シーン3・再会
「それじゃあまず、カイ君から聞いてみようかな」
監督が自分の隣に座るカイに視線を送ると、彼は「はい」とまた少し笑った。
「とりあえず、カイさんの解釈する斗真という人物について、教えて下さい」
憧れの人物を見つめる向坂は、興奮気味になっている自分を落ち着かせる為か、比較的ゆっくりと言葉を紡いだ。
「解りました。俺としては、二階堂斗真という人物は、冷酷無比な性格と言われながらも、実のところ正義を捨てきれずにいる……そんな曖昧で偽悪的なダークヒーローの様な人物だと思っています」
「それはどうして?」
「原作を拝読させて頂きましたが、小説の中の斗真は、確かに慇懃無礼で冷徹で、犯罪者を追う事を生き甲斐にしている、善人にも悪人にも印象の良くない刑事です。けれど彼は、決して人を殺さないし殺させない。刑事を続ける為とかそれらしい理由を言っていますが、これはとても重要な事だと思うんです」
特に殺させない事は、と続けられる説明に、向坂の瞳が段々と光を宿し始める。
「人を殺すという事には覚悟が要ります。けれどそういう人種はある程度いる。そうじゃなければ、この世の中殺人なんてそうそう起こりません。でも、自分の命も顧みず、誰かを助けようなんて思える人間はそういない。それも赤の他人をですよ?冷酷無比と言われる斗真の性格が、本当にその言葉通りだというのなら、そこに矛盾が生じてしまう」
なるほど、と感嘆する共演者達の反応を見ながら、藤堂は驚いていた。
向坂が『ギルティ×イノセンス』を通して表現したかった、二階堂斗真という人物の人柄―――カイが述べている事は、その核心を突きかけている。彼が主演に決まってからまだ数日、その短期間でここまでの読解をしてくれているとは、予想すらしていなかった。
「だから、斗真は実は、どこかで正義を忘れられていないんじゃないかと。勿論、彼にとっての正義がどういうものかは解りません。どうしてそれを隠して、あんなにも悪人ぶりたいのかも解りません。でもそれは、先生の作品が未完だからこそだと思っています」
そう締めくくったカイに、向坂は心からの拍手を送った。それは槇も同じで、二人の顔には満足気な表情がありありと浮かんでいる。
「素晴らしい。はっきり言って、期待以上です。そこまで斗真を理解して下さっているなら、僕から言う事はありません」
向坂の性格をよく知る藤堂には、それが最大級の賞賛だと察した。
それから他の俳優達の役作りや登場人物達への想いを聞き、その日の会議は終了となった。
スタジオを出て、その日は直帰だった為に適当に繁華街を歩き回った。
藤堂の趣味は読書だが、その大半は仕事場でなされてしまう。なので、敵情視察も兼ね、他社の新刊などをチェックしにきたのだ。
ある程度本屋を巡った後、書店の近辺にちらほらと見受けられたCDショップに足を運んでみた。理由は当然、まだ頭の中からカイの事が離れなかったからだ。
謎めいていたとはいえ、こんなにも一個人の事が頭から離れないなんて、そうそうなかった。少なくとも、ここ最近では経験した事すらない。
「いらっしゃいませー」
女性店員の声と共に自動ドアを通り過ぎると、まず真正面に「架依」の二文字。そう言えばそんな名前の歌手がいたな・・・漠然と思いながら通り過ぎようとして、藤堂は微かに靴音を鳴らして踏み止まった。
CDショップなんて滅多に来ないので、最近の流行なんて判らない。だが、「架依」の文字はいたる所で見かけていた。それは女性向けファッション雑誌だったり、音楽雑誌だったり、はたまた有名ブランドの販促冊子だったり。
書店に勤めているので、そういう情報は豊富に持っている。
(カイって、この架依だったのか……)
等身大のポスターの中には、艶然とした微笑を口許に湛えた、銀色の仮面を被ったカイがいる。
曲名は「ロンド・グロリオーサ」。宣伝の看板には、煽り文なのか何なのか、ポスターの中のカイが囁いていそうな、『ようこそ、毒華たちの舞踏会へ―――』という文章が綴られている。
そんなポスターを見詰める藤堂の周りにも、紙の上のカイに悲鳴をあげる女性が幾人かいた。
本当に素顔を晒していないんだな、そう思った瞬間、携帯のバイブ音がした。
「……はい、何です?槇さん」
相手が槇だったので無視する訳にもいかず、通話ボタンを押しつつ速足で店内から出る。すると、スピーカー越しに槇はこう言った。
『ああ、藤堂。お前今、何処にいる?』
「スタジオの隣駅の繁華街ですが」
『マジでか。丁度良かった、悪いんだが、今からスタジオに戻ってくれないか?』
いきなりの要求に、藤堂は眉根を寄せる。
「構いませんが、どうしてです」
『いやそれがさ、どうやら会議室に名刺入れを置いてきたみたいなんだ。そのうちあっちの人が気付いてくれるだろうが、ちょっと今、中にある連絡先が要り用でなぁ』
誰かと交換した名刺に記された、電話番号もしくはメールアドレス、住所のどれかに用がある、という事なのだろう。
それなら監督なりスタジオ関係者なりに連絡すればいいものを―――そう思いかけて、彼らの連絡先すら名刺入れの中だと気付く。
「解りました。じゃあ今から行ってきますから、見付けたら連絡します」
『ああ、助かる。悪いな』
通話が切れると、藤堂は盛大に溜息をついた。まだ夕方で、空が橙に染まり始めたばかり。会議が思ったより早く終わったので、今日くらいはゆっくり繁華街巡りを出来ると思っていたのだが。
僅かに重い足取りで駅の方へ歩いた。
「すみません、三浦書店の者ですが、ちょっと忘れ物をしてしまったみたいで、3012号室、入らせてもらって良いですか」
スタジオに着いてから、受付にいた女性スタッフに訊くと、彼女はにこやかに「どうぞ」と頷いてくれた。
鍵は開いているので自由に入ってくれて構わない、との事だったので、記憶を辿りながら、そう苦労せず目的地に辿り着く。防音室構造になっている為、かなり重い扉のノブに手をかけようとして、その瞬前で扉が開いた。
現れたのは、自分より少し背が低い男。
「あ、失礼……」
「いえ、こちらこ―――」
相手の行く先を自分が封じる形になってしまっていたので、一歩下がろうとし、相手と目が合った。途端、相手が言葉を詰まらせる。
明るい茶色の髪の男だった。驚くほど中性的な顔立ちをした、いわゆる美形と言われる様な。白い肌に、外人の血が入っているのだろうか、深緑の瞳。顔立ちは端正だが西洋人のものではなかった。
だが驚いたのは、相手が綺麗な顔をしている事ではなかった。
藤堂は見た事があったのだ。目の前にあるこの顔を。
「藤堂、先輩……」
薄い唇が、茫然とした響きと共に彼の名を呼ぶ。会う事を予想するどころか、記憶の中で顔立ちすら曖昧になっていた人物の登場に、藤堂もまた動揺していた。
それでも、名前を忘れた事はなかったので、すぐに相手の名を呼ぶ事は出来た。
「依織……」
八年前の恋人・神永依織が、手の届く場所で固まっていた。




