第16話 ヒロインが急に曇りかけました
ドンドンドン。
誰かが部屋のドアを叩く音で俺は目を覚ました。
……こんな朝っぱらからどこのどいつだよ。
眠たげな目をこすりながら、のそのそとベッドから這い出る。
「おい! 何時だと思ってん——」
扉を開けると、目の前にはオルファが立っていた。
銀髪に赤い瞳。うちのパーティの元ぼっちで、生粋の呪愛好家だ。
いつもは感情の読めないこいつだが、今朝はなんだか浮かない顔をしている。
「……どうした?」
「……入っていい?」
「あ、ああ」
俺は戸惑いながらも、彼女を部屋に招き入れた。ベッドに並んで座ると、オルファは俯いたまま何も話さない。沈黙が部屋を支配する。
——な、なんなんこの雰囲気!?
待て待て待て。これ、もしかしてあれか? こんな朝早くから女の子が部屋に来て、二人きりで——いわゆる「恋愛イベント」ってやつじゃないですかね!?
「で、どうしたんだよ? 急に押しかけて」
俺は余裕の表情で聞いてみせた。
「……話したいことがあって」
——まじで? やっぱそういう感じ? いや〜参りましたなぁ。異世界に来てまだ日が浅いってのに……さすが俺。やっぱモテる男は違いますわ!
「この剣……邪剣のことなんだけど」
——ん?
俺の思考が急ブレーキをかけた。邪剣? あの、ゴブリンキングから奪った禍々しい黒剣のことか。
「昨日の墓地訓練や、その後のエルヴィン司教の話を聞いて……呪の装備って、みんなを不幸にするのかなって」
オルファの声が微かに震えていた。
——確かに。
言われてみれば、あの剣を手に入れてからというもの、ろくなことがなかった気がする。
森に入れば魔物の群れに遭遇するわ、強化された雑魚に襲われるわ、墓地訓練ではアンデッドが大量に群がってきたな……とにかく散々な目にあっている。
「私がこんなもの持ってなければ、あの時すぐ捨ててれば、ユウヤたちに迷惑かけけることもなかったのかなって……」
——これは一体誰だろう?
俺の知っているオルファは、もっとこう、自分の行動を顧みない、呪に陶酔している頑固で無口なバカだったはずなのだが……
目の前の彼女には、いつもの淡々とした調子がない。代わりに、押し殺したような感情が滲んでる。
もしかしてこいつ、ああ見えてずっと気にしていたのか?
「私、これまでずっと呪われた貴族として一人だったから……そばにいる人に迷惑かけるとか、わからなくて」
オルファの肩が、小さく震えた。
「でも、自分の好きな呪で迷惑をかけるくらいなら、捨てたほうがいいのかなって……」
——これは只事ではないぞ!? 明らかに彼女は罪悪感に苛まれている。
いつから"ぼっち"だったかは知らんが、こいつの好みのせいで周りが寄り付かなくて孤立した。そこに俺たちが現れて、はじめて人と関わりをもったのだ。自身の願望と仲間への気持ちの間で揺れているのだろう。
呪いに魅せられた女、か。
ここで「お前、その嗜好やめろよ」ということは簡単だ。普通に考えれば、それが正しい。危険な趣味をやめさせて、普通の女の子として生きていけばいい。だが——
「いいんじゃないか? お前が何を好きでも」
俺は口を開いた。オルファが顔を上げる。赤い瞳が、俺を見つめていた。
「俺たちは別に問題ない。まあ多少迷惑をかけられることは想定していたよ。お前をあの檻から解き放ったときにな」
「で、でも私は……」
「だから大丈夫だっての。タクヤもリーシャも多分同じ気持ちだ。あのゴリラ……ガロン教官も、なんやかんや頼れるやつだし。今後お前のかける迷惑程度、この超絶怒涛の俺様たちにとっちゃ些細なことよ」
俺はオルファの目を真っ直ぐ見て言った。
「だから、どんと頼れ!」
——その瞬間、オルファの表情が崩れた。
堪えていたものが溢れ出すように、肩が震え、瞳から透明な雫が零れ落ちる。声にならない嗚咽を漏らしながら、オルファは両手で顔を覆った。
え、えぇ……
いつも無表情でポーカーフェイスのオルファさんが、声を殺して泣いている?
ナニコレ……ギャップ萌えしちゃいそう。
しばらくして——オルファの肩の震えが、少しずつ収まっていった。
「安心しろ、俺たちは全面的にお前をサポートしてやる。同じ『冥府の債務者』の仲間だからな」
「……うん」
オルファが小さく頷いた。まだ目元は赤いが、表情にはどこか安堵が浮かんでる。
「ただし、迷惑をかけるのは俺たちまでだ。スケルトン騒動の時みたいに、街のみなさんや関係ない人たちに悪影響を与えるわけにはいかん。わかるな?」
「……うん」
——まぁ実際のところ、スケルトンの時はみんなお祭り感覚だったから迷惑だったかは微妙なところではあるが……
「そいつの呪はコントロールというか、制御的なのはできないものなのか?」
俺は邪剣を指差した。オルファは首を横に振る。
「わからない。でも今の私には無理だと思うの。勝手に常時発動してる……呪が生まれた瞬間の責務を、ずっと全うし続けてるみたいな……」
「なるほど、てことは俺らの手にゃ負えない案件だな!」
「……え」
オルファが不安そうな顔をした。
「バカタレ、そんな顔すんな。俺らじゃ無理なら、できそうなやつに当たればいいだろ。幸い俺たちには頼れる先輩や教官、それに"専門家"もいるじゃないか」
「……うん」
その言葉に、オルファの強張った表情が少しだけ緩んだ。
◇ ◇ ◇
こうして俺たち二人は、先日のウィステル大聖堂にやってきた。
こうも直ぐに出戻りすることになるとは思ってもいなかったが……
「相変わらずデカいな」
前に来た時も思ったが、この建物を維持するだけでどんだけの金がかかっているのだろう。
入口で名前と用件を告げると、すぐに修道僧が出てきた。
「冥府の債務者のユウヤさんとオルファさんですね? エルヴィン様がお待ちです。こちらへ」
——お待ちです?
俺たちは顔を見合わせた。まだ何の連絡もしていないのに、待っていたのか?
案内されたのは、聖堂の奥にある一室だった。豪華な催事品が並ぶ部屋の中央に、あのドS司教が座っていた。
「やぁ、来ると思ってましたよ!」
エルヴィンがニコリと笑った。こいつ、お見通しってわけか。
「例の邪剣のことですよね? なにかあったんですか?」
「いや、特にないんだが……オルファ、お前から話せるか?」
「……うん」
オルファが辿々しく説明を始めた。呪いの装備が周りに迷惑をかけること。でも手放したくはないこと。どうすればいいかわからないこと。
エルヴィンは黙って聞いていた。そして、オルファの話が終わると——
「なるほど……よく大聖堂に来てくれました」
意外にも、優しい声だった。このドS、意外といいやつなんだな。
「で、私はどうすれば……」
オルファが不安そうに聞く。
「大丈夫です。そんなこともあろうかと、私特製呪い制御アイテムを進呈しましょう!」
「まじで!? さすがドS司教! 話が早いねぇ!」
俺は思わず叫んだ。
「ふふふ、これでその剣の柄と鞘を結びなさい」
エルヴィンが差し出したのは——なにやら包帯みたいなものだった。よくわからん帯状の布に複雑な魔法陣が刻まれてる。
「ナニコレ?」
「それは『封縛の聖帯』という魔道具でして、呪いを一時的に封じ込める力を持ちます。まあ封印のアイテムみたいなものですね。これがあれば納刀時に呪を撒き散らすことはなくなるでしょう」
なるほど。そんな便利なものがあるとは。この司教、やはり相当な腕前なんだろうな……元Sランク冒険者は伊達じゃない。
「あ、ありがとう……」
そう言うとオルファはさっそくクルクルと巻きつけ始めた。
”漆黒の邪剣”に幾重にも巻かれた”包帯”……カンペキな厨二病セットの完成である。
「ただし、定期的に神聖魔法をチャージする必要があります。三日に一回はユウヤくん、君のターンアンデッドを三十分ほどかけっぱなしにして補給してくださいね」
なるほど。そんな便利なものがあるとは。この司教、やはり相当な腕前なんだろうな。元Sランク冒険者は伊達じゃない。
「それで……お代はこのくらいになります」
エルヴィンがニコリと笑って一枚の紙を差し出した。
——金とんのかよ! しかも……
「百万リーフ?!」
「ええ、貴重な素材を使っていますからね」
俺は頭を抱えた。二千万リーフの借金がまだ残ってるってのに、さらに百万追加とか……もう笑うしかない。
「とはいえ、君たちはすでに借金地獄の苦学生でしたね。ガロンから聞いています。なので特別に、教会への奉仕活動で清算しましょう」
「……奉仕活動?」
「墓地清掃に聖堂内の清掃、それと私の調査を手伝ってもらうっていうのでどうでしょう? 期間は一ヶ月で大丈夫です」
——おおお、それは助かる。百万なんて大金、今の俺たちで一ヶ月で返せるとは思えないしな。掃除ごときでペイできるなら喜んでやらせてもらうぜ!
「わかりました! それでお願いします!」
俺は即答した。
「……で、調査というのは?」
エルヴィンの目が、一瞬鋭くなった。
「最近、この街の周辺で不穏な動きがありましてね……変異種の出現、ゴブリンキングの発生、そして呪われた武器……何か大きな異変の前触れかもしれません。その調査を手伝ってもらいます」
「……マジですか」
俺は思わず聞き返した。
なんか、急にスケールがデカくなってきてないか? 俺たちはまだ冒険者にすらなっていない見習いなんだが。
「まあ、授業の邪魔になるほどのことではありませんよ」
ふふふ、といやらしく笑う司教を見て、俺は嫌な予感しかしなかった。
絶対ロクなことにならないやつだこれ……
まあ、やるしかないか。
◇ ◇ ◇
ギルドに戻ると、リーシャとタクヤが入り口で待ち構えていた。
「遅かったじゃない。どこ行ってたのよ」
開口一番、リーシャが不満げに詰め寄ってくる。
「ちょっと大聖堂にな。まあ座れよ、説明する」
俺たちは席について、ことの経緯を説明した。オルファの悩み、聖なる包帯、奉仕活動、そして司教の調査。
「……なんで私にも言ってくれなかったのよ! オルファが悩んでたなら、私だって力になりたかったのに!」
リーシャの声が響く。珍しく優しい声色だった。
「つまり俺らは、掃除とその、司教の依頼とやらを受ければいいんだな?」
「そうだ。まあバイトの代わりに一ヶ月掃除だな。幸いこの前のゴブリンキングの報酬で生活費には余裕があるし、まあ問題ないだろ」
一同が納得したように頷く。
「そういえばタクヤ、お前のスキルでもこの剣と意思疎通は測れないのか?」
「ああ。なにも聞こえんな。言語理解を使っても完全に沈黙している」
あの首飾り——ノロ吉くんは話せていた。エルヴィンが言っていた通り、この剣の呪力はまだ弱い方なのだろう。
「さしずめ、こいつは呪の赤ちゃんってとこか!」
俺は半分冗談で言ったつもりだったんだが、
「赤ちゃん……」
オルファが、恍惚とした表情で邪剣を見つめる。
「呪いの祝福を授けし"漆黒"の刃……クロ吉くん」
——また変な名前までつけて……まさか”子育て”する気じゃないですよね?
こうしてオルファは、邪剣をたいそう可愛がり始めた。撫でたり、話しかけたり、一緒に寝たり。いつでも一緒だ。
これ、ほんとに大丈夫なんだろうな? ドS司教さんよ〜




