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俺の日常  作者: 宵賀
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最後の病室


 吹音が見つかって、俺はもう遅いからという事で特別許可で同じ病室で寝泊りが可能となった。しかし、個別部屋な為、寝るときには仮眠室を用意してくれた。

 俺はそんな優しい先生や看護婦さんに頭を下げてお風呂場へと案内された。


 俺が風呂から上がると吹音は落ち着きなく、狭い室内を歩き回っていた。けれども、その落ち着きのなさは俺的にはどこか物足りない。

 きっと、吹音はドキドキしているのだろう。初めて俺と病院で寝泊りするから、そのドキドキ感が行動や仕草になって現れる。


「どうしたの?」


 髪を拭きながら、丸い椅子に腰をかける。


「明日、おーちだから!」


 ほほう。俺は落ち着きがない吹音を膝の上に乗っけて胸に手を乗せてみる。心臓がどっきんどっきん昂っていて、いかにもそれは遠足を明日に控えた小学生のようだった。

 楽しみで楽しみで、寝ている暇さえもない。早く明日になって欲しいことしか考えられないと、純粋な気持ち。


「ドキドキ、ドキドキドキドキ」


 膝の上に乗っけてやってもちっとも大人しくしない。家がそんなに楽しみなのはきっと、自由になれるから。

 吹音はいつの間にか羽ばたく事も出来なかった小さな部屋から羽ばたけると言う、羽を伸ばせる意味を知ったのだろう。


「嬉しそうにしてるね、早く寝なきゃだよ?」

「えー寝るの?寝なきゃダメ?」


 この甘えんぼさんは、俺の胸に頭をこつんとぶつけねだる。でも、それはよろしくない。いくら体は大人でも精神は子供。疲れが溜まっているときっと退院は、破棄されてしまう。

 「寝なきゃだめなんだよ」と、俺は言い聞かせるように、吹音をベッドの中に押し込める。


「一緒寝るー?」

「明日ね。俺は仮眠室行くから」


 その場を立ち上がろうと俺が膝を動かした途端、吹音が唸り出した。機嫌悪そうにこちらを見て、行っちゃ嫌だと必死に訴えている。

 「ん~」とか赤ちゃんみたいな声で、やはり訴える。行くなと。


「一緒がいいの?吹のベッドちっちゃい」

「や!一緒。仮眠室ない、鍵がかかってる。一緒寝るー!」


 ぶうぶうと屁理屈を言う。正直、吹音がこうなってしまえば手のつけようがなく、機嫌を直すしかなくなる。


「誰もいないからって、すっごく甘えたいとか考えてるんでしょ?」


 椅子ではなく、ベッドの淵に腰をかけなおすと吹音の機嫌は少し良くなった。でも、俺が吹音が詰めてくれたスペースに入らないためか、再び機嫌は悪い方向へ。

 俺が口を開けば、嫌だ嫌だの一点張り。もう、そうにしか答えない。


「……ちゃんと寝るなら一緒でも良いよ。でも、寝なかったらすぐに仮眠室行くからね?」

「うん、寝るからー」


 手を取って、早く早くと俺をベッドの中へと誘う。俺は病室の電気を消すと、豆電球の明かりもない暗闇に包まれてなんだか孤独になった気分がした。

 てっきり、豆電があるのかと思っていたが、こんな暗い所で吹音は1ヶ月も寝ていた…と考えるときっと怖かっただろう。

 そんなことを考えてベッドの方へ振り向くと、ベッドには小さなナイトスタンドがオレンジ色に薄く光っていた。


「明かり、これがなきゃ寝れないの。暗いの怖い」


 借りているスリッパをそっと脱いで、心の中で「お邪魔します」と言って吹音が待つベッドへ足を滑り込ます。

 前にも一度こうやって詰めてもらって入ったが、なんだか前よりも窮屈さがなくなった。

 俺は「?」と思う。

 ナイトスタンドに照らされて、目と鼻の先にいる吹音の顔が少し火照っているように見えた。


「あのね、ベッド替えてくれたの。寝相が悪くてもう少し大きいのがいーって言ったら先生が良いよって。うふふ」

「そっか、だから窮屈さがなくなったんだ。……それよりも吹、明かり消していい?」


 吹音の首に俺の左腕を滑り込ませて、そっと足を絡める。今は夜だし誰もいないし、俺はぎゅっと横向きになって吹音を抱きしめてあげた。

 吹音は何も抵抗する事無く、ナイトスタンドに手をかけて明かりを消してくれた。


「怖い?」


 暗くて何も見えないが俺は、怯えてもいない吹音を気遣ってあげた。一緒にいてもきっと、お化け屋敷にいる時みたいに「お化け見たいなもの」をそれぞれの目で確認して見てしまうと吹音は飛び上がってしまう。

 耳元で騒がれると今度は俺が入院しなくてはいけないような気がするのは、気のせいだろうか……。


「怖くない。一緒いるし、ぎゅーしてもらってるし……あ、あれして。あれ」


 少し体勢を斜めにして、吹音が“あれ”を要求した。

 俺は乗り気ではなかったが、密着していて、吹音の吐息を感じてたりしていると、“あれ”をしてあげてもいいと思った。


「すぐに寝れるおまじない?それとも、くすぐったいやつ?」

「うーん、どっちも!」

「欲張りさんだなぁ」


 俺は右手を吹音の腹部に伸ばし、とんとんとん……と、優しくたたいてあげる。時折その手は胸に行って少しイタズラをすると、また元の位置に戻って。

 吹音はそうやる寝かしつけ方がお気に入りらしく、10分もしないで寝息を立ててしまった。


「ん、おやすみ吹。明日は忙しくなるけど、退院だからね。頑張ろうっか」


 頭をそって撫でてやって、俺も目をつぶった。

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