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第20話 大変なことになりました

翌日、大聖堂。


俺たちはエルヴィンと共に、あの隠し扉の前に立っていた。


「では、開けますよ」


エルヴィンが壁に手を当てると、ギギギと鈍い音を立てて石壁がずれていく。その奥から地下へ這い上がってくるような湿った冷気が流れ出してきた。


階段を降りていく。壁には古い魔法陣の痕跡が残っており、聖なる紋章と暗黒の紋様が交互に並んでいた。どちらも経年で薄れてはいるが、それでもなお異質な存在感を放っている。


「100年以上前のものですかね……保存状態からして、かなり古い封印術式です」


エルヴィンが壁の紋様をなぞりながら呟いた。


ふと、オルファの足が止まった。その手に抱えたクロ吉くんが、昨日よりも激しく震えている。黒い刀身がカタカタと鳴り、まるで飼い主の制止を振り切ろうとする猟犬のようだ。


「……クロ吉くん、興奮してる」


オルファの声には、心配よりも好奇心の方が勝っていた。呪いマニアの血が騒いでいるらしい。頼むから暴走するなよ、お前もクロ吉も。


階段の先に、広い空間が開けていた。


——封印の間。


床一面に巨大な魔法陣が描かれ、天井には複雑な幾何学模様が張り巡らされている。この空間全体がひとつの封印装置として機能しているのだろう。魔力の素養がない俺でも、肌がピリつくような圧を感じた。


そして、部屋の中央に——


「……おい、なんかいるんだが」


俺は思わず足を止めた。




◇ ◇ ◇




魔法陣の上に、人型の存在が横たわっていた。


薄紫色の長髪に、整った顔立ち、尖った耳。一見すると美しい人間のようだが——その肌は血の気が引いたように青白く、生者というよりは精巧な人形に近い。


そして——めちゃくちゃ寝ている。


スースーと寝息を立てて完全に熟睡状態。寝顔は穏やかで、むしろ幸せそうですらある。封印の間で100年の安眠を貪る悪魔——なかなかにシュールな光景だ。


「……寝てんのかこいつ。しかもめっちゃ気持ちよさそうに」

「え、なにこれ。封印された悪魔とかじゃなくて? ただの爆睡野郎じゃない」


リーシャがこめかみを押さえながら呆れている。


一方、エルヴィンだけは表情が凍りついていた。何かを思い出すように、深刻な面持ちで考え込んでいる。……この司教、なんか知ってるっぽいな。


だが、俺とタクヤは待てない性分だ。


「おい、全然起きねぇぞこいつ。俺たちを前にして寝こけるとは……無礼な野郎だ」


タクヤがそいつの頬をペチペチ叩き始めた。


「そんなんじゃ起きねぇだろ」

「じゃあお前もやれよ」


ペチペチペチペチ。二人がかりでペチペチ。封印の間で繰り広げられる地獄の頬叩き。


「だめだな、ビクともしねぇ。耳元で叫ぶか?」

「おーい! 起きろー!! 朝だぞー!!」


タクヤの絶叫が封印の間に響き渡る。100年の静寂を破る、この上なくしょうもない目覚まし代わりだった。


「あんたら何やってんのよ……」


リーシャのツッコミすら届いていない。


「……楽しそう」


オルファはクロ吉くんを抱えたまま、どこか羨ましそうにこっちを見ていた。お前もやるか?


エルヴィンがようやく考えがまとまったのか、振り返った。


「君たち、それは危険で——」

「……ん……んん……」

「あ、起きた」




◇ ◇ ◇




「——うっっっさいわ!!!!」


ガバッと起き上がるなり、そいつはいきなりブチ切れた。


「人が気持ちよく寝てる時にピーチクパーチクと!! なんなんだお前ら!!」


お前こそなんなんだよ。寝起きでこのテンション、目覚めがよすぎるだろ。


「いや、全然起きないから——」

「言い訳するな!! 100年ぶりの安眠を邪魔しやがって!!」


寝ぼけ眼をこすりながら周りを見回すと、自分の状況を確認するように首を傾げている。


「……待て。ここは……封印の間? なんで人間がいる……?」


エルヴィンが一歩前に出た。その表情から、いつもの穏やかな笑みが完全に消えている。


「あなたは……まさか、『地獄の公爵デミウルゴス』……?」


その名前を聞いた瞬間、リーシャの顔色が変わった。


「デミウルゴス……? 嘘でしょ、100年前に大司教が封印したっていう伝説の悪魔!?」

「……教科書に載っていた」


オルファも知っているらしい。俺とタクヤだけが蚊帳の外だ。


「誰それ?」

「知らん」

「あんたら歴史の授業寝てたでしょ!!」


リーシャの怒号が封印の間に反響した。いや、寝てたのは否定しないが。


「100年前に封印された伝説の悪魔が教会の地下にいるってどういうことだよ! せめて掃除させる前に教えとけってんだ!」

「ほんとそれな! 俺たちは掃除しに来たんだぞ、悪魔退治の依頼は受けてねぇ!」


寝起きの悪魔がニヤリと笑った。


「ほう、吾輩を知っているのか。光栄だな」


——が、その得意げな表情はすぐに困惑に取って代わられた。


「だが、おかしい。確か、最近少しだけ封印が弱まって隙間ができていたはず……そこから全魔力を送って、この封印を完全に解ける『鍵』を生成したのだが……」


——鍵?


「ああ。呪いを込めた剣だ。周りのモンスターを凶悪かつ強くし、この封印の場所まで自動で来るようにしてある。距離が近くなれば、鍵自体が勝手に動いて封印を解くことも可能なはずだったのだが……」


デミウルゴスの視線が、オルファの手元に吸い寄せられた。クロ吉くんを見て——


「……ん?」


気まずい沈黙が流れた。


「貴様、それ吾輩の鍵なんだが」

「……私の、クロ吉くん」

「いや、え? 吾輩が全魔力を込めて生成した鍵が——」

「……クロ吉くんは、私の家族」


会話になっていない。伝説の悪魔と呪いマニアの壮大な平行線。誰か通訳を呼んでくれ。


「おい、聞いてるのか!? それは吾輩の封印を解くための——」

「……クロ吉くんは、私の家族」


微動だにしないオルファ。デミウルゴスが完全に絶句している。100年分の全魔力を込めて生成した封印解除の鍵が、見知らぬ少女に名前をつけられて家族扱いされている——悪魔生涯でもなかなかお目にかかれない屈辱だろう。


そこへリーシャが、ここぞとばかりに煽りにかかった。


「100年かけて作った鍵が、女の子に拾われてペットにされてんの? ダッサ」

「……」


オルファに睨まれた。「ペット」が逆鱗に触れたらしい。あとで謝っておこう。


「リーシャさん、煽りスキルだけは一級品だからなぁ……ちょっと悪魔のアホが可哀想になってきたわ」

「や、やかましいっ!! おい娘! 早くその鍵をよこせ!!」


オルファがクロ吉くんをギュッと胸に抱きしめた。


「……大丈夫。私がずっと一緒にいるから」

「なに言ってる!? 頭がおかしいのか……?」


——お前が言うな。




◇ ◇ ◇




「待て待て待て。どうしてこうなった」


デミウルゴスが頭を抱えている。さっきまでキレ散らかしていたのが嘘のように声が沈んでいた。情緒の振れ幅が尋常ではない。


「復活時まで気長に待って、魔力の回復でもしようと思っていたのに……どうしてこんなすぐに人間が来るんだ……?」

「情緒の振り幅がすごいわねこいつ。うちのバカ二人と張れるわ」

「「ああ?!」」


唐突にとばっちりを受けた。


デミウルゴスが自分の体を見下ろし、両手を開いては閉じてを繰り返している。魔力の残量を確認しているのだろう。その顔がみるみる青ざめていく。


「しかも吾輩、まだ5%くらいしか魔力が回復していないんだが……地獄の公爵であるこの吾輩が! その辺のヴァンパイア程度の力しか出せないぞ!」


俺とタクヤは目を合わせた——というか、もう考えることは同じだった。


「……え、弱いの?」

「ヴァンパイア程度って……ゴブリンキングよりは強そうだけど、俺たち四人ならいけるんじゃないか?」


デミウルゴスの顔が引きつっている。伝説の悪魔が、見習い冒険者に値踏みされる。百年の封印を経て覚醒した地獄の公爵の威厳は、もはやどこにもなかった。


エルヴィンが冷静に分析を挟んだ。


「なるほど。だから魔力反応が弱かったのですね。5%では、確かにその程度の反応しか出ませんか」


——大チャーンス!




◇ ◇ ◇




俺とタクヤは同時に飛び出した。


「オラァ!!」

「今がチャンスだ!!」

「は? ちょ、待っ——ぐえっ!」


俺の拳がデミウルゴスの顔面を捉え、間髪入れずにタクヤの蹴りが腹に叩き込まれる。


「な、なにをする! この吾輩に! 地獄の公爵に向かって!」

「伝説の悪魔だァ? バカが! このユウヤ様に見つかったのが運の尽きよ!」

「さらに俺はそこのバカほど優しくはないぞ! オラオラオラオラァ!!」


デミウルゴスは必死に抵抗するが、5%程度の残りカスみたいな魔力では俺たちの波状攻撃を凌ぎきれない。伝説の悪魔がボコボコにされていく様は、さながら不良に絡まれた優等生のようですらあった。


「や、やめろ! この無礼者どもが!」

「何をいう下郎が! 世が世なら打ち首だ!」

「地獄の公爵がこの程度かよ!」


ゲソゲソに弱っていくデミウルゴス。


「くっ……このままでは……」


その時——デミウルゴスの体が禍々しく光り始めた。紫色の炎が全身を包み、周囲の空気が歪む。殴っている拳越しに、異質な熱が伝わってきた。


エルヴィンの表情が一変した。


「——まずい! あれは真の姿である『ヤルダバオト』になろうとしている!」

「なにィ!! 次から次へと知らん名前をポンポン出しやがって!!」

「させるかっ!」


俺とタクヤは、変身しようとするデミウルゴスをさらにボコボコにした。


「やめ——ぐふっ! 変身くらい——ぶべっ! させ——ごふっ!」


紫炎が収束しかけては殴られ、収束しかけては蹴られ。なかなか変身させてもらえないデミウルゴスの姿には、もはや哀愁すら漂っている。


「お前ら! 変身中に攻撃するのは反則だろう!!」

「甘えんなボケ! そんなルール知るか!」

「テンプレ通りにいくと思うなよバカタレが!」


俺がそう叫んだ瞬間——タクヤが手を止めた。


「いやユウヤ、変身中に攻撃するのは異世界テンプレ"上級者"的にはむしろ正しい判断だぞ。王道だ」


「今それ関係ねえだろ殴れ殴れ!」




◇ ◇ ◇




そうこうしているうちに——部屋の温度が急激に下がり始めた。


吐く息が白くなる。殴っている拳が悴む。ひんやりとした空気が足元から這い上がってくる。


……なんだ?


振り返ると——リーシャが詠唱を完了していた。その周囲に凄まじい冷気が渦を巻いている。


「ようは、この教会を破壊しない魔法ならいいんでしょ?」


リーシャが高らかに言い放った。


「そのままそいつを押さえておきなさい!」


——え? ちょっと待ってくれ。俺たちまだ密着してるんですけど?


「おいリーシャ! ちょっと待っ——」

「——『氷獄アイス・ヘル』!!」


封印の間全体が、凄まじい冷気に包まれた。


絶対零度の氷が、瞬時にあらゆるものを覆い尽くす。デミウルゴスの体が、ヤルダバオトへの変身半ばの状態で完全に凍りついた。紫炎が氷の中に歪んだまま閉じ込められている。


——そして、当然のように。


「「オイイイイイイイ!!!」」


俺とタクヤも一緒に凍りついた。


手前側にいたオルファとエルヴィンはノーダメージ。味方ごと凍らせるこの大雑把な判断力、さすがはリーシャだ。褒めてねえよ。


二人が無事なのを確認する余裕もなく、俺の意識は冷たい闇の中に沈んでいった。


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