いなくなった彼 ver.吹音
私は1人、部屋に取り残されてしまった。
今すぐにでも、彼を追いかけなくては。謝って、夜は一緒にいようって、言いたい。
そう思った。でも、体が動かなかった。
追いかけたら……どうなる?
彼になんて言えばいい?
そう考えると、思考も言葉も止まってしまう。何も考えることが出来ない。
どこかで、車のエンジン音がする。ともすれば、それはどこかに消えていってしまった。
「う……うわぁーん!」
体には何も力が入らなくなり、私はその場で泣き崩れた。
濡れた、彼のお気に入りの本が、また自分の涙で湿ってしまう。
そう思い、その本を手に取りソファーの上に乗っけて、私は再び泣き出す。
歳もそろそろいい年代なのに、家に1人、何をしてるんだろう。
彼にフられた訳でもないのに、1人で泣き、後悔をしている。
彼が出張へ行ってから、色々やる事がある。
今から、それを初めなければ。
けど今は……。1人で泣きたい気分だった。
自分が犯した過ちを、逃げずに見なくては。
「ごめん、ごめん……」
涙でぐしょぐしょになった顔を私は手の甲や平で拭い、もちろん拭った所には化粧の痛々しい跡がつく。
それを見ながら、涙を流しながら洗面所へと行き、化粧落としのオイルで綺麗に洗い去った。
「ごめんね、ごめんね」
ぼろぼろと、涙が落ちてゆくのを見ながら、私は自分の心も壊れていくように感じた。
なんでいつも、自分は彼に甘えてしまうんだろう・・・
いつも、「大人になろうね」っていう優しい言葉をもらっても、ちっとも大人になってもいない。
どちらかと言えば、子供になっている感じでもする。
「あ……ふぅ」
数十分私は泣き続け、洗面所で目が赤くなった自分を鏡越しで見てみる。
こんな顔、彼の前では絶対に見せれないなと、思う反面。心のどこかでは頭を撫でてくれそうな気もした。
「1人つまんないし、誰か呼ぼうっと」
私は携帯を手にして、友達にメールを送ってみた。
考えてみれば、私はずっと甘えていたのかもしれない。
彼に出会って、もう5年弱。
彼は私の全てを好きになってくれた。私の全てを気に入ってくれた。
私は、いつも優しく接してくれる彼に好意を抱き、何回かデートにも誘った。
沢山言葉も交わして、付き合おうと言われた、夜のエレベーター内。
ガラス越しに見える、ビルの夜景がとても素敵だった。
――答えはもちろん、おっけいです……!
嬉しくて、泣きそうになってしまった私を、そっと抱きしめてくれた。
エレベーターを降りてからは、美味しい夕食をご馳走になって、そのお礼に私はワインを頼んだ。
夕食を食べ終わってからは、初めて彼の家に招かれた。
恥ずかしくて、お風呂は一緒に入れなかったけど、同じベッドで寝て……。
起きた時は、少し身体の関節が少し痛かったのが印象的で、彼は、笑って痛いと言う所をさすってくれた。
「ちょっときつかったかな?」って、優しく問いかけて来た、その彼に私はお願いをしてしまった。「もう1回」って。
でもやっぱり身体はきつかったみたいで、私は1回でダウン…。
本当に1回で終わりにしてしまって、残念だったけど、良かった気も。
「帰ってきたときに、謝って、あの時みたいに“もう1回”って頼んでみようかな」
1人想い出に浸ってた私は、少し後悔もしながら、足を立たせた。
キッチンへと向かい、中途半端に作りかけのピザをオーブンから取り出す。
「大きいのを作ってしまった…まぁいいか」
二人前のピザを頑張って彼のために作ったという、美味しそうに出来た完成のピザを見た瞬間、私は胸が誰かに鷲掴みされている様な圧迫感を覚えた。
胸に手を置き、ガクンと膝は折れ、息もできないほどに苦しい。
「た…たすけ………」
喉元を誰かに掴まれてるような、窒息してしまいそうな苦しみ。
自分は、どうしたのだろう。
何が起きているのだろう。
己の中に何かがいると、薄れゆく意識の中で私は感じ、そして、気を失ってしまった。