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俺の日常  作者: 宵賀
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内緒の紙

 俺がいつもの様に、汗だくになりながら吹音の病室に入ろうとしたとき、その中から吹音の声が聞こえた。

 誰かと話している最中なので、邪魔はしないとそこで待っていたら吹音の声が少し甲高くなった。


「やったぁ!ほんとぉー」

「静かに」


 甲高い声をフッと切れさせるように、吹音と話している人物、山野先生の声がそう次に聞こえた。

 何を話しているのだろう…気になるのだがしかし、会話はあまり聞こえない。


 俺はズボンの中から飴を取りだし、それを舐めているとガラッと病室のドアが開いた。

 先生が俺の姿を見てぺこりとお辞儀をする。


「いらしてたんですね。すみません…」

「いえ…楽しそうにお話されていたので邪魔しちゃ悪いかと」


 軽く会釈を交わして、やっと俺は涼しい吹音の病室に入れた。

 ほぅ…っと、ため息を入れることができずに、吹音が飛びついてくる。


「きたぁー、光大」


 汗をしっかり吸っているTシャツに顔をうずめて、こちら見た時の吹音の顔は少し可哀想な顔をしていた。俺の汗が吹音の顔に付いていて…お風呂に入れさせてあげたい。

 本人は抱きついている事に嬉しがっている様子だが、俺は吹音が汚れてしまっているので早く離れろと言わんばかりの対応を施す。

 何か、先ほどの会話でよっぽど嬉しい事があったのだろう。

 体を拭いてくれているときも鼻歌を歌ったり、俺に抱きついてきたり、とても可愛いのだが何故か、その理由を教えてくれない。


「教えてよ、吹」


 両方の頬をつまみ上げ、引っ張る。柔らかい頬の感触が、伸びの様子で分かる。


「いやぁのー。ないしょ。」


 ニコニコしながらも、口を割ろうとしない。

 俺はだんだん焦れたくなって、「今日は何も無しね」と冷たい態度を取った。

 吹音はそんな俺を見て、哀しいと言っていたが、やはり俺は振り向かない。



 その時、もしかしたら……っと、俺は心の中で考えていた。最近、吹音の態度が変わったことに俺は感づいていた。

 俺が病院にこれる時間帯や、曜日なども限られている中、吹音の反応が日に日に薄くなっていって、帰る時も本を読んでいたりとしている。

 先生と入り違いになった時なんかは、心が重くなりそうなほどの嬉しそうな吹音の声が聞こえてきたりしていた。


 俺に飽きたと、そう思っていた。


 吹音が幼い点では、人の好き嫌いがはっきりしてくるとは限らない。

 けど、おもちゃに飽きるような感覚で、俺や先生と接していると考えたら、俺と接している時間が短い…つまり、飽きられてしまうおもちゃになってしまうと言う事が脳裏で浮かぶ。


「ねぇ、これ……」


 俺の腕を突き、俺を振り向かせようとするが、俺は下を向いて仕事の残り…いつもは残業などをしてやるものをパソコンに向かっていた。

 視界では、パソコンの背景に吹音が映っているのだが、視点が画面優先で目を合わせられない。


「こーだい、あげる。内緒の理由これなの」

「ん? なぁに」


 手を差し伸べて、吹音から渡される紙、何枚かを、受け取ろうとした瞬間で……。

 俺の携帯電話が鳴った。


「あ…ごめん、電話…電源切ってない。やばい、部長……すぐ戻るから、待ってて!」


 俺はさっと立ち上がって、電話が切れる前にソトへと急いだ。










「……あ、今じゃないとダメですかね?急ぎであれば明日が。はい…失礼します」


 ぴっと、電話切ると俺は大きなため息を付く。

 今日は吹音と時間ギリギリまで一緒にいるつもりだったのだが、明日がプレゼンのため、招集がかかってしまった。

 部長も俺の事情は知っているけれども、やはり会社のプレゼンを失敗に終らせたくないと、たくさん俺に謝る声が受話器越しに聞こえた。


――吹音も大事だが、やはりプレゼンの方が……


 召集は1時間ほどで終ると言っていたので、俺は会社に向かうことにした。


「吹?ごめんね」

「あ、お帰りー」


 窓から頭を出して外を眺めていたのだろう。窓が全開で開いているし、しかもエアコンが止まっていて、少し暑い。

 俺はパソコンに向かって少し、文字を打った後、電源を落とし帰る用意を始めた。


「あれ? かえんの?」

「うん…。明日ね会社で大事なお話しがあるから、会社に行って打ち合わせをしなきゃいけなくなっちゃったの」


 会社…と、小さな声で切なげにそう呟いた。

 会社は仕方がないんだよ……と、前に教えてあげたから、吹音は何も言わないだけで、顔は見れば辛そうな複雑な表情をしていた。


「明日来るから……明日、ね?」

「明日ないの!」


 思わず、俺の身動きが止まる。


「ない?」

「これ、さっき渡したかったやつぅ…」


 電話が鳴る前、俺が吹音から貰おうとした、少し大きめで4つに折ってある紙をもう一度俺に渡そうとしてくれた。


 が。


「吹音さん、お薬の時間ですよー」


 ノックもせずに入ってきた看護婦さんが、病室のドアを開けた瞬間、強風と共に中に入ってきた。


「あ!」

「紙がぁー」


 2人して絶叫する。もちろん、入ってきた看護婦さんは何がなんだか分からなさそうで、きょとんとしている。

 紙は窓を通って、複数の紙が四方に広場って行く。


「大事なかみぃー!」


 吹音が、窓から飛び出す勢いで、立ち上がった。

 しかし、もうどこかに行ってしまった紙達の行方が分からないためか、立っただけで何もしない。


「申し訳ございません。紙は、後で私が拾いに行きますので……」


 看護婦さんが謝ってくれているが、吹音はもう悲しそうで、どうしようもない思いを心に留めているのか、眉を寄せて言葉を失っている。

 少し口を開けていて、その隙間からは聞き取れない言葉が何かぶつぶつと聞こえる。


「吹……俺、行くね。会社遅れちゃうとあれだから」


 頭の上にポンっと、手を乗っけて優しく笑顔を見せて上げる。

 大丈夫だよ……と、手にその言葉を乗せて、俺は看護婦さんに礼をした。


「少し外に出ますね、吹音の事よろしくお願いいたします」

「はい、気をつけていってらっしゃいませ」


 そして、俺は病室を出た。


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