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朝は嫌いである

二年前に転がり込んできた家政夫の青年と雇い主の孫のを中心に、いろいろな事件が起こるファンタジー。

グロテスクな表現も出てくる予定です。

 朝は嫌いである。

 降り注ぐ朝日は気持ちがいいし、温かい朝食は楽しみしかし眠たいまなこを擦って居心地の良い寝床から這い出すとなると話は別になる。起きたいときに起きたい。休日の有難さがつくづく実感される。

 フィリシアは薄目を開けて、いつものごとくベッドに潜り込んだ。枕元に置いている懐中時計は六時を指している。今起きれば余裕の時間なのだが、ぎりぎりまで眠って居たいのが人情というもの。起きの悪さも手伝って再度まどろみの中に入っていく。

「…フ……ス……フィス……」

 どこかで声が聞こえる。耳当たりのいいテノール。お気に入りの本に出てくる王子様を連想させる声だった。彼は流れんばかりの長い青銀髪に、サファイヤのような瞳をしていた。どの書物にもそう書かれていた。典型的な海の国人の容貌。類まれな美形であったとも。

「フィス……フィシリア……」

 私はここよ、とフィシリアは辺りを見回した。緑が映える丘は最高の舞台になるはずだ。いつも間に外に出たのだろう。いや、初めから自分は外に出ていた。オレンジ色のドレスの裾をつまみ、声をする方向へ足を進める。そして彼の姿を捜した。

「フィシリア!!」

 大きな声が耳をつんざく。私の王子様はこんな下品な声は出さない。と思うより先に再度大きな声で名前を呼ばれる。

「何よ!!」

 振り払うように動かした指先に青みがかった銀髪が当たる。ようやく開いた目には生意気な居候の顔が入った。

「一体何なのよ、ライ。女の子の部屋に入ってくるなんて」

 見た目は極上、性格は最低。祖母が連れてきた。面食いではなかったはずなのに、どうして、と頭が痛くなる。女だけの家に男なんて、とも思う。ベッドから起き上がり、腕組みをする青年をフィシリアは睨みつけた。長い銀色の髪を背中に一つでまとめて編みこんでいる。銀髪なんだよな、とため息が漏れる。顔もいい、声もいい。まさに王子様の挿絵のようだ。でもどうしてこんなに性格が合わないんだろう。

「よく言うよ。起こせって言ったのはお前だろうが。今日はお前の大好きな軍人さんが来るんだろ? まったく、早く起きろよ」

 不機嫌そうな声にあっと、声が出る。そうだ、兵学校から教官が視察に来る日だった。フィスは彼に起こしてくれるよう頼んでいたことを思い出した。

 学長の意志か長年の習慣か。年に四度の定期行事だ。近くに兵学校があるのも手伝ってその年の一番若い、見目の良い教官が派遣されていた。軍側にとってはいいデモンストレーションなのだろう。フィスの学校は名門と言うには歴史がなかったが、文武両道の名のもとに優秀な生徒を集っていた。

 今日はびしっと決めて登校しようと思っていた。あこがれの人に会うのだから当然のことだ。ライは少女期に見がちな妄想だ、とよく言っていたが、フィシリアは違うと断言できた。

 小さい頃からの夢なのだ。異性としての憧れではなく、未来の職業としての羨望。あの黒い軍服に袖を通してみたい。女性武官はまだ少ないがいないわけでもない。

 一瞬の陶酔はライの冷たい視線に引き戻された。フィスはベッドから飛び降りた。

「着替えるから出て行ってよ」

 壁の鏡を覗き込むと寝癖が付いている。ショートヘアは乾きやすい反面手入れが面倒なのだ。

 扉が開く音にフィスはそちらに目をやった。

「起こしてくれてありがとう」

 自分にとっては最大限の感謝の言葉。素直になれないのは判っている。もやもやする気持ちを抑えることができなかった。

「どういたしまして」

 小さな呟きに、ライは素っ気なく答え、部屋を出ていった。




 妄想は妄想。それがライの考えだった。

 階段を降りていると背中に編んだ髪が当たる。多分不機嫌な顔をしているだろう。軍人が悪いとは言わないが、甘い考えが透けて見えるのに腹が立つ。自分勝手な怒りだ。でもここでは普通の感情は隠さなくていい。真実の中に嘘を混ぜるのと同じことだ。窓から朝日が見える。まだ赤い。日中なら直視できないのに、と考える。

 フィシリアが言うには自分は生意気な居候らしい。半年前に転がり込んだ。長年勤めていたハウスキーパーが家を構えた自分の息子の所に行くということで、次を捜していた。性別指定がなかったので試しに申し込んでみたら、受かった。十四の少女のいるということは、住み込みだしてから知った。お気楽な祖母殿だ。肝っ玉が据わっているというべきか、大らかだというべきか。

 この土地でしばらく留まりたかったライとしてはありがたい条件だった。フィシリアからは毛嫌いされていたが、仕事は真面目に取り組んだ。家事は慣れていた。生きていく上で必要だったから身に着いた。

「いい匂いね」

 柔らかい声音にライは表情を緩めた。二人暮らしいにしてはダイニングが広い。家族がいた証拠だ。ライは彼らには会えなかった。死は結構身近なところにある。小競り合い程度の戦闘は国境線で今でも頻繁にあった。

 ゆったりとした若草色のドレスに窓からこぼれた光が当たる。彼女の雰囲気にあって暖かそうだ。ライは笑いかけた。

「おはようございます。フィシス夫人」

「おはよう。フィシリアは起きましたか?」

「えぇ。もうすぐ降りてくれることでしょう」

 そう、と白髪の老婦人は微笑した。

「いつもそうだといいのですけど。この時間なら慌てなくても済むのに」

 十五年間彼女を育ててきたのは彼女だ。朝の騒動は慣れたもので、孫の寝汚さはよく知っている。ライも半年間、見てきた光景だ。

 同居しだした当初、ライも真面目にフィシリアを起こしに行っていた。が、起こすのに三十分以上かかることに気づいた時点でもろもろ諦めた。放っておいてもギリギリになれば起きてくる。起こしに行こうが行こまいが結果が同じなら無駄な努力はしない方がいいだろう。どうせなら朝の貴重な時間は別のことに費やしたかった。

 それにしても女の子の部屋だからと配慮してドア越しから声をかけていた頃が懐かしい。今日みたいに絶対に起こさなくてはならない日は遠慮なく部屋に入った。

「甘えですよ、甘え。遊びに行くときは勝手に起きるんだから。今日だってそうでしょう。まったく軍人のどこがいいんだろ?」

「あの子は父親を尊敬していますから。フランツの様になりたいんでしょう」

 父親のことは少しだけ聞いている。デリケートな問題なので深くは踏み込んでいない。テーブルに着いた夫人の前に冷たい水の入ったグラスを置く。今朝はパンを焼いた。竈に貼り付けるタイプのやつだ。フレッシュバターを合わせると美味しい。サラダを用意するためにキッチンへと向かう。ダイニングに入ってきたフィシリアと目が合った。

「また変なこと話してたんでしょ」

 清楚なネイビーの制服を着た少女はムッとした顔のまま自分の席に腰を下ろした。

「フィシリア」

 窘めるように夫人が声をかける。ライは答えず朝食の準備をした。少女にはミルクを、そして双方の前にサラダを置く。ドレッシングは上手に作れたと思う。ナッツを混ぜたので香ばしい風味は食欲をそそるはずだ。続いてタンパク質のベーコンにパンを添えて置く。通常、朝食は一緒にはとらない。作っているときに味見がてら食べている。食後のお茶は一緒に飲むようにしていた。

「無視?」

「時間、ないんだろ?」

 不満をため込まないことは良いことだが、時間も迫っている。それに自分と話すよりも祖母と話をした方が建設的だろう。父親のことが関係しているのなら特にだ。美味しく朝食を食べてもらうためにも、とライはキッチンへと戻っていった。

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