帰ってきた……よ?
光大視点へと切り替わりです。
やっと夜になって俺は会社を出た。時刻は8時過ぎ。きっと吹音は夕食も風呂を済ませて、テレビとか一人でまったりしているだろうと、俺は思った。
でも、一応は会社を出ました的な連絡をしておこうと、電車のホームで携帯電話を取り出し吹音がいる自宅へと電話をかける。
耳元に携帯の先をくっつけて、早く吹音の声が聞きたいと思っていたが、コール音がなかなか止むことはない。ついには、“現在近くにはいません”という、ガイドが出てしまって、吹音の声を聞くことができなかった。
仕方がないので、吹音の携帯にメールを送っといた。
【電話したけれど出なかったね…会社出たから家に着くのは9時ぐらいになると思う。今駅だから、先に寝ててもいいよ。夕食は適当に済ませるから】
サクサクっとメールを送信した。
……が、返信はなかった。というよりも音沙汰がなくなったと言ったほうがいいかもしれない。
朝出てから以来だから、その表現が合っているのかどうかは知らないが、“いつも”ならばすぐに返信が来て、【早く帰って来い】だとか、【家にいるのがつまらない】などと、文句らしくメールが返ってくる。
吹音も会社勤めだが、自宅からバスに乗って30分ほどでついてしまうのでいつも帰りは吹音のほうが早い。
………あれ。
俺はいつの間にか電車に乗っていてふと気づいた。
慣性によって体がガタンゴトンと揺れる様が、暗い窓に映し出されている。
……“いつも”って、いつの話だ?
吹音が退院してから初めての帰りなのに、俺は何を思っているのだろうか。
今朝とは少し髪が乱れた自分の姿を見て、俺はため息をつく。
ラッシュ時を避けて遅い時間に帰っているが、幼い吹音にとってはその遅い時間は、やはり遅い。
もう寝てしまってるだろうし、それ以外は何もない。
幼くなければ、俺の帰りをいつまでも待っていてくれるし、たまに深夜帰りする時なんかは深夜番組を見て一人ですごい事になっている。
それを初めてみた夜なんかは、一緒に寝ようともしなかったし、一緒にいたとしても体を震わす。
霊とか苦手なくせに、わざわざ寝室から掛け布団を引っ張り出して身を包み、空気穴から目を覗かせて、消音にして、字幕を頑張って読む。そんな風景だった。
後ろから驚かせたりしたら失神してしまいそうな勢いだったし、あの時はどうやって声をかけようか迷ったぐらい。
―――今、何をしてるのかな……?
メールが来ない不安から、何故か嫌な予感がする。
普通に寝ていればいいのだが、寝ていたのならば電話で気づくはず。もし、怖いテレビを観ていたら……と考えたが、今夜はそういう系のテレビはない。
まさか風呂か……?とも考えた。風呂ならば電話の着信音に気づかないしメールでさえも気づけない。
風呂から出たら、そのうちメールだろくるだろう。
そう考えて、電車を降りていざ自宅マンションへと向かう。エントランスを抜けてエレベーターを乗って下りて……。
玄関の前に来て携帯をチェックしたら、吹音からの着信は何もなかった。
俺の中で、ため息と言うため息が心の中で充満する。
酷く落ち込んだ俺は、ドアノブに手をかけてがちゃっと回すと、無情にも鍵は開けっ放しだった。
「……って事は起きてることだよな?」
真っ暗な廊下の先には、明かり一つないリビングが見えた。もう秋になるのにエアコンもつけていない様子で、物音一つしない。
流石に俺も心地悪ささを覚える。それに、なんとも言えない臭いが、玄関先から匂う。
いつも空気清浄機があるからそこまで酷い臭いではないが、一体この臭いは何なのだろう。
そう思い、靴を脱いでリビング兼寝室に向かうと、ベッドに倒れこむ吹音の影が見えた。
掛け布団も掛けずに寝ていると風邪を引いてしまうではないか。
俺はそっと背中に手を置いて起こそうとするが、その手の感触に違和感を覚えた。
俺が置いた手の位置は、鳩尾の背面側。つまり背骨の真ん中らへん。そこに、何か出っ張ったものがあるのだ。
瞬にして下着だと分かったが、つけたまま寝るのはあまりにも変。変すぎる。
俺はもう我慢ならないと思い、電気をつけに手を伸ばし、電気をつけた。
「………ッ!?」
部屋は至って何も変わっていない。
カーテンも閉めてなければ雨戸も閉めていない。外見だけ変わってるのかと思ったが、それは全くの別物だった。
白い光に照らされて、掛け布団も掛けていない吹。
私服のままで横たわってて、決して動くこともないようなその風景。
手には液晶画面が暗くなっている、吹音の携帯電話。
そして……。
ベッドには赤黒く染まった、血。
……声が出ない。
今すぐにでも吹音を抱いて、「お帰り」と言ってもらえたいのに、俺は動くことも目を逸らす事もできなかった。
もしかしたら、もう、吹音は動くことはないと思ったから。
もしかしたら、俺は会社帰りの電車で寝ているかもしれないから。
これが夢だと信じたかった。
俺は手を恐る恐る伸ばして、吹音の首筋に手を置く。
顔を見たいと思ったが、吐血してしまってるその光景からにして、口元はキスもできないだろうとそう俺の脳裏が語る。
今一番重要なのは、彼女の息があるかどうか。
―――つめたい……
吹音の、吹音の体は冷たかった。そして動いてもない。
そんな筈ないと、俺は吹音の体に手を掛けて顔をこちらに向ける。
膝の上に体を乗せる。
吹音の顔は確かに血がついている。だが、口の周りにはそんなにはついていない。
「ふ、吹。寝てるの?俺、帰ってきたよ…?」
決して吹音は目を開けることも、口を動かすこともない。
俺は黙ったまま、視界が歪むのをだた黙って見ている事しかできない。
やっと俺が、ポケットから携帯を取り出すことができたのは、吹音の携帯を見てからだった。
やっと話しが書けた…と、思ってたんですけど……。
物語は見えぬ結末へと向かっています。
久々に読者数が60越え。
展開がひっくり返ってしまって、どうなってしまうのか、きっと読者様もどきどきなのかなぁと思います。




