意識朦朧 ver吹音
もう、私は何時間眠り続けてるだろうか。
記憶があやふやの中残っているのは光大からの電話着信とメール受信音ぐらいだけ。
あの時、電話に出れたら光大の声が聞けて。
メールを見れたけれど、何が書いてあったのか良く覚えてない。
うつぶせに寝ていて、しばらく経った後だった。
どこか遠くで誰かが私の名前を呼んでいた。よく分からないけれど、体が揺れていた。私は、名前を呼ばれたので、答えようとしたけれど体は動かないし、寒かったから目を開けることも出来なかった。
そして、チクリと、自分の腕に何か刺さる感じがした。
蚊に刺される感じではなく、注射をするような感じで。
そこから、また記憶が飛んでしまって。
死神が迎えに来たのかなって思った。
光大と喧嘩したままでちゃんと謝ってないし、もうすぐ自分の誕生日なのに死んじゃうのかなって。思ってたら少し悲しくなった。28回目の誕生日。光大がくれる誕生日プレゼントを毎年楽しみだった。のに、今年はお預けかなって。
寝ている自分の頬に暖かい涙が伝った。
拭うことも出来ないし、口を開くことも出来ない。
さっきから、頭が痒いのは気のせいかな。
今夜は吐血しちゃってお風呂に入ってないから。…あ、ベッド血だらけにしちゃったな。あれから時間経ってるしもう血は取れないよね……。
光大の奴、怒ってるかな。血だらけのベッドで寝たくないとか、いいそうだ。
―――あれ?
私はさっきとは違う“感じ”がして、思考回路を少し止めた。
頭の痒さがなくなったのもそうだし、それよりもまた人も声が聞こえるようになったこと。
そして、自分の口に心地の良いマスクがかけられたこと。
どうしたんだろう。さっきまでは息苦しい感じがしてたのに。
起きて確かめたい。
そう思ったけれど、私の体はまだ重くて目もあけれなくて。自分の吐いている息が対流して肌に当たるのを確認すると、それがとても温かいと思った。
―――私…死んだ人みたいに冷たいのかな。
少しショックを受けながらも、心の中で「はぁ」とため息をつくと、タイミングが良いのか分からないが温かい何かが私の頬に触れた。
そして、どこからか声が聞こえた。
「聞こえるか……?」
その声は、喧嘩をして家を出て行った、馬鹿みたいに幼くなった私を介抱してくれた、大好きな光大の声。
聞こえるよ……。そう伝えたいが、自分の意思では何もすることが出来ない。「うごけぇぇ」と強く思っても、ピクリともしない。
私がそうこうしているうちに光大が喋り始めて。耳を傾けながらも動こうと必死になる。
―――え!?今この人なんていった!?
必死になっていたあまり、私はきっとものすごい重要な会話を聞き逃してしまった。
確か「寝かせない」…とか何か?……あ、違うな。「狸」なんたらだっけな。
動きたいのに体なのに、頭だけはちゃんと動く。
そしてまた、心の中でため息をつくと、今度は心地の良い女性の声が聞こえた。
「あんたの彼氏は最高で最悪ね……」
―――は!?いきなり何言ってるの!?
私は女性の声、親友の冴の声に一瞬にして怒りが増す。
何が最低だー! すっごくいいんだ! 冴なんかには分からないのだよー!!!
とか何とか、言っていたらまた……。
「彼氏さんもらって行くから……会社には書類が……」
ある意味とんでもない事が親友の口から漏れているに違いない。
しかも彼氏をもらうってどういうことだし……。
あきれながらもそう耳を傾けていると、次第に私の耳には何も聞こえなくなった……。
次に物音を聞いたのは、コツコツという音。
なんだと思い、目を開ける。
それはとてもあっけない瞬間だった。
青白い空が視界に入ってきて、私はしばらくの間訳が分からなくなる。
―――何してるんだっけ。
ど忘れの程度でははない。空を見た瞬間。というよりも物が視界に入ったとき、今までの記憶が収縮されて、自分が蟻になったと思った。
―――「起きました」って。言うんだぞ―――
光大がそう言ってたような言ってなかったような。私は一応目覚めたので口を少し開けてみる……が、酸素マスクが付いていて思うように言葉を発せられない。
しかも、左の手が異様に握り締められていて。
首を少し動かすと光大が私の手を握っていてくれた。
―――光大じゃん、寝てるねこの人。うん。分かる、寝てる気がする。だって目が閉じてるもん。
規則正しい寝息が聞こえて、私は少し嬉しく思う。無事に見れたのもあるし、こうして手を握っててくれたから。
私の事心配してくれてたんだな…。そう思って、右手を動かしてみる。ありえないくらい白い自分の手を見たが別にどうも思わず、そっと光大の髪に触れされる。
―――感覚ないし。
苦笑しながらも、右手を元も場所に戻した。
そして、私は少し眠くなったので最後に一言呟いてから瞼を閉じた。
「……こうだい、起きたよ」




