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鈴毬的短編集  作者: 鈴毬
星屑を掴みに 【その他】
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星屑を掴みに(下)

【星屑を掴みに(下)】




 少しの沈黙の後、鈴木は言った。


「でも、今日高野くんに会えてよかったよ」


 俺が首を傾げると、少し得意げに鈴木は言った。


「普段は動画投稿サイトで覆面をして投稿しているんだ。ユウはキーボードを弾くんだよ。だから生でライブみたいに聞いてくれたのは高野くんが初めてだ。それにこの曲の歌詞は少し君をモデルにしたから」

「おお、俺を!?」


 俺は驚愕で体を起こした。鈴木が言うには、曲作りに行き詰ったときにクラスの誰かをモデルにしようとしたらしい。

 そこで、作曲の小田勇人が選んだのが俺だったらしいのだ。


「僕もユウの意見にはすぐ賛成したんだ。高野くんはすごくインスピレーションを受けたから」

「いや、俺なんて普通の一般人だろ」


 低く突っ込みを入れると、そんなことないよ、と鈴木は肩の力を抜いて息を漏らす。


「高野くんてさ、たまに辛い顔して笑ってるよね? なんでかなぁって思ってそれを僕なりに詞にしたんだ」


 鼓動が高鳴った。

 それはあまりにも的確なことを鈴木が言ったからで、処理できない感情が胸を圧迫する。

 それを口にすればハラハラと流れていきそうで、だけど何故か今は言えてしまう気がした。


「わからない」


 俺の一言に鈴木は神妙そうに頷いた。そんなことも構うことなく俺の口からはまとまりのない言葉たちが滑り降りる。


「なにをやっても空っぽな気がして、何かに追われてるような気がするんだ。それは漠然とした何かで、何もかも分からないんだ。変なヤツだろ? 俺はそれが人に知られるのも怖い」


 鈴木は深く頷いてそして落ち着いた口調で話した。


「んー……とりあえず、高野くんも歌ってみようか」

「ハァ!?」


 鈴木の突拍子もない提案に思わず大きな声を出す。

 それを構わずに俺に楽譜を握らせる奴は本気のようだった。

 奴が渡したのはギターコード譜だった。俺はもちろんコード譜なんて読んだことがない。


「僕がサビを教えるから」


 鈴木は返事を待たずに身勝手に歌い始める。


「手のひらには、何もないから……星屑を掴むのにはぴったりだ……」


 アップテンポの曲なのに歌詞の内容はそれに反比例している。


――手のひらには何もないから 星屑を掴むにはぴったりだ

誰もいない暗闇の中Star dustは落ちていく

それを誰かはゴミだと言うんだろう? 僕の中では何よりも輝く宝石なのに


 詞はすんなり入ってきた。メロディーラインも難しいものではない。

 鈴木が何度か繰り返したのちに、俺の声も重なった。

 何度も何度も、サビだけを繰り返す。

 冷たい空気が肺を満たし、それが音となって宙に放たれる。白い息が視界を邪魔するが、それでもいい。どうせその先は真っ暗だ。

 いつの間にか俺たちは立ち上がり、それは目の前に観客がいるみたいに歌った。

 そう、今日は新月の夜でタイトル通り、星屑だけが輝いている。

体が動く。顔が綻ぶ。そして、歌声が俺らを鼓舞する。

 詞の中の俺は星屑でも掴んだ。でも現実はどうだろう? きっと何もない。手のひらにはなにも、ない。


「やっぱり僕の思った通りだ」


 再びギターを下した鈴木は楽しそうだった。


「なにがだよ?」

「前、選択授業の時に思ったんだけど、もしかしてさ昔、音楽やってた?」

「ああ、昔地域の合唱団に入れられてた。でも声変わりしてまともに歌ったのは今日が初めてかも。音楽の時は手ェ抜いてた」


 遠い記憶だった。あの頃は毎週、児童館に集まって歌っていた。声変わりが始まり、うまく声が出なくなったのでやめたが、こんなにも声が出ることに自分でも驚いているのだ。


「あのさ、僕たちと一緒に音楽やらない?」

「え……?」


 顔を上げると鈴木はまっすぐにこちらを見ている。そのまっすぐな目と表情からはからかいでないことが分かった。


「その、僕はあまり高野くんと話したことがないし、悩みを解決することはできないけどさ……歌ってる高野くん楽しそうだったし、コーラスに入ってくれたら僕の音楽感に近づけるっていうか……」


 歌っているのが楽しそうだった、自分では気づかなかったがその通りだった。

 胸の中心が温かくなって、寒いはずなのに気持ちが上気して、あれは間違いなく楽しいと言う感情だ。

 鈴木はメガネを上げて、手に握っている譜面を差し出す。


「僕はその……作詞しているからちょっとクサいっていうかポエミーな言い方になっちゃうけど、今まで教室でみた高野くんより一番楽しそうな顔をしていたから。だから一緒に、この曲みたいに星屑をつか……まない?」


 最後は自信がないのか消え入りそうな声になった。寒さのせいか鈴木の頬は真っ赤になっていた。いや、きっとそれだけじゃないのだろう。俺は少しの間考えて、小さく頷くとその譜面を受け取る。


「歌をやってたのはもうだいぶ前だし、楽器は専門外だからもし足手まといになったらいつでも言ってくれ」


 恥ずかしくて素直にやりたい、とは言えなかったが、鈴木はホッとして安堵の笑顔を見せる。

 俺もそれを返すと、じゃあ、と手を挙げて元来た暗闇に歩を進めるのだった。


 あれだけ嫌だった部屋に自然に足が向いて、数時間前に丸まっていたベッドの上に寝転がる。

 外で暗闇に慣れたからだろうか。視界が開けて家具や部屋の輪郭がはっきり見える。先程の圧迫感もなかった。

 帰る前に鈴木に教えてもらったグループ名、Code-STELLAを携帯電話の検索エンジンに打ち込むと動画サイトが表示された。その中で今日歌った星屑をプレイリストに入れて画面を閉じる。

 次は楽器のことを調べようか、と再び携帯電話を握る。そのブラックアウトした画面を見つめた。


「いいや、今日は辞めておこう」


 何とも言えない高揚感と、同時に満足感で胸がいっぱいになって、意識がトロリと溶け始める。

 こんなに眠ることが怖くならない日は久しぶりだ。

 その安心感に瞼を落とすと体の力が抜けていった。

 もしかして今晩の鈴木との出会いは夢物語かもしれない。明日俺が鈴木に挨拶をして話していたら周りはどう感じるだろうか?

 いや、そんなことはどうでもいい。俺はまた歌えればなんだっていい。

他人にはなんでもない生きがい、希望をこの手に入れることが出来そうなのだから。

 だから何もない俺にはさようならだ。


 今晩は新月。日が昇るその瞬間まで星屑たちは輝き続ける。

 真夜中の誰にも気づかれない星々は、その命を燃やす様に何よりも美しく輝き続けている。

 そう、それはいつの日か俺たちが掴む星屑。

 誰かにとっては何でもない、でも俺たちにとっては何より欲しい宝物だ。

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