第19話 緊急調査が始まりました(2)
——森の奥。
ガロンとミノタウロスの戦いは、激しさを増していた。
ミノタウロスの巨大な斧が振り下ろされるたび、地面が抉れ、衝撃波が周囲の木々をなぎ倒していく。並の冒険者なら斧風だけで吹き飛ばされるだろう。だが、ガロンは冷静だった。むしろ、楽しんでいるようにすら見える。
「——『轟雷撃サンダー・ブレイク』」
ガロンの掌から放たれた雷撃が、ミノタウロスの胸を貫いた。青白い閃光が森を照らし、巨体が内部から爆発するように崩れ落ちる。
轟音と共に、ミノタウロスが地面に倒れ込んだ。Aランク相当の討伐対象を一撃。冒険者たちが唖然とする中、ガロンは涼しい顔で拳を開閉している。まるで準備運動でも済ませたかのような余裕だった。
「……さすがガロンさん。あれを一撃って、俺たちの立場がないっすよ」
バルガスが苦笑混じりに感嘆の声を漏らした。ゴードとロックも呆然としたまま口を開けている。
だが——ガロンの目は、倒れたミノタウロスの残骸に釘付けになっていた。
「……なんだ、あれは」
ミノタウロスの亡骸が崩れた瞬間、その腹の裂け目から何かが滑り落ちた。禍々しいオーラを纏った——黒い剣。
「……武器を持っている様子はなかったはずだが」
こいつが振り回していたのは斧だけだ。剣など、どこにも見えなかった。まるで——この魔物の核とでも言わんばかりに、体の内側に宿っていたかのような。
ガロンが剣に近づこうとした瞬間——剣が、ひとりでに浮き上がった。
「な……動いてるぞ!」
ゴードとロックが驚愕の声を上げる。
黒い剣は、ゆっくりと——だが確実に、街の方角へ向かって進んでいく。意志を持っているとしか思えない動きだった。
「追え! あれを絶対に逃すな!」
ガロンの号令で冒険者たちが一斉に追いかける。だが、黒い剣は木々の間を縫うように飛び、あっという間に森を抜けて街の方向へと消えていった。
ガロンが追いつき、辛うじて剣を掴み取った。手の中で剣がビクビクと暴れるが、ガロンの握力が上回る。やがて観念したのか、剣の動きが収まった。
……また呪いの剣か。しかも、こいつが向かっていた方角——あれは……
ガロンの脳裏に、オルファの黒剣がよぎった。
◇ ◇ ◇
夕方、エルヴィンだけが先に帰還した。他の調査隊はまだ外で調査を続けているらしい。
俺たちはすぐさまエルヴィンを捕まえて、隠し部屋の発見を報告した。
「隠し扉……? 祭壇の裏に?」
「はい。クロ吉くんが反応して見つけたんです。中には入ってません、やばそうだったんで」
タクヤが胸を張っている。
エルヴィンの表情が変わった。穏やかな笑みが消え、真剣な目になる。
「……なるほど。それは賢明な判断でしたね」
「タクヤのテンプレが役に立っただと……?! 屈辱だ」
「フッ……当然だな。俺の異世界知識に外れはない」
ドヤ顔で腕を組むタクヤに、リーシャが呆れ顔で溜息をついている。
「今まで全部外れてばかりだったじゃない」
「なにを言うか無礼者! この結果がすべてだ!」
こいつの調子の乗りっぷりはさておき——エルヴィンが目を閉じてなにやら呟いた。聖属性の魔力が広がっていく。見たところ探知魔法だろうか。淡い光が俺たちの周りを包み、祭壇の裏の方向へと流れていく。
「……確かに、微かな暗黒の力を感知しますね。ただ、魔力量からするとかなり弱い反応です。せいぜい……下級の魔物、ヴァンパイア程度でしょうか。今日外で戦った魔物たちの方が、よほど強力でしたね」
拍子抜けした。
あれだけ禍々しい気配がしていたのに、ヴァンパイア? よくわからんがあの"ドSの"司教が興味のなさそうな顔をしている。
要は、”いたぶるほどでもない”とるに足らない相手と言うわけだ。
「でも、隠し部屋があること自体は気になるの……それにクロ吉くんの反応も尋常じゃなかったし……」
「そうですね……念のため、調査しておきましょうか。今日はもう遅いですし、明日、私も一緒に行きます。オルファさんの剣が反応したということは、何か呪い関連の手がかりが見つかるかもしれません」
エルヴィンがニコリと笑った。
「大丈夫ですよ。この程度の魔力反応なら、私一人でも十分対処できます」
さっすが元Sランク、言葉の信頼度が違うねェ!
◇ ◇ ◇
その夜。大聖堂の奥、薄暗い一室に灯る蝋燭の炎が、二つの影を壁に映し出していた。
エルヴィンとガロンが向かい合っている。
「今日の変異種の体内からこれが出てきた」
ガロンがテーブルの上に黒い剣を置いた。禍々しいオーラを纏った呪いの剣。ガロンに抑え付けられてなお、微かにピクピクと震えている。まるでどこかへ行きたがっているかのように——だが、ガロンが手を離さない。ガロン自身はその微かな震えに気づいていないようだった。
「……また呪いの剣ですか。しかも、ミノタウロスの体内から?」
「ああ。あの変異自体が、この剣の呪いによるものだったのかもしれん。しかもこいつ、倒した直後に街の方角へ向かって飛んでいきやがった」
「飛んで?」
「途中で捕まえたが……まるで、何かに呼ばれているみたいだった。しかもあの方角は——」
「……大聖堂、ですか」
エルヴィンの目が細くなった。二人の間に沈黙が流れる。蝋燭の炎が揺れ、壁の影が不気味に揺れた。
「オルファさんの剣と似ていますね。同じ呪いの系統……いえ、もしかすると同じ出自のものかもしれません」
「俺もそう思った。あの嬢ちゃんに聞いてみる必要がありそうだ」
「それと——今日、あの子たちが面白いものを見つけましてね」
エルヴィンが本題を切り出した。
「祭壇の裏に隠し部屋があったんです。微かな暗黒魔力を感知しました」
「隠し部屋だと? この大聖堂に、そんなものが……」
ガロンの目が鋭くなった。数百年以上の歴史を持つこの大聖堂に、誰も知らない空間がある。それがこのタイミングで見つかることになったでも事態は穏やかではない。
「ええ。明日、私が調査します」
「俺も行こうか?」
「いえ、あなたは外の調査を続けてください。まだ凶暴化した魔物が残っている可能性がありますから。それに——万が一のことがあれば、外の戦力が手薄になります」
「……わかった。だが、何かあったらすぐに連絡しろ。あのガキどもに無茶はさせるなよ」
口調は荒いが、目には教え子たちへの心配がにじんでいた。
エルヴィンが微笑んだ。
「ええ。まあ、魔力反応からして問題はなさそうですが……相変わらず、あなたは不器用ですね」
「うるせえよ」
ガロンが席を立つ。その背中を見送りながら、エルヴィンは蝋燭の炎を見つめていた。
呪いの剣が二振り。凶暴化する魔物。そして、大聖堂の地下に潜む暗黒魔力——すべてが、ひとつの線で繋がろうとしている気がする。
だが、その線の先にあるものが何なのか、今はまだわからない。
「……明日、答えが見つかるといいのですが」
エルヴィンは独りごちて、蝋燭の炎を吹き消した。
——だが、二人は知らなかった。
その隠し部屋の奥で、100年の眠りから目覚めようとしている存在がいることを。




