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全ての結末

最終話です

 ノイエは、再び王宮へと足を運んだ。

 そこで尋ねたのは、ザガ=マキラス将軍だ。

「何か、悪い知らせですか?」

 前回より、格段に暗いノイエの表情に、マキラス将軍は少し緊張した面持ちでそういった。

「それは、私が判断することではありません。

 ――今日は、これを・・・」

 そう言ってノイエは一枚の書状を差し出した。

 そこにはこう記されていた。


カジム王国関係者召集依頼

・龍香花繁殖不正容疑

・国内反乱容疑

・国内不正魔術使用容疑

 上記容疑に対して参考人として以下の人物を召集するよう要請する。

サガ=マキラス

ライゼリア=ホーク、魔術師 サーナ

ミズノ=ホーク

ルイガス=カジム

レイカス=カジム

リリアス=カジム



北の牢獄 国家魔術不正使用監査委員長 北の牢獄 第一級魔術師 ノイエ


「これは、大事ですね」

 書き連ねた人物の名に、マキラス将軍は戸惑いを隠せない。

「もちろん、拒否することも可能ですが、北の牢獄は事件解決のために、手段を選びません。

 皆様の身の安全は北の牢獄が責任を持ってお守りまします。危害が加えられることはないとお思い下さい。

 3日後の正午。

 この国の神殿で、お話をさせて頂きます。

 よろしいですね」

「はい。謹んでお受けいたします」

 そうマキラス将軍が頭をさげると、ノイエはふっとその場から姿を消した。


宿へと戻ったノイエは、ネイザラス=ウィンを尋ねた。

「何か?」

 幸運にも、まだカヲリと行動を共にしていた彼をあっさりとつかまえることができた。

 その彼にも、先ほどマキラス将軍に渡した紙と同じものを渡した。

 但し、名前があるのは、ネイザラス=ウィンとカヲリのものだけだ。

「なにやら穏やかではありませんね」

 その紙切れに、かれは眉をひそめた。

「今回の事件に関しては、龍族の方にも是非お話をさせて頂きたいのです。

 ネイザラス殿が私の存じ上げている中で、龍族に一番近いお方、あるいは龍族その人であることは間違いありません。ですから、3日後、神殿にて、私の知りうる限りの全てをお聞きいただきたいのです。

 もちろん、拒否することは可能ですが、その時は、龍の山脈へと北の牢獄の長老と共に直接お伺いすることとなりますね。それくらい今回の事件は龍族とは切っても切れない事件です」

 その言葉に、ネイザラスは、今回の事件に龍族が関わっていることを確信した。

 そして、おそらくノイエだけが全ての真実を知ったのだということも。

「分かりました。謹んでお受けしますよ。ノイエ殿」

 ネイザラスはにっこりと笑ってそういった。

 そして、彼が、そしてカヲリもまた龍族だと間違いなく確信した瞬間だった。


 ノイエの指定した日はすぐにやってきた。

 ノイエが到着したときには、まだ、ライゼリアの姿しかなかった。

「お早いおつきですね」

「あなたも、だ」

 ライゼリアは顔を上げずにそう答えた。

「私は、呼び出した張本人ですから」

「一つ、聞きたいことがあった」

 ノイエはライゼリアの隣に歩みを進めた。

「あなたは、ノイエリアス王女なのか?」

「随分ストレートに聞くのですね。

 そうですね、そう呼ばれたこともありますよ。

 ――ライ」

 昔の呼び名で呼ばれて、ライゼリアは小さく微笑んだ。

「どうして、気づかなかったのだろうな。

 私は、愚か者だ。

 ――兄上から、連絡があった。

姫が戻ってきて、お前にも会ったと言われた。それでもお前は反乱ができるのかと。姫の国を裏切ることなどできるのかと。

 兄の言葉は、全て疑問だった。

 王女の存在を意識すればするほど迷う自分もいた。

 マキラス将軍から連絡が来たときに、私はもう一度、王女にあって考えようと、そう決意した」

 ノイエは真剣に語るライゼリアに、昔の生真面目な彼の姿を思い起こした。

「ライゼリア様、他人に決断を委ねてはいけないわ。

 これは貴方が引いた引き金よ」

 そこに、昔のノイエの姿はなく、ライゼリアの記憶からかつてのノイエの姿に霞がかかった。


 しばらくして、全ての召集メンバーが集まった。

「皆様、お忙しい中、ありがとうございます」

 そう言って深々と頭をさげ、その顔をあげた瞬間、リリアスが初めに気づいた。

「姉上様っ」

 その叫ぶような声に、ノイエはやさしく笑った。

「久しぶりね、華姫」

 昔と変わらぬ呼び名に、リリアスはぼろぼろと涙を零した。

 その瞬間にざわめいた一同を、しかし、ノイエはすぐに冷たく制した。

「今日は、北の牢獄の第一級魔術師 ノイエとしてここに来ております。

 皆様、どうかそのままでお聞き下さい」

 立ち上がろうとした国王をも制し、そして驚きを隠せない一同に対してそう言った。

「この国の至る所に、龍香花が咲き乱れているのをご存知ですか?」

 唐突な言葉に、

「存じ上げていますよ」

 と、マキラス将軍。

「では、この龍香花が何故、咲いているかはご存知ですか?」

 皆は、それに答える術がない。

「龍香花は、普通はあのように繁殖することはありません。

 龍香花は、龍族によって大切に育てられるものです。繁殖しない亜種の龍香花が、龍が信頼を結んだ王家に贈られることがありますが。あくまでも本来のものではありません。

 龍香花は龍族にとっての大切な収入源ですよね」

 そう言ってネイザラスの方をみた。

 そこにはカヲリもいた。

「そうですね。

 龍香花から取れる薬草や香料は大変高価なもので、高値で取引されます。

 私達龍族は、この国で、龍香花が繁殖しているのを快く思っておりません。この国にはあまりいい思いでもありませんしね」

 ネイザラスの瞳が怪しく輝いた。

 その言葉に、誰もがここに龍族がいるという事実に、身震いした。

「この際ですから、言ってしまいますが、先代の国王様がお亡くなりになる前はそれは親交も厚く、仲良くさせていただいていました。龍族の中にはこちらの国に留学するものも多々おりました。

 しかし、先代の国王様がお亡くなりになられて、我等龍族が変わらぬ親交をと申し入れた際、ルイガス殿は断ってこられた。我等龍族は誇り高き生き物。理由なく無下にされたその過去を快く思ってはおりませんでした。そしてさらに、今この国に繁殖する龍香花の現実。龍族は親交どころか、今ではこのカジム王国に対し不信感を強めております」

 怒りがこみ上げてくる様子がつたわってきた。

 その言葉に反応したのは国王だった。

「そうですか。

 私はただ、姉上様を待っていただけなのです。

 龍族の方にも分かっていただけたと、そう思っていたのですが、残念です」

 弱弱しい声でそういった国王に、リリアスが声をあげる。

「私たちはずっと、姉上様をお待ちしておりました。

 10年前、姉上様がこの国を出て行かれたのが、次の王位継承のことをも考えて下さっての結果だということはわかっておりました。当時は側室の子であり、長男になるルイガス兄上様と、正妃の御子である姉上様との間で周りの者たちが静かな争いを繰り広げておりました。いつも姉上様は私たちを守ってくださって。ですが、それも、いよいよ激しくなってくると、姉上様は自らを犠牲にされて私たちを守ってくださいました。

 ですから父上様より、ルイガス兄上様が正式に王位継承権を与えられたときも、私たちは誓ったのです。

 この国の王はいつでも姉上様だと。自分たちは代理に過ぎないのだと。

 ですから、龍族の方が親交を望まれたときも、私たちは国として返事をすることができないと。

 そう申し上げました。」

 その言葉に、ノイエは優しく微笑んだ。

「ありがとう。そして、ごめんなさい。私の存在が皆を迷わせてしまったのですね。

 ですが、私にはもうこの国と関わりを持つことは許されません。北の牢獄に入学するときにわたしは、この国の王女としての全ての権利を放棄することを誓っています。誓いの証は北の牢獄に受理されています。ですからこの国を守っていって欲しいのです。これまでと変わらず」

「だが、それには今の騒動が不可欠だ」

  そう言ったのはマキラス将軍だった。

「そうですね。

 説明させて頂きます。

 これをお聞きください」

 そういってノイエは、親指ほどの棒状の深緑のガラスを取り出した。

 それをノイエが手のひらに乗せられた途端、鳴り出した。

黒い影が、空を覆い

雲に落ちる無数の影

いつも見てた輝く太陽も

今は隠れていた


深く、深く心に刻み

遥か、遥か想いを馳せて

立ち上る白き揺らめきに

雨は覆いかぶさった


低い遠吠え、風に紛れ

雨消える無数の涙

いつも零れる程の笑顔も

今は見えなくて


遠く、遠く消えていく

黒く、黒く消されてゆく

追い縋る強き声さえも

雨はかき消していた


「この歌は、先日吟遊詩人から聞かせていただいた歌です。ご存知ですか?」

「先代カジム国王への鎮魂歌ですね。

 市井では有名な曲だと聴いたことがあります」

 マキラス将軍が、確信を持って答えた。

「ええ。そのようですね。

 これが、全ての始まりを解明してくれました。」

 ノイエの言葉に、皆が不思議そうな顔をした。

「この歌を作った吟遊詩人に話を聞きました。

 先代国王が亡くなったときは、とても急な知らせだったと。

 国葬の鐘が鳴るまで、誰も崩御の事実をしらなかったと」

「そう、だったな。あの日は本当に急だった。

涙のような雨が降っていたな」

 ここにきて初めてライゼリアも言葉を発した。

「確かにそうでした。私達は国王の死を丸一日隠し続けました。

 探していたのです。手紙を」

 国王の言葉に、リリアスは泣き出した。

「どうして、どうして、どうして戻ってきてくださらなかったのですか。

 私たちは、探しました。

 手紙が、届いていたことは、知っていました。 

 でも、…見つからなかった。

 何も言ってはいなかったけれど、父様は、…姉上様に会いたかったはずです」

「華姫、ごめんなさいね」

 その柔らかい頬にそっと手を添えた。

「姉、様っ」

 リリアスはそのまま泣き崩れてしまった。

 弟のレイカスが、そっとリリアスを支えるのを見て、ノイエは悲しそうに笑った。

「ですが、それがどうしたというのですか?」

 椅子に座って少し辛そうにしているミズノが声を発した。

「国葬にはおそらく、龍族の方々も参列してくださったのだと思います。

 歌にある、

黒い影が、空を覆い

雲に落ちる無数の影

 とは、龍族の方が空から見送ってくださったのだと推測しています」

「その通りだ。

 あの日は急だったが、親愛なる王に別れを告げるべく、数百体の龍族が専用門からカジム王国へと向かった」

「あの日は、春でした。丁度龍香花が種をつける時期です。その種子は蒲公英の綿毛のような形状をしています。龍体には多くの綿毛が残っていたとおもわれます。しかもあの日は雨でした。専用門で直接カジム王国に来たなら、尚更です。

 現在この国の本種の龍香花の分布を考えても、龍体に残った綿毛が、雨に打たれてこの地に流れ落ちたのだと思います」

 ノイエの言葉に一番はっとしたのは、ネイザラスだった。

「可能性としては、あるな。

 しかも、相当高い確率で」

「そういうことですので、おそらく、ここで議論してもこの問題の最終的な結果を得るのは難しいでしょう。

 龍族の方に一任するしかありません。

 そして、この龍香花が、今のカジム王国の混乱を招き始めたのです。

 混乱は3つです。

 一つ目は天候の問題。

 二つ目はホーク家の病状、です」

 ノイエの言葉に、急に家の話題となったホーク家の二人がはっとする。

「この、龍香花、龍族の中で、水龍は栽培しないそうです。

 想像でしかありませんが、本種の龍香花は、水を嫌うのではないかと思うのです。ですから、栽培しないのではなく、栽培できないのではないかと思うのです。もともと龍香花は龍族に伝わる品種です。そのような力があっても不思議ではありません。時期も、一致します。これは、王宮とホーク家から持ち帰った龍香花です」

 小瓶に入れた龍香花を、みなに見えるように取り出し、見せた。

「摘み取った時間は多少違います。ですが、保護の魔法をかけ、同じ時間に水につけました」

 ノイエのいう、ホーク家からつみとったという龍香花は完全に枯れていた。逆に王宮から採取した方は、まだ生き生きとしている。

「本種の龍香花は、水があるとかれてしまう。

 だから、雨を呼ばない。

 私はそう考えています。

 そして、ホーク家の方の失明と病気。これは、単純に考えるとすぐに分かるべきでした。神殿から近い距離にあるホーク家には多くの龍香花が自生しています。薬とて、多量に摂取すれば病の元。龍体と比べて人は体も小さいですし、抗体もないのでしょう。龍香花から採取される薬は人間世界に売ると聞いたことはありますが、龍族が摂取するなどという話は聞きません。龍族は摂取しないのではなく、摂取しても意味を成さないのでしょう。抗体があれば、薬であっても利きませんからね」

 ノイエの言葉に反論はなかった。

「私個人の意見です。

龍族とカジム王家と反乱軍と、一度リセットされてはどうですか」

「姉様はもう戻ってきては下さらないのですね」

 リリアスが寂しそうにいった。

 ノイエは答えなかったが、それは肯定の証であることをその場にいることを悟った。

「私は、国王代理だ。今までのことは何も知らぬ。

 これから本当の国王になるのだから」

 カジム国王は答える。

 ノイエは微笑んだ。

「私も、考えを改めるべきのようだ」

 ライゼリアも言葉を紡ぐ。

「我等は…」

 唯一、ネイザラス――龍族だけは答えを出せずにいた。

 その時だった。

 静かな光が舞い降りてきた。

 眉目秀麗な4人がすっと姿を現した。そこにはノイエの見知った顔もあった。幼いころ国王とよく行動をともにしていた人物だった。

「長様」

 カヲリが小さな声を漏らした。

「話は聞かせてもらった。

 我等は、水龍・火龍・地龍・風龍の各龍族長だ。

 ネイザラス、カヲリ、今回はご苦労だったな。そして皆様方、我等はカジム王国を誤解しておったようだ。申し訳ない」

 そう言って頭を下げる龍族長に、皆、そわそわした。

「本種の龍香花は我等にて回収しよう。

 そして、ノイエ殿。今回の事件については我等が発端の一部のようなもの。北の牢獄に私から話をさせて頂きたいのだがよろしいかな」

「分かりました」


 こうして、カジム王国の反乱と騒動はすっと消えていった。

 魔術不正使用の罪がカジム王国には残ったが、龍族と北の牢獄の間で何らかの取引が発生し、咎めなしという結論に達したようだった。


 ノイエの出立の日は雨が降っていた。

 本種の龍香花はあの日のうちに全て抜き取られた。怪現象などと噂をするものもいるが、それも直ぐに立ち消えになった。

 ライゼリアとミズノの病も2週間もすれば完治し、二人はホーク家へと戻ってきていた。反乱などということもなかったこととするようで、ライゼリアはすでに騎士として王宮勤めに復帰していた。

 これが本当にいい結果かどうかは分からないが、先王が他界してから3年、やっととまっていた時間が動き始めたという感じだ。本当に、これからなのだ。そして、カジム王国では正式にノイエリアス・エンテ・カジム王女の病死が伝えられた。国葬もなく、本当にただ、伝えられたのみだった。


「お世話になりました」

 長期滞在した宿屋の主人にそういうと、彼は少し寂しそうな顔をした。

「もう、おわかれですか。残念です。

 ノイエさんがお泊りになってから、この国は本当に沢山の事が変わってしまいました。これからはきっといい国になるでしょうね」

 ノイエが再度礼を述べようと口を開きかけたとき、乱暴に宿屋のドアが開いた。

「ノイエっ!!」

 ライゼリアだった。

「よかった。まだいたか」

 ほっとしたような声に、ノイエは思わず笑ってしまった。

 反乱という重圧から解き放たれたライゼリアは、以前とは別人のようだ。

「姉様は突然すぎるのですわ」

 そこにはリリアス、国王、レイカス、ネイザラス、ミズノ、マキラス将軍と、実に多くの人がいて、皆がぞろぞろと入ってきた。

「仕事は、どうされたのですか?」

 皆、国の重席にあるものばかりだ。

 ノイエは国政がいささか心配になった。

「今日は特別休みです」

 国王の言葉に、ノイエはクスリと笑った。

「少しだけ、この国の未来が心配です」

 ノイエのその言葉に、ネイザラスが口を挟む。

「心配は無用ですよ。我等がいるのですから」

 再び交流を再開し、今は王宮に居を構えるようになったネイザラスの言葉に、ノイエは「そうね」と頷いた。

「これを、庭師のオオキ殿から預かって来ました」

 マキラス将軍が龍香花を差し出す。

 また、龍香花の種をこれからも手に入れることができるのだろうと、ノイエはそれを受け取った。

「ありがとうございます」

 一息ついて、ノイエは言う。

「では、行きます」



 こうして、龍と王女と花の国の歴史は、また始まった。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

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