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鈴毬的短編集  作者: 鈴毬
屋上の朱 【その他/微ホラー】
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屋上の朱 【その他/微ホラー】

 町の中心、駅近く、高層13階の団地。そこは平日だけ屋上のカギが開けられる。

 そのことを住人は殆ど知らない。

 知っていたとしても屋上に来る人間なんて日中、大きな布団を干すときにしか足を運ばないだろう。

 私は決まって木曜日、否、時々火曜日と水曜日と金曜日もこの団地の屋上に来ていた。


 私はここの住人ではない。ただたまたま通っている高校が近く、立ち寄りやすいから来ているだけなのだ。

 落ちかけの夕日と昇ってくる月を見るのがここでの楽しみだった。

 13階、実質14階分の階段はエレベータではなく階段で行く。住人にあったら気まずいだろう。それに監視カメラに映るのもいただけなかった。


 静かに扉を開ければ日はすでに落ちかけ、なんとも幻想的な風景が広がっていた。私はそっとスマートフォンを取り出してカメラアプリを起動する。

 ここから見える景色はいつもいい。


「また来たんだ」


 嬉々としてシャッターを押している横からは、少し高めの男の声がする。

 その方向を追えば男子学生の姿が在って、にこにことこちらを見ていた。


「そうだけど、文句ある?」


「いいや、ないよ」


 私の隣に立ったままだ。

 こいつの名前は山田。それしか知らない。

 山田もここの景色が好きらしく、よくここで会う。それ以外は何もわからない。どこの高校に通っているかも下の名前がなんなのかも。

 私にはなにも関係ないのだ。


「学校はどうしたの?」


「は? なんで?」


 奴はしれっと聞いてきた。

 私が聞いてほしくないことをさらりと聞いてくる。数か月の付き合いだけどこいつは私の嫌なことばかり聞いてくる超イヤナヤツだ。


「制服着てるのに鞄がないじゃないか。それに膝が傷だらけだ」


 私は黙った。

 理由はくだらない。学校には行ったのだ。県内では有名な可愛い制服の公立校に。

 朝は鞄を持っていったのだ。ただ放課後掃除から戻ってみれば鞄がなかっただけで。その瞬間転んで膝に傷が出来ただけだ。

 本当に仕様もない理由。


「まあ、今どき高校に鞄いらないよね」


 山田は嫌なことを聞いてくる癖にその核心には絶対に迫ってこなかった。

 気持ち悪い奴だ。

 私は黙ったままコンクリートの床に座った。山田もまた私に適度な距離を開けて隣に座った。


「なんでここに来るたび傷だらけなの?」


 ほら、また。こいつは嫌なことばかり聞いてくる。


「イジメだって言ったらアンタはなんて言うの?」


 しまった。イライラしていた気持ちがそのまま口から滑り降りてしまった。こんなこと秘密にしておけばいい。放課後1時間ばかり会う男子に言ったところでどうなるのだろう。

 別にイジメだって決まった訳じゃない。中学までは普通だった。いや、高校1年生までは普通だったかな。ただここ最近物がなくなる、足が引っかかって転ぶ。

 インターネットにあることないこと書かれる。ただそれだけじゃあないか。


「なんでそうなったか分かる?」


 山田は神妙な顔つきでそう言った。


「知らないよ。クラスのリーダー格が1個上の先輩と別れて、その先輩が私に告白してきたからじゃない?」


「知らないって言って分かっているじゃないか」


 私は山田を睨みつけた。

 学生のイジメなんて大体がたいしたことでは起こらない。大抵ほんの些細なことでそれは大きく歪むのだ。

 その先輩とはもちろん付き合っていない。今でも名前思い出せない様な接点のない人だったのだ。


 じゃあ、どうすればよかった? 付き合えばよかったのか、その子と寄りを戻せと進めたらよかったのか。


 正解なんてある筈がない。


「辛い?」


「辛くない訳、ない……」


 漏れた声は情けなく小さい。


「じゃあ、俺から提案。解決する方法を考えよう」


 山田の笑顔。

 

 笑顔、えがお、エガオ。


 ひどく鬱陶しかった。

 お前に何が分かる? この理不尽さが、非道さが、誰も味方になってくれないこの気持ちが。


「うるさい! うるさいうるさいうるさい! だったら殺してくれればいいんじゃない! 私を、辛いと感じないところまで落としてよ!」


 久しぶりに叫んで頭にズキンと痛みが走る。


 誰もいない。


 過干渉気味の両親だって相談に乗ってくれない。最近彼氏ができた姉も上の空。クラスメートは口を聞いてくれない。

 私は泣き叫んだ。赤子のようだ。でも山田は私の泣き顔を見ても慰めようとも、笑い飛ばそうともしなかった。

 私に合せて立ち上がり、日焼けをしていない白い指で私の首を掴んだのだった。


「……わかった。殺してあげよう」


「う、そ……?」


 首に這われた指は静かにめり込んでいった。ひんやりと氷の様に私の首を刺すように締め上げる。

 顔が熱くなり、鼓膜が血の流れを伝える。

 筋肉は強張り、熱を帯びていくのに山田の指は痛いくらい冷たかった。


「……ッガ………!」


 情けなく口の端から唾液が漏れた。

 その瞬間山田の指は解かれた。目を見開いたままの私に彼は心配するでもなく私に笑いかけたのだった。


「俺が怖いって顔してる。もうそんなこと言っちゃだめだよ」


 山田はそういうと静かに屋上から去っていった。

 残された私はただただ嗚咽を漏らして泣くことしかできず、羞恥に、悔しさに頭が割れそうになった。

 どうしたかは分からない。ただ夢中で帰宅して私は親に土下座をしていた。

 驚いた父、母、そしてデートに出かける前の姉の顔。


「必ず卒業します。だから転校させてください」


 私は夏休み明けから、県内人気ナンバーワンの制服に腕を通すことはなかった。

 代わりに登校したのは私服で通える定時制高校だった。

 私が山田に会ったのはその半年後だった。

 寒い冬の日。山田は黒い縁の写真立ての中にいた。


――山田正也 享年17歳


 3年前、あの高い屋上から飛び降りていた。夕日の綺麗な時間にひっそりと飛び降りていたのだった。受験や学校生活を苦にした飛び降りだった。

 彼の素性を知ったきっかけはなんだったのか。きっと大学入試の塾で山田の話を聞いたからだろう。


 失礼とは分かりながらも彼の家を訪ねればもう2人、過去に同じように尋ねてきた人がいたのだと言う。

 山田の母親は白髪をひっつめて


「息子の言うことを聞いてやってください」


 と涙を流していた。



 あれから私はあの団地には行っていない。なんとなく行ってしまったら彼の言葉を裏切ってしまったような気がするのだ。

 これは私のいいように解釈していることかもしれないが、日が昇りまた落ちかけた時には山田正也が私を見守ってくれていると思うのだ。

突発企画、“丸々1時間で0から短編を書こう”でした。

纏まりが薄く反省しております。

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