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鈴毬的短編集  作者: 鈴毬
ちいときつね 【童話】
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ちいときつね 【童話】

【ちいときつね】




 暦は師走、年も暮れかけ世間が慌ただしく過ごす最中に雪が降った。

 そこは山間部で雪が降る地域ではあれ、忙しない中人々の活動を遮るようにしんしんと降り続ける雪に、大人たちは溜息を吐く。

 喜ぶのは幼い子供か、犬くらいだろう。


 そんな白銀の世界にひとつ、小さな影を見つける。

 影と言えどそれは桃色で、ぽんぽんと跳ねるように雪に跡を着けていく。

 一年振りのそれに浮かれる桃色の影は、秋山ちいという女の子だった。

 ちいは幼いながら両親想いの良い娘だ。今は寒がる母親の代わりに夕飯の買い物に出ているところである。

 そして賢いちいは無事におつかいを済ませ、一心不乱に家へ走っている途中だった。あまりに雪が降る物だから来た時に付けた足跡はすっかり消えてしまっていた。

 周りを確認しながら走る姿は、母親を探す雪うさぎの様にも見える。


 二回目の曲がり角を過ぎた時に、ちいはぴたりと立ち止まる。その視線の先には今まで一度も気にしたことのなかった雑木林の獣道だ。

 珍しい雪のせいなのか、ちいは道草をしたいと考えた。母親に怒られるかと悩んだが、それよりも獣道がどうしても気になった。

 ちいは買ったものの入った大きなリュックサックを背負い直すと傘に積もった雪を落とし、一歩一歩と獣道へと入っていった。

 獣道は気持ち良い程に真っ直ぐ伸びた一本道だった。ちいは後ろを振り向きながらまだ道が見えることに安心し、足を速める。

 子供にとっては、長く感じる道だ。その先には朽ちる寸前の祠と、狐の像が建っていた。

 誰も管理をしていないのだろう。老朽化が進み、屋根は半分崩れていて、そして奇妙なことに狐の像の向かいには同じ台座があるにもかかわらず対に居る筈の狐の姿はなかった。

 それでもしゃんと立ち続ける狐に積もった雪を、ちいは払いのける。


「きつねさんや、寒かろう?」


 全部払いのけてやると、狐はその凛とした姿を現した。そして、石でできた体は雪の様に真っ白になり、その尾っぽからふさふさと毛が伸び出した。それは体から、仕舞には顔までを覆い、真っ白な毛が全身を包んだ。台座から降り立ったそれの黄色い目がきらりと雪の白を反射すると、それが二、三度ぱちくりと瞬きする。

 だが、ちいは聡明で勇気ある娘だ。そんな姿を見ても狐と同じく瞬きするばかりで逃げ出したりはしなかった。


「きつねさんや、毛があると暖かそうだね」


 ちいは嬉しそうにまた狐に声を掛ける。


「ああ、じゃが寒いものは寒いじゃ。こうして動き回るのも幾年振りか」


 しわがれた声で狐は言う。ちいは、喋る狐を嬉しそうに撫でた。


「きつねさんは、神様なのかい? だったら雪を止めてちょうだいな。母ちゃんと父ちゃんが困っているんだ」


「お嬢ちゃんや、きつねは神ではありゃあせん。昔は神の使いと言われていたが、神様が住む家もこの通りで怒った神様は此処にはおらん。仕舞には相棒も出て行っちまった。きつねは一端の妖怪になっちまったのよ」


 狐は寒そうにするちいをその体で包んだ。きつねの襟巻どころか狐の袢纏(はんてん)になっている。ちいはその体に包まれて(くすぐ)ったそうに身をよじる。


「きつねさんは誰もいないのにずうっとここにいたのか? 寂しかったろう、辛かったろ」


「寂しいも何も慣れてしまってわかりゃあせん。お嬢ちゃんは如何(いかが)して此処に来たのか?」


「誰かの泣き声がしたものだから、お使いをしていたのだけど来てしまったのよ」


 ちいはそういうと大きなリュックサックを降ろして中身を開ける。その中から今晩使う油揚げを出すと、狐にそっと差し出した。


「きつねさんはお稲荷さんが好きだとばっちゃが言っていたのよ。食べなせえな」


「おおう、懐かしい。昔はよう食べとった。じゃがね、お嬢ちゃんが怒られてしまう。これは今晩のおかずだろう」


 狐はいやいやと断った。そしてきつねは食べなくても死にゃあせんのよ、とクツクツ笑った。

 ちいは、母親のことを思い出し、油揚げをリュックに仕舞うと淋しそうに(うつむ)いた。


「お嬢ちゃんや、気持ちはとてもありがたいのよ。だがそれは帰って母ちゃんにこさえてもらいな。きつねはその方が嬉しいじゃ」


「きつねさんは泣いておったで、ちいは帰りたくない」


 べそをかいたちいの頬を狐はペロリと舐めてやった。そして暖かな毛皮で今一度ちいを包んでやった。


「きつねは妖怪じゃ。それを一緒にいたいなどお嬢ちゃんは可笑(おか)しな娘じゃ」

「ちいも、淋しくて泣いて居ったんじゃ」


 ちいは秋に姉やになった。秋山家に待望の男が生まれたのだ。

 跡取りの誕生に皆が皆、弟に付きっきりになり、ちいは姉だからと我慢する機会が増えた。

 それでもまだ、幼い子供だ。ちいも泣きたいくらい寂しい、弟は可愛いので素直に言うことが出来なかった。


「きつねさんや、ちいと一緒に寝てちょうだいな。ちいは淋しい、布団が冷たく感じるんじゃ」


 その涙に狐は頭を抱えた。それでも狐も同じだった。

 自分の主がいなくなり、はるか昔に相棒までも出て行ってしまった。その時の想いが蘇り、ぴたりとちいに重なったのだった。


「それでは、きつねは約束しよう。お嬢ちゃんが嫁ぐまできつねが一緒に寝てやろう。そうすれば笑うか?」


「……うん」


 ちいは鼻まで赤くして嬉しそうに顔を綻ばせた。狐はぶるぶると身を震わせるとまたちいにすり寄る。


「ちいは秋山ちいっていうんじゃ。きつねさんはなんて名前じゃ?」


「きつねはとうに名を忘れた。ちいが好きに呼んだらいい」


 ちいはしばらく悩むと大きく頷いた。そして狐の顔を掴むと大きく名を呼んだ。


「銀次じゃ。きつねさんは雪の銀世界に出会うた。だから銀次じゃ」


「銀次、勿体ない名前じゃの。きつねは今日から銀次じゃ」


 銀次は満足そうに喉を鳴らす。


「ちい、早く帰らんと母ちゃんが心配する」


「そうじゃ、早くしないと父ちゃんが帰ってきてしまう」


 パタパタと、雪の上を走り出す。銀次も後を追って雪を蹴った。

 雪はまだまだ降り続く、その大雪は年が明けるまで降り、ちいは銀次と共に過ごした。

 そして年が明けてもその先もずうっとちいの傍にはきつねの姿が在ったという。




 季節は4月、桜が咲いた。あの雑木林にもぽつぽつと木々が華やかに染まりだした。


「おんやぁ、おきつねさんがいなくなってしまったねぇ」


 ひとりの老婆が頓狂な声を上げた。幾年か前に1匹の狐が消えたのを見たがそれはこの老婆が若い娘の頃だ。


 老婆の隣の老爺が満足そうにその皺だらけの手を取った。


「きっと、きつねも幸せになったんじゃ。やっと、やっとじゃあのう。さあ、おまえや、まだまだ風が冷える。買い物をして帰ろうか」


「ええ、ええ。あなたの好きなお稲荷さんを買っていきましょうねぇ」


 そう振り返った老人の着物には春の日差しにきらりきらりと細い獣の毛が春風と共に反射していたのだった。

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