向こう側。
山野先生がカーテンを開けて俺たちはその後ろについて行った。
今さっき手術が終わったばかりなのに、中は少し落ち着いた様子で……。
俺の視界に点滴をされた細い腕と頭にガーゼをつけていて、目を瞑っている吹音が映った。
簡易用のベッドの上で寝かされているらしく、点滴の管は何気に太い。あんな太い管からきっと吹音の命が救われていると考えると正直震えがした。
「まだ麻酔が効いているので呼吸が浅いかもしれませんが意識はあります。何かお話しされますか?」
「は……話してもいいですか?」
俺は無心のまま、山野先生に向かってそういうと、山野先生はにっこりと笑って場を立ち去った。そしてカーテンを優しく閉めると、この場には翠川さんと俺だけになった。
「言いたいことがきっと沢山あるでしょうけど、まずは一言かけなくては。ですね」
山野先生同様に翠川さんはにっこりと笑う。
俺はゆっくりと目を瞑って浅い呼吸を繰り返している吹音に近づき、青白い頬をそっと指先で撫でてやる。そして、震える心と唇を理性で押さえつけながら口を開けた。
「…吹音……聞こえるか? 」
何も返事はないが、俺は一人で話し続ける。
目を瞑っていても俺の言葉が聞こえるように、頬を撫で続ける。もしかしたら「くすぐったい」と言って起きてくれるかもと思ったから。
「大事なことはすぐに俺に言わなきゃダメだぞ?俺を怒らせるかもしれないって思ってても必ず、だ。今からの約束だからな。
後、いつまでも狸寝入りりしてるんじゃないからな。家に帰ったら寝かせないってするから。麻酔が覚めたら、ちゃんと「起きました」って……。
でも、一番言いたいことは。無事でいて欲しいことだ。……いいな?」
俺は感情が先走ってしまってこの後は何も言えない事を自分自身で悟り、後は翠川さんにバトンタッチしてもらった。
彼女は今すぐ崩れそうな俺の頭をポンと撫でてくれた。
頭を撫でる。
この仕草は吹音をなだめかすときによく俺が使う。
もしかして吹音が俺にしてることを翠川さんに話してるのかもしれない。
だから俺に元気を出せという意味で、頭を撫でたんじゃないかって思った。
「吹音…あんたの彼氏さんは最高で最低ね……」
―――え!?
荒れていた俺の心を一瞬でとまらせた。
俺が口を開く前に、翠川さんは言葉をつなぐ。
「あんたの事を彼女として見てなかったらしいわよ? そんなんだから、結婚も夢の夢になるのよ。私なんか彼方と別れた後に自慢の彼氏にプロポーズされて、いい所だったのに。
あんたが倒れたおかげで飛び出してきちゃった……。
どこに行くのかちゃんと言わなかったから、今頃怒ってるかも。それで婚約破棄とかになったら……」
翠川さんはとんでもない事を口にした。
「吹音の彼氏頂くからね。……って、言いたいところだけど。私とは釣り合わないわ。……あ、ごめんなさいね」
「え…まぁ、へ、平気ですけど」
翠川さんは吹音はどんな気持ちで俺の事を思ってるのか知っているのだろう。
だから、こうして彼女の本音を話している。
そうとなれば、きっと吹音の耳にはしっかりと俺たちの言葉は届いているはずだ。
「いい? 吹音はね今回どれだけの人に迷惑と心配をかけたと思ってる? 私や彼氏さんならまだしも、病院の方まで。寝て起きたらすぐに会社に行ってたまっている仕事をすぐに終わらせなさい?
それと、結婚式呼ぶから必ず出席ね。お陀仏したら本当に……ただじゃ済まさないから。
だから腫瘍を癌に変えないで。元気な吹音を私たちに見せて頂戴?」
そう言い終えると、翠川さんは俺の方に踵を返して俺の胸に身を預けてきた。
「ええ…!?ちょっと!?」
「ごめんなさい、私……」
翠川さんは泣いていた。
さっきまではあんなに強がっていて、俺にまで笑顔を見せてくれた。
だけれど……。
吹音が笑ってくれないから。
吹音が目を開けないから。
吹音が青白い顔をしてるから。
翠川さんは限界だったのであろう。
俺は彼女の方をそっと支えて、カーテン開いた。
決して、光大は不倫や浮気をしているわけではありません←
なき崩れそうな冴さんを支えてあげてるのです。
吹音ちゃんがはやく麻酔から覚めて、光大と無事に再会できることを祈ってる作者です。




