退院までの道のり
それから、俺は毎日吹音の病院へと通い続ける。
家からはそう遠くはないのだが、その病院は緩い丘の上にあるものだから、夏の今じゃ汗が多く浮かび上がる。
それに、歩きできた際は緑のコースと言った、涼しい道のりで病院へと行ける道があるが、そこは虫が多くいるため、俺はあまり通りたくない。
虫は苦手ではないが耳元で羽音を聞かされると、たまったもんじゃない!
でも俺は、虫が嫌いって訳じゃないから……。
しかも、部屋なんかに小型の虫がいたら瞬殺をする特技を編み出してしまった。
「ねぇ、今日も汗なの?」
「うん?」
病院へ来てまず最初に俺は、汗を吸っているシャツを脱ぐ……吹音の前で。
俺は何も抵抗はないし、別に何回も今まで肌を合わせてきたから恥ずかしがることもないが、汗をかいた俺の体を吹音が拭いてあげたいと、最近言い始めた。
備え付けの小型冷蔵庫から体を拭くウエットティッシュを取り出すと、上半身裸の俺の俺に近づき、冷たいそれを、俺の体にくっつける。
「あぁ、冷たい!」
ヒヤッとしたものが背筋を凍らせたと思えば、今度はそれが腹部へと移動して……。
背の小さな吹音が、俺を自分のベッドへと案内させる。
「ねんねしろ」
少し強引ながらも俺を押し倒す吹音。度々出てくる、本当に幼い顔と行動。
俺は吹音がしたいようにさせてあげる。……けど、やはり、冷たいウエットティッシュを体にくっつけるのは…。
「つ、冷たいってばッ!」
「しぃー!黙ってよ」
吹音には、この冷たさが分からないのであろう。
指に口をあて、「静かに」のポーズをとっている。全く、こういうところはちゃっかりしている。
騒いだら少し、病院にいずらい空気なので俺はこれこそ、しぶしぶ黙る。
吹音は吹音でなんだか楽しそうに俺の体を拭き、割れている腹筋との溝や、最近胸板が気に入っているのであろうか、胸板を丁寧に拭く。
その丁寧さは変わっていなくてとてもいいのだが、時々拭く作業が意地悪に変わって、胸の真ん中ばっかりを拭くようになったときは、流石に叱った。
「吹?またそこばっかり」
「えーだってー」
頭を軽く手の平で、優しくポンと叩く。
入院してから、それっぽいことは何もしていないから、きっと吹音は少し飽きたのだろう。
誰もいない密室の状態で、一緒にいる時にすべきことを。
でも、病院という点で騒いだりしてしまえば……。
「何度もいうでしょ?」
「何度もゆー」
“こいつ絶対分かってない”と、苦笑を浮かべて俺はベッドの上から身を起こす。持ってきた新しいシャツを着て、ベッドから出る。
やっぱり、汗を吸い取ってないシャツはいい気分だ。それに、病室はクーラーが利いているせいもあってか、過ごしやすい。
「いつおうち?」
そして最近、こちらの言葉も覚えた。
退院を望む吹音が薄らと出てきている。俺も退院はさせてあげたいと思うのだが、先生が何て言うのか……。
「吹のねぇ…ここが良くなったら」
吹音の胸に手を伸ばして、心の位置を教えてあげる。いつ、この幼い病が治るのか…というよりも、病気なのかすら分からないものを外に出していいのか、と、俺は思う。
「退院はまだだよ」と、いつも言って吹音をなだめさせるが、もうきっと、それは通じないだろう。
わざと頬を脹らませて、機嫌悪い素振りを見せ付けるようになったのが、その証である。
●なんと、前話の読者数が90人を超えました!((
驚きです<(""0"")>




