第十〇話 本当の友達 その三
「本当にこっちで良いの?」
雨の中、江ノ島の街を走る。
思っていたよりも雨足が強くなって来て、雨宿りする場所を探していた。
土地勘が有るという美帆の先導で、迷路のような路地裏を歩き回る。
財布もスマホも公園に置き忘れていてコンビニでさえ入る事が出来ず、美帆に案内された先は一件の古いバーだった。
「此処って、お酒を飲む所じゃない」
少なくとも制服姿の女子高生の入れる場所ではない。
けれど、雨足はいよいよ強くなって今更引き返す事も出来なかった。
大丈夫だからと促されて仕方なしに店に入る。薄暗い店内には、壁一面に見た事もない異国の酒瓶が飾られていた。
開店時間にはまだ少し早く、客はまだ一人もいない。
「いらっしゃいませ」
「すみませんが、雨宿りさせて頂けないでしょうか?」
三十代始め位のバーテンダーがグラスを磨いていたが、雨に濡れた少女達を見ると一度ストックルームに入る。そして、分厚いタオルを持って再び美耶達の前に現れた。
「どうぞお使い下さい」
そう言って、客に相応しくない少女達に、嫌な顔もせずタオルを渡してくる。
「あれっ、マスターは?」
「先代は三年前に引退し、今は私が店を引き継ぎました」
バーテンダーの言葉に、タオルを受け取ろうとした美帆の手が止まった。
この店が、十五年ぶりであった事を思い出したのだ。
時も人も移ろい行く。外観が同じでも、自分の知る店では無かったのだ。
「ごめんなさい。前のマスターとは懇意にさせて貰っていた物ですから」
美帆が肩を落とす。
そうなれば、最早自分達は場違いの客でしかなかった。
「穂積、美帆様でいらっしゃいますか?」
けれど、まだ歳若い店主は口元に笑みを浮かべていた。
美帆が頷くと、先代から承っているからと、以前と同じ様におくつろぎ下さいと言って、少女達を店の中に通した。
◇ ◇ ◇
「ホット・バタード・ラムを下さい。この子達も同じ物を」
「ちょっと美帆!」
清潔なタオルで塗れた身体を拭くと、漸く一心地する。
美帆がホットカクテルと注文すると、美耶が未成年の自分達はお酒が飲めないと声を上げていた。
「ここのお店のは大丈夫なのよ」
美帆が言うと、バーテンダーは頷いてカウンターの中に入った。
耐熱グラスを三つ用意して、中に角砂糖を入れる。
そして年若い店主は年代物のラムの封を切り、それを一度金属製のカップに注ぐと、バーナーで火を付けていた。
琥珀色のダークラムが青い炎を上げて燃え上がる。
「うわぁ」
美耶と涼子が歓声を上げる。
店主が火の付いたラム酒を、もう一つの金属カップに移し替えたからだ。
ラムが糸を引いてカップを渡り、二つの容器を青い炎が繋いでいた。
それを何度も繰り返す。
ちょっとしたファイアーダンスだった。
辺りにはラムの芳ばしい香りが漂ってくる。
「ああやって、アルコールを飛ばしてくれているの。だから未成年でも大丈夫なのよ」
青い火をグラスに注ぐと角砂糖が燃え上がる。そこに、熱い湯を差して泡立てたバターを浮かべると、未成年用のホットカクテルの完成だった。
『おいしい!』
美耶達が歓声を上げる。
それは、雨で濡れた体を温めるのに最適な飲み物だった。
◇ ◇ ◇
バーテンダーは先代の店主の息子で、美帆の事は父から言付かっていたらしい。
店の片隅の小さなフォトフレームには、昨年亡くなったという先代の写真があって、美帆はその写真に向かって頭を垂れた。
- 長く生きていると、友達ってどんどん減って行くものなのよ -
美帆の言葉が思い出される。
彼女はこうした経験を幾度も繰り返して来たのだろう。
何だかしんみりとしてしまって、美耶も小さな遺影に向かって頭を下げた。
「今日は飲もう!」
美耶の気分を察したのか、美帆が殊更明るい声を上げる。
「飲もうって、ノンアルコールなのよ」
涼子が苦笑いする。
その時、いきなり店のドアが開け放たれていた。
大きな足音を立てながら、一人の女性が店に入ってくる。
『そこの女子高生! 両腕を上げて、手を壁に着きなさい。未成年飲酒の現行犯で逮捕するわ!』
『えっ、えーっ!』




