第18話 緊急調査が始まりました
奉仕活動も数日が経ち、掃除にも慣れてきた頃のことだった。
いつものように大聖堂に向かうと、なにやら騒がしい。神父や修道士たちが慌ただしく行き来し、冒険者らしき連中も集まっている。
「おや、君たち。ちょうどよかった」
エルヴィンが俺たちを見つけて近づいてきた。いつもの穏やかな笑みを浮かべているが、どこか緊張感が漂っている。
「なんなんですか、この騒ぎ」
「実は、街の外の複数のポイントで異常な魔力反応が探知されましてね」
どうやら森の奥で魔物の凶暴化が確認されたらしい。教会の調査隊とギルドの冒険者たちが総出で調査に向かうとのことだ。
「俺たちも行きますよ!」
俺が即座に名乗り出ると、タクヤも身を乗り出した。
「凶暴化した魔物とか燃えるぜ!」
だが、エルヴィンは穏やかに、しかし断固とした口調で返してきた。
「ダメです」
「「え〜」」
俺とタクヤから同時に不満の声が漏れる。
「君たちはまだ冒険者見習いでしょう? 今回の件は明らかに危険度が高いのです」
リーシャが肩をすくめた。
「まあ、Fランク以下の私たちじゃ足手まといになるだけよね」
「リーシャはそうかもしれんが俺たちは——」
「あァん?」
リーシャの目が据わり両手に魔力を集中させ始めた。
「じょ、冗談ですやん」
エルヴィンが咳払いをして続ける。
「それに、奉仕活動の期間はまだ残ってますからね。今日も掃除をお願いしますよ」
「ちぇー、つまんねぇの」
タクヤが露骨に不満を示す中、オルファだけは素直に頷いた。
「……掃除、頑張る」
「オルファは偉いな。こいつらに爪の垢を煎じて飲ませたい」
「お前が一番文句言ってただろうが」
タクヤの的確なツッコミが飛んできた。ぐうの音も出ない。
「私たちが戻るまで、大人しく掃除していてくださいね」
そう言って、エルヴィンも調査隊と共に出発していった。聖堂の大扉が閉まり、急に静かになる。残されたのは俺たち四人と、最低限の人数の修道士たちだけだ。
◇ ◇ ◇
「なんか、置いてけぼり感あるな」
タクヤがぼやいた。確かに、みんなが出払って急にガランとした聖堂は、どこか寂しい。
「仕方ないでしょ、私たちまだ見習いだし。さっさと終わらせて、戻ってきたら話を聞きましょ」
リーシャがそう言うと、オルファが真っ先にモップを手に取った。こいつは本当に真面目だ。
俺たちはいつものように掃除を始めた。床を磨いて、窓を拭いて、燭台を磨いて。ルーティンになりつつある作業を黙々とこなしていく。
平和だな〜。外じゃ大変なことになってるらしいのに、俺たちはモップ片手にお掃除タイム。まあ、これはこれで悪くない。借金返済のためだと思えば——
俺がそんなことを考えながら床を磨いていると——
◇ ◇ ◇
——同じ頃、街の外では。
森の奥深く、調査隊が魔物の群れと交戦していた。
「くそ、数が多すぎる!」
「しかも一体一体が強ぇ! 普通の魔物じゃねぇぞこりゃ!」
冒険者たちが苦戦を強いられていた。通常の魔物が、明らかに凶暴化・強化されている。動きが鋭く、攻撃も苛烈。普段なら楽に倒せる相手が、手こずらせてくる。
「——俺に代われ」
低い声と共に、空気が震えた。
ガロンだ。
その周囲に複数の魔法陣が展開される。青白い光が森を照らし、魔物たちが本能的に怯んだ。
「『雷迅連鎖ライトニング・チェイン』」
無数の雷撃が魔物の群れを貫いた。
一撃で魔物が痺れ落ちる。二撃目で群れが崩れる。三撃目で——殲滅完了。
ほんの数秒の出来事だった。
「さ、さすがギルマス……」
「元Sランクの魔導士は伊達じゃねぇ……」
冒険者たちが唖然とする中、ガロンは涼しい顔で次の獲物を探していた。
「俺たちも行くぞ!」
バルガスが声を上げた。
「おう!」
「遅れを取るな!」
ゴードとロックも続く。マッチョ三人衆が残りの魔物に突撃し、圧倒的な力で蹴散らしていく。
だが——
「……なんだ、あれは」
ガロンの目が、森の奥を捉えた。
さらに巨大な気配が近づいてくる。通常の魔物の数倍はある巨体が、木々をなぎ倒しながら姿を現した。
牛の頭に、筋骨隆々の人間の体。手には巨大な斧。
「あ、あれは……! オークが尋常じゃない魔力に晒された時に、稀に顕現する最悪の変異種、『ミノタウロス』……! Aランク相当の討伐対象だぞ! なんでこんなところに!?」
近くにいた冒険者がやけに説明的な口調で怯えだす。
「丁寧な解説ご苦労さん」
冒険者が「え?」という顔をしたが、ガロンはもう動いていた。
◇ ◇ ◇
大聖堂、祭壇の裏。
俺たちは倉庫の掃除を始めていた。
古い祭具、埃をかぶった書物、使われなくなった燭台。まあ、普通の倉庫だ。特に面白いものはない——と思っていたのだが。
「……あれ」
オルファが立ち止まった。その手に抱えられた邪剣が微かに震えている。黒い刀身がカタカタと揺れ、まるで何かを訴えるように。
「クロ吉くんが……なにかに反応してる。こっちに……行きたがってる……」
そう呟くと、オルファはゆっくりと歩き出した。
クロ吉くんに導かれるように俺たちは倉庫の奥へと進んでいき、壁の前で立ち止まった。
「……ここ」
俺は壁を見た。一見、ただの石壁だ。古びた石が積み重なっているだけで、特に変わったところはない。
試しにコンコンと叩いてみると——空洞音。
「おい、今の……壁の向こうに空間があるぞ」
タクヤの目が鋭くなった。リーシャも気づいたらしく、俺たちは顔を見合わせた。
◇ ◇ ◇
壁を調べてみると、微かな隙間があった。
押してみると——ギギギ、と音を立てて壁が動いた。隠し扉だ。
その先には、下へと続く階段があった。薄暗い。冷たい空気が漂ってくる。そして——微かに、禍々しい気配。
「やべぇ、なんかあるぞ。お宝か?」
俺とタクヤが身を乗り出す一方で、リーシャは眉をひそめている。
「ちょっと、勝手に入っていいの?」
「……クロ吉くんが、呼んでる」
オルファの目が妙にキラキラしていた。呪いの気配に反応しているのか、嬉しそうなのがちょっと怖い。
「よし、ちょっと見てみようぜ」
俺が一歩踏み出そうとした瞬間——
「待て」
珍しく真剣な声だった。タクヤだ。
「こういうのは、ダンジョンテンプレ的に罠だ」
「は?」
「いいか、この教会は今の俺たちにとって、まさにダンジョン。異世界もののセオリーでは、隠し部屋には大体やばいものが封印されてる。安易に入ると死ぬぞ」
俺は呆れた。また始まったよ、こいつの異世界テンプレ論が。
リーシャも腕を組んで考え込んでいる。オルファはクロ吉くんをギュッと抱きしめながら、名残惜しそうに階段の奥を見つめていた。呪い狂の血が騒いでいるらしい。
とはいえ、確かにこの禍々しい気配は尋常じゃない。いつもならタクヤの使えんテンプレ論など鼻で笑い一蹴してやるところなのだが……クロ吉くんが反応してるってことは、呪い関連の何かがあることは、まず間違いないだろう。
「……一旦、エルヴィン司教に報告するか」
俺たちは隠し扉を閉じて、その場を離れた。




