第17話 うちのパーティに犯罪者予備軍がいました
後日。
俺たちはいつもの授業を終えて、大聖堂に向かっていた。もちろん奉仕活動であるお掃除のためだ。
「精が出るな! クソガキども!」
聞きたくない声が響いた。
ゴリラことガロン教官だ。大聖堂の入口に立って、腕を組んでこっちを見ている。
なにしに来たのか知らんが、即刻帰ってほしい。などと思っていると——タクヤが突然、膝から崩れ落ちた。
「ユ、ユユッユユユユウヤ! あ、あの方は?!」
えらく狼狽しながら、指さした先には——獣人の女の子がいた。
見た感じ十歳くらいか? 猫っぽい耳がピョコンと生えてて、ふわふわの尻尾が揺れてる。大きな瞳がキラキラしている。いかにも「可愛い」を具現化したような容姿だ。
要するに、『ケモミミ美少女』ってやつだ。よかったねタクヤ! ようやく異世界での夢が叶って。
とはいえ、謎の少女に興味を抱かない俺でもない。
「教官、その子は?」
「ああ、こいつは俺の娘のラナってんだ」
——は?
このゴリラに、娘……だと? バカな! そんなことがあり得るのか……?! てことは、筋肉ダルマには嫁がいることになるじゃないか!……"あれ"にィ? にわかには信じ難い。
「ほら、あのバカ共に挨拶してこい」
ガロンが軽く俺たちの紹介をして娘を送り出す。猫耳のその子はトテトテと歩きながらこっちに寄ってきた。俺にタクヤみたいな趣味はないのだが……これは普通に可愛いじゃないか!!
「……チッ。こんばんはです、クソハゲども」
——ん? 今なんて?
「きゃーーーかっわいいい!!」
リーシャが飛びついた。いや待てお前、今の聞こえなかったのか? めちゃくちゃなこと言われた気がしたが。
「モフモフ〜! かわいい〜!」
「えへへ〜、リーシャお姉ちゃん、くすぐったいです〜」
——なんだこの格差は。
俺たちに向けたさっきまでのクソハゲ呼びはどこにいった?
「か、かわいい……」
「オルファお姉ちゃんも、よろしくです〜」
オルファにまで懐いている。やはり、さっきのは聞き違いか——
「ラ、ラナちゃん?」
「さっさと失せろです、ハゲタコ」
こ、こいつ。女子二人にはゴロニャンしてやがるくせに……! とはいえ獣人のロリっ娘には変わりない。
「タクヤ、お前よかったな!」
俺は振り返って言った。ケモミミ美少女に会えて、さぞかし感動してるだろうと思ったら——
あのバカは、白目を剥いて気絶していた。
◇ ◇ ◇
しばらくして——タクヤの意識が戻った。
目を開けた瞬間、真っ先にラナを探し、その姿を確認するや否や——
「お義父さん!!」
なにやら気色の悪い呼び方で、ゴリラに媚び始めやがった。
——この娘をどうするつもりなんだ? 年齢的に完全アウトだろ。 相手十歳くらいだぞ? うちのパーティからこれ以上犯罪者を出したくはない。
そんな俺の不安を払拭するように——ゴリラの拳がタクヤを襲った。
「だァれがお義父さんだ! ボケェ!!」
轟音。
聖堂の壁にめり込むくらいの勢いで吹っ飛ばされるタクヤ。一瞬死んだかと思ったが——グールのように舞い戻ってきた。
「何をするんですか、お義父さん!」
再び媚び始めるアホの姿を確認。元気そうでよかったね。実際、今までで一番幸せそうな顔をしていやがる。
「そんなにあの子に感動してんなら、早く話しかけてこいよ」
俺は呆れながら言った。
「バカかユウヤ。今俺があんな尊い御方に話しかけようとしてみろ……過呼吸で死に至るわ!」
ヒューヒューと息を切らしながら真顔で言い切る。その眼差しには一点の曇りもない。分かってはいたが、俺のパーティにマトモなやつはおらんのか?
「はぁ。まあいいや。お前がいかんなら俺が——」
ラナに近づこうとした瞬間——突如、鈍痛が走った。
「抜け駆けは許さんぞユウヤ」
息を荒立てながら、タクヤが俺の肩を掴んでいる。
「だったらお前がいってこいって!!」
「だからそれは無理だ!! だいたい俺はコミュ障の人見知りなんだぞ?……下手に話しかけて嫌われてしまったら、それこそ自殺モンだ」
——このバカどうしてくれよう。
「なら俺が紹介してやるよ! ラナちゃん、こっちこっち」
「なんですか、ハゲタコ」
「あのさ、そこにいるタクヤってやつなんだけど」
俺はラナの耳元に顔を近づけて——小声で囁いた。
「あのダボハゼですか」
ダボハゼ。タクヤの呼び名はダボハゼらしい。
「そうそう、あいつね—————」
「……は?」
ラナの表情が、一瞬で変わった。心底気持ち悪いものを見る目で、タクヤを見つめている。
タクヤが困惑した顔でこっちを見たが、俺は親指を立ててウィンクしてみせた。
「おい、ユウヤ。お前、なに言ったんだ?」
「え? ケモミミハーレムのためにスキル取ったこと言っただけだが?」
——瞬間。
俺は薙ぎ倒された。
凄まじい力で地面に押さえつけられ、背中を踏み潰される。
「遺言を聞こうか?」
タクヤの禍々しい声が、頭上から降ってきた。
「い、いや……一回嫌われたら楽に話せるかなと……」
「誅殺だ」
俺はこの言葉を最後に、意識を失った。
◇ ◇ ◇
気がつくと、聖堂の冷たい床に転がっていた。
全身が軋むように痛む。あのバカ、容赦なくやりやがって。
なんとか体を起こし辺りを見渡すと、タクヤがラナの前にヨロヨロと近づいていった。
「ら、ラナ様……俺は決して怪しい者では——」
「近寄んなです、このダボハゼ」
ラナがタクヤの手を払い除けた。
「こいつに触られた手、もう捨てないとです」
無慈悲な発言だった。タクヤが一瞬固まる。
冷たい眼差し。容赦のない言葉。完全なる拒絶。
普通なら傷つくはずだ。凹むはずだ。立ち直れないほどのダメージを受けるはずだ。
なのに——なんだこれ? タクヤの表情が、みるみる変わっていき、
「ああぁぁぁ……!!」
歓喜の雄叫びを上げた。
「こ、この塩対応……! この冷たい眼差し……!」
体が震えている。だが、それは恐怖ではない。
「たまらん……!!」
——こいつ、まさか。
「ユウヤぁぁ! 俺は今まで気づかなかった……いや、気づこうとすらしなかった。だが、今ハッキリとわかったぞ!」
なんてこった。
タクヤが——ドMに目醒めた。
「罵ってください! もっと罵ってください、ラナ様ぁぁぁ!!」
「なにこのダボハゼ、きもいです」
「ああぁぁぁ!! ご褒美ィィィ!!」
タクヤが絶叫しながら悶絶している。もう本当にやめてほしい。
リーシャはもちろん、オルファやガロンですらドン引きしていた。
「……あいつ、もう人として終わってない?」
「前々から頭のおかしいヤツだと思ってはいたが……今日で確信に変わったな。あれはもう更生不可能だ、社会復帰は諦めた方がいい」
辛辣すぎる評価だが、反論できる者は誰もいない。
「もっとです! もっと冷たくしてくださいです!!」
「死ねです、ゴミカス」
「ひゃっほぉぉぉぉぉ!!」
タクヤが床を転げ回っている。
「もっともっとです! 俺を虫けらのように扱ってください!!」
「……っ」
ラナの顔が引きつった。
罵詈雑言を浴びせても効かない。むしろ喜んでいる。死ねと言っても歓喜する。この生物はいったい何なんだ——そんな困惑が、幼い獣人の顔に浮かんでいる。
「ラナ様ぁぁぁ!! もう一度、もう一度ゴミカスと——」
「ひっ」
タクヤが一歩近づいた瞬間、ラナが小さく悲鳴を上げた。そのまま後ずさりして——オルファの背中に隠れた。
「……あのダボハゼこわいです」
さっきまでの威勢はどこへやら、完全に怯えている。ふわふわの尻尾が、情けなくしおれていた。
「……大丈夫、オルファおねーちゃんが守ってあげる」
頼られたのがよほど嬉しかったのか、オルファが満面の笑みでラナの頭を撫でながら邪剣を構えてタクヤを牽制する。
「だってぇ〜、ダボハゼきもいもんねぇ〜?」
ラナの口調を真似して、リーシャがニヤニヤしながら煽っいる。いつもなら即座に反撃をはじめるタクヤだが、今はリーシャなど眼中にない。
「ラ、ラナ様……? 俺は怪しい者では……」
「来んなです!!」
ドMの変態が一歩近づくたび、猫耳少女はオルファの影に深く潜り込む。罵倒が効かないどころか喜ばれるという未知の恐怖に、完全にパニックを起こしていた。
「お前ら、そろそろ掃除始めたらどうなんだ?」
惨めで哀れなことの顛末を見ていたガロンが止めに入った。
ラナはいまだにオルファの手をギュッと握ったまま離さない。タクヤはその光景を見て、なぜか恍惚とした表情を浮かべている。
——こいつ、嫌われて避けられてることすら喜んでやがる。もう手遅れだ。
俺はため息をつきながら、モップを握った。




