吹音との再会
後日…というか、俺は翠川さんと会ってから翌日、すぐに吹音が入院している病院を教えてもらって、急ぎ足で向かった。
本当は教えてもらった時に家を飛び出そうとした俺を翠川さんが止めた。
――“時間がないから…!”――
今すぐにでも会いたい。顔が見たい、抱きしめたい。
自分の無力さに、俺は腹が立った。
「なんでだよッ!」
翠川さんはそんな俺を見て、優しく今までの経緯を話してくれた。
でも、玄関じゃ何なんで、リビングへと案内してお茶を出してあげて……。
「吹音は一昨日は普通に元気だったんですよ。でも、昨日あなたが帰ってくるって思い出したのか、急に気を失ったのです。前に聞いたのですが、喧嘩をして出て行かれたそうですね」
吹音が倒れたきっかけは、それにあったのだ。と、2人で話を進める。
俺が酷い事を言ったから、吹音の心は傷ついた。どこに誰といても、その傷は癒える事もなく開いたままで。
「気を失ってからは?」
「はい。何度か目を覚まされてるのですが……」
翠川さんの表情が少し曇る。
何か不都合が起きたのだろうか。俺は不安になった。
「吹音の様子がおかしいんです。少し子供になった…というのが適切でしょうか。甘えたり、駄々をこねたりするようになりました」
「子供……?」
翠川さんは少し説明に困りながら、俺に伝えてくれた。
今朝なんかはご飯を食べたくないといって、少し暴れたら気を失ったり、起きてから急に泣いたり。
医師は一種の心の病気だと、言っているらしい。
「情緒不安定と、言っていませんでしたか?」
「それは…どうでしょうか。心が元々弱い子はそのようなことが多く見られるのですが、大人の場合は初めてらしいです」
「私にもはっきりと…」と、言葉濁らせながらも翠川さんは俺に……。俺に向かって涙を流した。
俺は俺でこれも慌てふためる。
「え…!あ、あの、すみません。俺……」
「い、いえ。私がいけないのです」
どうやら、翠川さんは一昨日に俺が帰ってくることを言ったらしく、それこそ倒れた原因。自分が悪いのだと、責める。
「翠川さんは悪くありませんよ。もう、後悔してもしきれませんし……明日、吹に会いに行くので、病院教えてください」
涙ながらに翠川さんは小さな紙に病院名を書いてくれた。
朝になって、俺は急いで病院へと向かった。
9時から面会時間となっていて、俺は5分前に病院の受付で吹音との再会が出来た。
エレベーターの待ち時間も、病室のドアを開ける前も俺は、どの時間も待ち遠しくなった。
そしてやっと、病室のドアを開けた時、正面にあった窓から白い朝の光と、ベッド周辺にあるカーテンがゆっくりとなびいていた。
「吹……?」
一歩、また一歩と俺はベッドへと近づき、カーテンを開けると、酸素マスクをつけて静かに眠っている吹をただじっと見つめた。
隣では付き添い出来てくれた看護婦さんが、再会できた俺達をそっと残して病室から出た。
俺は、ベット近くにあった丸い椅子に腰をかけ、静かに部屋を見回す。
吹音の病室は個室で、必要最低限のものしかない。
テレビはあるものの何かカードがいるのだろう。そんな薄いカード入れが差込口にあった。
「吹……ごめんな」
薄い化粧もしていない、白い頬に手を伸ばし、そっと撫でてやる。
朝、いつもこうして頬を触って、抱きしめて、吹音が起きるまで一緒にいてやる。けど、今はそんなことは出来ない。
コンコン……
クリーム色をしたドアがノックされて、返事をすると中からはさっきの看護婦さんが入ってきた。
「お食事の時間なんですが……ご一緒されますか?」
「あぁ…はい。お願いします」
「では、ここに置いておきますね」
お膳をベッドについているテーブルの上に置いて、再び部屋を出て行こうとする看護婦さん。でも、ドアの前で一瞬何かを思い出したのか、振り返る。
「起こされる時は機嫌が悪いと思います。少しお気をつけてください」
そう言うと、看護婦さんは一礼をしてドアを開けてを外に出た。
機嫌が悪いのは、俺にとってどういうことなのか、少し分かる。
以前、機嫌が悪いときにベッドに入った時のこと。
何をしても嫌がられた。なんでそうなのか、理由はよく分からないが、俺はきっとストレスなんだといつも思う。
でも、そんな時こそ深く吹を愛する。
無理矢理ではなく、お茶をコップに注ぐような感じで、深く深く。
「起きる…かな?」
頬を何度も擦って、くすぐったさを与える。こうした刺激を与えて、起こしてそっと起こしてやる。
吹はくすぐったそうに目元が少し動いている。
「ふ……うぅ」
「吹音ちゃん?」
酸素マスク越しに聞こえる吹音の声。
ぼんやりと目が開き、俺と目を合わす事なくじっと天井を見ている。
「ご飯だよ」
吹音は自ら酸素マスクを外して、黙ってお膳に乗っている皿を取り、ご飯を食べ始めた。