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俺の日常  作者: 宵賀
12/28

れっつ、おうち!

 朝になって、隣で寝ている吹音を起こそうと俺は身を起こした。病院の寝巻きをすっかり気に入ったらしく、風呂上りからはいつもその服を身に着けている。しかし、その服を時折俺にとってはものすごい愛の凶器となる。

 横向きに寝ているため、服の重なっている部分が大きな空間を作り出している。そしてその空間の奥に見えるものは、昨夜全く弄れなかった、今は形を崩しているが見れば白くて綺麗な吹音の胸。


――ったく、俺以外の男が見たらどうするのよ……


 何か惜しい気分を味わいながらチラリと見える胸に手をかける事無く、俺は吹音の肩を揺する。起きてこないのならば、久しぶりに湧き出てくる愛を止めずに、吹音を抱いてしまおうかと思ったが、間もなくして可愛くうめきながら目を開けた。

 体勢は変わらずただ、目を開けてぼーっとしている。寝起き姿の吹音は俺にとって、愛の凶器そのもの。そして、不可抗力で少し見える胸……。


「吹音…おはよう、大好きだよ」


 手をそっと伸ばし、頭を撫でてやる。撫でてやるたびに吹音は甘えた声を出し、俺の足にその体を絡ませてきた。

 太ももの付け根部分に腕を絡ませて、ぴったりと顔をくっつけている様はまだ寝たりない様子。でも、今日は退院の日。ゆっくりしている暇はないのだ。


「こら、起きなさい。おーち連れてかないよ?」

「うぅーん……」


 心の中では可愛い可愛いと言っているのに、俺は掛け布団を剥がしベッドから出ようとする。けど、足に絡まっている吹音はどうしても離れてくれない。

 昨日はすぐに寝たくせに、どうしてこんなに眠いのだろうか。やはり、風に流れていった退院届けを探したのが堪えたのだろうか。


「吹。そろそろ、俺怒るよ?甘えん坊の吹は好きだけど、駄々をこねる吹は嫌い。聞き分けがない子は俺の家に入れさせないからね」


 ムッとなんかしてないくせに、俺は少し怒った口調で動こうとしない吹音を叱り付ける。

 しかし、のそのそと動き始めた。


「や……。いや。起きる。おぅちゆく…」


 やっと、俺の足から体を離しのっそりと身を越す。俺はやっと吹音が起きてくれたから、少ししょんぼりしているその姿を抱きしめた。

 「おはよう」と、耳元で囁き、せっかく起きたのに吹音を押し倒す。


「いただきます、しちゃいたいな。俺、そろそろ限界。おーち行ってから食べよ」

「お腹減ったの?」

「そうだよ、ぺこぺこ」

「吹音の朝ご飯食べていいよ」


 ……え?

 うなじに唇を乗せようとしていた俺は、ギュッとしていた腕を思わず緩めてしまった。もしかして、俺が言っていた言葉、別の意味で理解しちゃった??

 もう少し別な反応が欲しかったが……。まぁ、いいだろう。

 俺は吹音を離してあげて、ベッドから降りた。

 俺が吹音に背中を向けたとき、吹音は何か物足りなさそうな視線を俺に送ってたのを気づけなかった。






「退院おめでとう、吹音さん」

「おめでとう、吹音ちゃん」


 手には赤と黄色の花束と自分の荷物。俺たちは温かい目で皆さんに送られて、用意していた車に乗り込む。

 「ありがとうございましたぁー!」と、車のドアからお礼を言う吹音。助手席に座っている事も忘れて、わいわいと別れをしていた。

 バックミラーで、先生と看護士さんが頭を下げたのが見えた。坂を下る寸前で頭を上げて、院の中に入った。


「ふふん♪ おうちだね」


 隣で満足げに微笑みかける。俺は運転中だからあんまり良い反応は出来ないが、言葉をかけてやった。

 待ちに待った家だからと、シートベルトをしているのにもかかわらず席の上ではねる。


「まだ?まだー?」

「まだだよぉ。吹ったら、待てない子だな~」


 病院から家までは10分ぐらい。

 すぐと言えばいいのだが、吹音にとって10分は長いのだろう。とっても短気になった。


「んー…」

「どうした?」

「つかない……の」


 眉を寄せ、不安げに聞いてくる。口をぎゅっと結んで少し機嫌が斜めになった。垂直よりかわましだろうが。

 俺は頭を撫でてやり「機嫌直して」と優しく言ってあげる。最近、大人っぽいような仕草が出てきたのかと思えば、すぐに子供に戻ってしまう。

 そのギャップは凄くはないものの、多重人格みたいに感じる。


「あ、ほら。見えたじゃん。吹、マンション……覚えてる?」


 なんだか隣で難しそうな顔をしている。まさか家の外観までも忘れてしまったのではないかと、俺は不安になった。

 幼くなっただけではなく、記憶も消えてしまったのではいかと心配になった。


「マン…ション…? 部屋2個?」

「うん」


 何かを問いかけるように吹音は俺に聞いてくる。

 それから、吹音の反応が鈍くなった。


「一緒にいた? こーだいと一緒?」

「一緒。ついたよ」


 車を地下の駐車場に置き、エントランスに入ると吹音は迷う事無く503と書かれた郵便受けをチェックした。


「何もなくなかったー。持つ?」

「持ってきてー。行くよ、おいで」


 手に花束と荷物と何枚かの手紙を持って、俺の隣へ足を動かす。エスカレーターの中でも吹音は手紙に書かれている宛先やら、差出人やらをじっと見つめる。

 どれも俺宛のものだが、何を不思議がっているのか、内職案内のチラシを興味津々といった様子で見ている。


「はい、家ついたよー」

「つたよー!」


 ドザドサと靴を脱ぎ、久しぶりの家の中を動き回る。

 嬉しそうにしていてリビングに荷物整理している俺をそっちのけにして、キッチンでがさごそと何かをし始めた。


「何してるの?」

「ご飯。お腹減ったー。でも、何もない…」


 冷蔵庫を見ながら残念がる。病院なら有無を言わずに出てくるのにっと、言いたそうな顔をしていたがそんな事を言わなかった。

 俺はキッチンで麦茶を飲む吹音の横顔をじっと見る。

 吹音の横顔は、何も変わっていないように見えたから。その顔でまた喧嘩したり、笑い合ったり愛し合ったり、一緒の時間を供給するときにいつも見る顔。

 でも、それはあまり見ることが出来ない。何かの拍子で見れるものだから、少し珍しいものである。


「12時かぁ…。先に荷物整理してからご飯…食べにいこっか?」

「ご飯?食べ行く?」


 にこーっとした顔で、俺に向かって微笑んでくれた。

 最近……というか、家に帰ってきてから前の吹音と今の吹音を重ね見るようになった。

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