスツールを降りると、美耶と涼子に向き直った。

そのまま深く腰を折る。

「鈴木さん、日枝さん。今日の事、本当に申し訳有りませんでした」

美耶と涼子があっけに取られていると、斉藤教諭は苦笑いを浮かべた。

「私の家って、この街の神社なの。それで、おまつりしている神様がこれ」

教諭が酔いつぶれる美帆を指す。

「そして今日、鈴木さん達に狼藉を働いた男。あれは、私の兄貴なのよ」

『えーっ!』


 ◇   ◇   ◇


「もう二十年位前になるかな。実家で巫女とか遣ってる関係で美帆と知り合って、美佳と三人で良くつるんでいた訳よ」

教諭はカウンターに戻ると、美耶達にノンアルコールのカクテルを振る舞っていた。

「あの・・・、美佳って」

教諭は涼子に頷いた。

「そう。美帆の妹で、あなたのおかあさん。当時は鈴木美佳と言ったわ。三人で生徒会とか遣ってて、あの頃は本当に楽しかった」

そう、懐かしそうに言う。

「美帆は昔から、この街の鎮守様だったの。けれど、神様として崇められていたかと言うと少し違って、偶像とか、象徴と言った意味でのアイドルだったのよ」

「アイドル、ですか?」

教諭は美耶に頷いて言った。

「神様と言うよりは、お祭の時の神様役。ほら、美帆ってこういう性格だから、嫌う人なんて誰もいなくて。彼女はおまじないとかの力よりも、むしろ、その人柄でこの街の人と上手く遣って来たのよ」

そう言って、教諭は酔い潰れた美帆の頬を軽くつついた。

「けど、家の兄貴が美帆のおまじないの力に目を付けて、奇跡の力を宣伝しようとしたの。家の神社には、本物の神様が居ますって。結果、美帆はこの街に居ることが出来なくなってしまったわ。本当に申し訳ない事をしてしまった」


斉藤教諭は、改めて美耶と涼子に向かい合った。

「美帆がこの街に帰って来るに当たって、兄は美帆に二度と手を出さない事を約束したの。その約束を反故にしたばかりか、何の関係も無いあなた達にまで手を出そうとした。今回ばかりは許すことは出来ないわ。学園からも誘拐未遂で告訴する積もり」

「誘拐だなんて!」

美耶が警察沙汰は大げさだと言い張ったが、斉藤教諭は悪い様にはしないからと、取り合わなかった。

兄妹なのに、色々と思う所があるらしい。


 ◇   ◇   ◇


「でも、今のあなた達を見て、正直ちょっとショックだったわ」

教諭はそう言うと、グラスのジントニックを口の中に放り込むようにして呷り、お代わりを注文した。

「ショックって、何がですか?」

「美帆の隣にあなた達が座っていた事。だって、美帆の隣は私の席だったのですもの」

「そんな!」

教諭は美耶を留めて言った。

「おばさんの、ただの感傷よ。ずっと分かっていた事なのよ」

「でも、今だって美帆とは友達なんじゃないんですか?」

教諭は首を振った。

「勿論今だって親友の積もりよ。けど、隣に居る事は出来なくなってしまったの。こいつってさ、ピーターパンみたいな存在なのよ」

「ピーターパン?」

それは、漫画映画の主人公の名前だった。

「この子の周りでは不思議な事ばかりが起こるの。まるで、ネバーランドみたいに。美帆はいつまでも子供の姿で私達と楽しく遊ぶの。けれど、人はいつまでもネバーランドで暮らす訳には行かないわ。美佳は付いて行くのかと思ってたら、とっとと結婚しちゃったし・・・」


斉藤教諭は美耶に向かって、あなた達はどうするのかと訊ねた。

その瞳には、言葉に言い表す事の出来無い深い感情がこもっていて、そして、直ぐに首を振って、今のは忘れて欲しいと言った。

その顔は、とても寂しそうに見えていた。


「あーあ、ちょっと酔っぱらっちゃた」

そう言って、お代わりのジントニックを一息で開ける。

「マスター、お勘定。この子達の分もね。私、先に帰るから」

まだ雨が降っていると美耶が止めたが、教諭は一人になりたい気分だからと言って、席を立った。

「もう少ししたら、ヒロが車で迎えに来るから、あなた達はそれで帰って。もう今日みたいな事は起こらないから、明日はいつも通りに学校へ来ること。ズル休みしちゃ駄目よ」

教諭はそれだけを言うと店から出て行く。


いつの間にか小雨になっていた。


「よろしければどうぞ」

マスターが、生姜をきかせたチャイを振る舞ってくれる。

美帆は相変わらず酔い潰れたままで、けれど美耶は、その瞳に涙が浮かんでいる事を見逃さなかった。


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