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あの日

過去の話です。

 その日は朝から雨だった。

 春先の雨はまだ冷たく、ギターを爪弾く手が、少しかじかんでいた。

それでも、春の気配が近づいているのは確実で、その日は朝から先日見た菜の花を思い出しながら曲を作っていた。

 昼を過ぎると、急に天気が荒れ始め、風が微かに強く吹き始めた。

 しかし、その風の流れは一定でなく、気まぐれに吹く方向を変えたり、強さを変えたり、なんとなく不吉だった。

私は、カジム王国に立ち寄り、数日間滞在していたが、そろそろ別の国へと出立しようと思っていた。晴れたら、その時が出立のときだと思っていたが、夕方まで降り続け、しかも勢いをます天気に、その日の出立はあきらめた。

太陽が沈みかけたころ、急に鐘が寂しく鳴り響いた。

丁度曲も書きあがり、乾いた喉を潤そうと食堂へ足を運んだときだった。

旅のものでもあり、カジム王国の習慣に疎い私は、それが何の音かは分からなかったが、食堂の主人が明らかに動揺しているのは分かった。

「今のは、何の合図なのですか?」

 私が主人にそう聞くと、主人は深いため息をついて、返答してくれた。

「国王様が、崩御なされた…」

 その言葉に、私は旅の途中で聞いた噂話を思い出した。

カジム国王は病の床にあるという。

「では、あの鐘はそれを知らせるものなのですね」

私が確認すると言うか、口をついてでた言葉に、食堂の主人は否定した。

「いや、あれは葬式を告げる鐘の音。

国王様が亡くなられたのは、幾分か前のことでしょう。

すいませんが、お客さん、これから国葬ですので、私もお見送りに行きますので、店じまいをさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい」

 私は自分の注文した珈琲を既に一気に飲み干した後だったので、勘定を机の上に置いて立ち上がった。

「国葬はどこであるのですか?」

 私は自分も行ってみようと、主人に尋ねた。

「神殿の前の広場です。

 国王の棺が、王宮から神殿まで移動されます」

 後で聞いた話だが、王族が亡くなった時はそういう国葬が催されるらしく、数年に一度はあることだという。そういうわけで、国葬のルートを聞いた私は、主人より一足早く、神殿へと赴いた。


 神殿には、既に多くの人が詰めかけ、国葬のルートとなる道を挟んで、人で埋め尽くされていた。

 雨避けのための傘が所狭しと広げられ、国王を偲んで黒っぽい色が占めている。それが余計に、雰囲気を暗くする。

「凄い人だ」

 小さく漏らした言葉だが、側にいた老人がその言葉を拾った。

「あんた、旅の人かい?」

「ええ」

 旅人っぽい服装はしていたが、突然そういわれたので、正直びっくりした。

「旅の人なら知らないかも知れないが、国王様はそれはもう立派な方じゃよ。

 賢王と呼ばれる方ほど短命であるのは、何とも口惜しい。

 この国はこれからどこへむかうのじゃろうなあ」

 本当に残念そうに口にした老人に、私は思わず問い返していた。

「御子息がお継ぎになるのでしょう?

 どのような方なのですか?」

「国王様には王女が二人と王子が二人おられるのじゃが、おそらく第一王子が継がれるのじゃろうな」

 そういうと、その老人の顔は曇った。

「何か、懸念でも?」

「――第一王女を除く御三方は、隣国の王女との間にお生まれになられた方々ですから、第一王子がこの国の王になられると、この国に不利益になるのではないかと懸念しておるのじゃよ」

「まさか、そんなこと―」

「いや、ないとも言い切れんのじゃよ。

 第一王女が7年ほど前から公の場に出て来んようになってな。病弱だとかいろいろと噂はあるのじゃが、隣国の王女に幽閉されただとか、王位継承争いの渦中で公の場から虐げられたとか、既に殺害されたなどという噂まである始末じゃ。第一王女は国王と正妃であられた元将軍との間の御子でな。国王の一言があれば、男子でなくてもこの国の王になることができる立場の方であるだけに、余計に国民の不安を煽るのじゃよ。

 旅人には、あまり関係ない話じゃったかの」

「いえ。――とても素晴らしい国王様だったのですね」

 改めて周囲をみると、誰もが悲しみに満ちた表情だ。

 すすり泣く声も雨音に混じって所々から聞こえてくる。

 傘の隙間から見える空も、春に相応しくなく、寒々しい暗い色だ。

 傘の色が雲に映ったように斑点にみえる見える鱗雲の風景も、さらに悲壮感を増すばかりだ。


 やがて、国王の遺体を載せた棺が神殿へと移され、火葬された。

 その時の煙は雨の日だというのに、天高く上る様子がはっきりと万人の目に映った。


 雨は更に降り、暗くなるまでだれもその場を離れなかった。


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