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8 まさかの選択肢ミスで好感度激下がり?!

 

 ベルフェリア邸・応接間。


 私とレイ王子、そしてノクスの三人で、来年から始まる魔法学園について話していた。


「アネットも学園に通うことになるんだね」


 レイ王子がふと目を細めて言う。


「はい。お父様のおかげで……」


 声が少しだけ小さくなる。

 アネットは父親に根回ししてもらって、コネで入試をパスして入学してたはず。

 私がこの世界に来てから、もう既に入学が決まってるってことは、きっとそう。

 普通に言えば裏口入学ってやつだし。どう考えてもアウトな響き。


 でもレイ王子は、微笑んだ。優しい、けれどどこか底が見えないその笑顔。


「学園で会えるの、楽しみにしてる」


 その笑顔に、一瞬だけ胸が掴まれた気がして、私は反射的に視線をそらす。

 やめてほしい。ゲームの中のレイ王子は、アネットに対してそんな顔は絶対にしなかった。


「そういえば」

 と、レイ王子がふと思い出したように言った。


「平民の子なんだけど、次の入学生の中に、トップの成績を出した生徒がいるらしいよ。入学式では、その子が代表挨拶をするんだって」



 ――その一言で、時が止まった。


 平民で、トップの成績。

 入学式の代表挨拶。


 ……ヒロインだ。

 この世界にも、ちゃんと、存在している。


 私はその場で心の中で叫び出しそうになった。

 なんでよりによってレイ王子とノクスと一緒にいるこのタイミングで、そんな情報くれるの!?


 あまりに焦って、私は思わず口を開いていた。


「――あの、レイ王子。あの、その、万が一……その、好きな人とかが、できたら……! ぜ、ぜひ、遠慮なく言ってくださいね!!」


「……………」


 数秒の静寂。


 目の前のレイ王子が、ふっと目を細めて、私の方へ一歩近づいてくる。


「……アネットは、自分のことを何だと思ってるの?」


「へっ?」


「君だけが僕の婚約者だよ。どんなに綺麗な人が現れても、僕にはアネットしか見えないよ」


 言葉は甘くて、優しくて、まるで恋愛フラグのようだった。


 けれど。

 その声には感情が読み取れなかった。

 それが“本音”なのか、“レイ王子らしい建前”なのか、分からない。


 私はぎこちなく笑ってみせた。


「わ、わかりました! その、平民の子とか……綺麗かもしれませんしね! レイ王子がその子を好きになっても、おかしくないと思いますよ!」


 レイ王子の目が、すこしだけ見開かれた。

 ……しまった、地雷踏んだ?


「……うん。まったく分かってないね」


 でも私は気づかないふりで、話題をすり替えようとした。


 隣で聞いていたノクスが咳払いをした。視線はどこか遠く、表情がこわばっている。


(――この世界、本当に夢小説の中なんだろうか)

 私はスイーツの乗った銀皿を見つめながら、ふとそんなことを考えていた。


「まぁでも、その平民の方、とても優秀なんですよね? もしかしたら、私よりずっと素敵な人かもしれませんし……!」


 私が笑いながら言うと、レイ王子の目が僅かに細められた。


 一瞬、空気がひやりと変わった気がした。


「……本当に、何もわかっていないんだね、君は」


「え?」


 次の瞬間、レイ王子が一歩こちらに踏み出してきた。

 そして、私の手をそっと取る。


 レイ王子の手は、意外にも少し冷たくて、でも柔らかかった。

 けれどその感触より、彼の目が――真っすぐに、真剣に、私だけを見つめていることに息を呑んだ。


「……アネットは、僕に触れられても、何も思わないの?」


「へ……?」


「例えば、僕が“その平民の子”にこうしたら、どう思う?」


 そう言って、レイ王子の指が私の頬に触れた。

 親指が、そっと私の頬を撫でるように――まるで、優しく、けれど支配するように。


(……ちょ、ちょっと待って!?)


 動揺して言葉が出ない私に、レイ王子は静かに微笑んだ。


 ヒロインの頬にレイ王子が触れるってことは……ヒロインがレイ王子ルートを選んで、王子との親密度を上げている証拠だから……アネットとして素直に祝福したい。


 ここで嫉妬に狂って「他の子にそんな事しないでください!」なんて言おうものなら、私はヒロインとレイ王子の恋愛を阻む邪魔者として処刑が早まるかもしれない。


「やっぱり、君は気づいていないんだね」


 そう囁くように言って、レイ王子はそっと手を離した。


 その一部始終を、斜め後ろでじっと見つめる視線に私は気づいていなかった。


 ノクス。

 彼は、硬く口を閉ざしていた。


 怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。

 けれどその視線は、明らかにレイ王子の手と私の頬を追っていた。


 やがて、彼は少しだけ視線を伏せ、低くつぶやいた。



「……少し、外の風に当たってきます。あとは二人でごゆっくりどうぞ」


 そう言って、ノクスはすっと頭を下げ、足早に会場の外へと歩き出す。


「えっ、ええっ!? な、なに!? 私、なんかした!?」


 ノクスの背中を見送りながら、私は思わず混乱した声を上げてしまった。


(……ちょっと待って。なんでみんな怒ってるの!?)


 レイ王子もノクスも、私が何を言っても、何をしても、なんだか反応がおかしい。


 私、何かやらかした……?


 ◇ ◆ ◇


 そして二人が帰った後。

 嘘のように静まり返った自室で、私は椅子に座るなり机に突っ伏した。


「…………やばい……」


 頭を抱える。正確には、抱えてもどうにもならないが、抱えたくなるくらいには、今、私は焦っていた。


 ノクスが外に出て行った時のあの顔!

 レイ王子のあの意味深なセリフ!

 あれ、絶対……絶対……


「好感度、下がってるーーーっ!!」


 ベッドの上を転げ回る。

 いやいやいや、落ち着いて。冷静になって、私。

 ちょっとした言葉の行き違い、そう、コミュニケーションエラーとかそういうやつかもしれない。


 ……でも、あの空気。

 間違いなく、ゲーム的には選択肢ミスレベルのやつだった。


「も、もうダメだ……。私、ヒロインが王子ルート、ノクスルートのどっちを選んでも死亡バッドエンド一直線なのでは……?」


 どうしよう。

 仮婚約者ってだけでも破滅フラグなのに、変に王子を刺激して、ノクスにも誤解されて――

 その上で、ヒロイン登場のフラグまで立ってしまった今。

 これ以上しくじれば、確実にアネットのエンディングは"処刑ルート"である。


「……こうなったら、もう一度ちゃんと世界観と登場キャラ、確認し直さなきゃ……!」


 私は机の上のノートを取り出し、表紙に「夢小説設定資料」と自分で書いたそれを開いた。

 この世界は、かつて私がゲームと夢小説で組み合わせて創り上げた――妄想の集合体という名の黒歴史。

 だった、はず。


(でも、本当に……ここ、私の書いた世界なの?)


 記憶にある設定と現実が微妙にズレていて、少しずつ違和感が生まれている。

 ……気付いてはいけない何かに、私は気付きつつある気がする。

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