プロローグ
今思えば、俺が吹音にあんなに酷い事を言った事が、こんな様になってしまった原因だろうか。
いつもは少しの擦れ違い事で、こんなに大喧嘩する事はない。
しかし、俺も吹音も相当機嫌が悪くなっていた。
酸素マスクをつけて、もう半日も目をつぶり続けている吹音を見ながら、俺は1週間前の事を思い出した。
ショッピングモールで、俺が出張する為の用具を2人で買いに行った。
何故か、吹音は俺の買い物カゴにカンパンを詰めていて、「なんでもないよ」と、笑う。
吹音は少し…いや、かなり、ココロが弱い子で、よく泣き出すことがある。
この前もテレビを観てる時に急に泣き出し、理由を問えば感動したとの事。
案外、こう見えて感性豊かな子で、しかし、それが返ってあだとなったりもする。
「こっち行くー?」
吹音とはもう5年も付き合っていて、1年前に同居を始めたばかりである。
そんなこんなで、いつも気づかなかった事が今更になって気づいたりしていて、俺にとっては大切な彼女が、まだ秘めていることがあるのではないかと内心疑ったりもしている。
「もう、荷物重いから帰るよ。駐車場に行こう」
「了解!」
ルーズショートの黒髪をパサパサと揺らして、俺が持っている荷物を持ってくれる。
そして、何か言うこともなく、にこっと笑って駐車場へと向かう。
少しして、赤いワインレッドカーの俺の車が見えてきた。……と、思ったのだが、先を歩いていた吹音の姿が見当たらない。さっきまで、前にいたのに…。
キョロキョロと車の側に荷物を置いて、吹音を探す。
「あいつ…何処に行ったんだ」
とりあえず、炎天下で吹音を待っているのは熱中症になってしまう恐れがあるので、車を開けて待つことに。
エンジンをつけて、クーラースイッチをON。そして、少し電力チャージをしようと、ソーラーをも起動。
最近では珍しい電気で動く車、電気自動車を少し高額な値段で手に入れた俺。
それを、初ドライブの帰りを吹音は遅れさせている。
コンコン。
運転席の窓を軽く叩かれ、誰かと思えば吹音が汗だくで外にいた。
「何してんだよ…そんなんで」
「ごめんごめん、トイレだったの。漏れそうで」
手早く助手席に座る吹音。
そして、クーラーに当たりながらいそいそと着ている服を脱ぎ始め……って、おい!
「ばか、丸見えだぞ!」
くびれたウエストがチラリと、少し湿っているTシャツから顔を覗かせている。
吹音は一言で言えば、バカっぽい。
「見えちゃう? ごめん」
はぁとため息をつき、車を出発させた。
走行中も吹音はウエットティッシュで体を、俺が指示した所まで拭く。
流石に、脱がれたら大変だ。
「吹音さぁ…俺がいない間どうなるのよ」
額をパシッとデコピンして聞いてみる。当然、吹音は「痛い~」などと言う。
「1人で頑張るよ? 友達でも呼ぼうかな……」
ボソッと寂しいアピールをするが、もう、俺たちには通じないアピール。
吹音はたまに、学生の時のような言葉を出す。
「いつまで彼女してんだっての」
再びデコピンをする俺。
片手運転は危ないが、道を滑らかに走る。
「俺言ったよね、そういうのはもういらないって。大人でしょ、吹音はいくつよ」
「永遠の15歳ッ!(キリッ」
はい、この子はこういう所が無駄に可愛い。バカっぽい所が男子受けがいいらしい。
俺はハンドルをしっかりと掴み言う。
「15歳がお酒飲みません、社会で働く事だってまだ出来ません。てか、「(キリッ」を現実でも使うなよ」
「あ…ぅ。お酒弱いもん。キリッは何となくだよ……はぁう」
まだ昼間だというのに、吹音は隣であくびをする。
おかげで話しが逸れてしまう始末になってしまった。
「明日の朝早いから、もう夕食を食べて風呂で寝ますか」
「明日何時出発?」
俺は腕時計を見、簡潔に「5時」と答える。
車で長距離を移動するため、早く出なくてはならない。
「ふぅん……」
何を思ってか、鼻でそう答えて見せると、車内の会話は途切れた。
少しして俺達の家に着く。
マンションの最上階の一室に俺達の部屋があり、ワンルームサイズともう一部屋くっついている、いわば2LDKの家である。
エントランス前に俺は車を止めると俺は吹音に指示を出す。
「駐車場行くから、荷物持てるのだけもってって。重いのはいいからね?」
「うん、分かった!」
シートベルトを外し、外にでる吹音。
後ろに置いてある荷物を両手で持ち、エントランスへと入って行った。