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4 婚約者との顔合わせ? ちょっと待って、フラグへし折らせて!


 ノクスとの出会いから一晩が明けた。


 目が覚めて最初に思ったのは、「……夢じゃなかったんだな」という、微妙に脱力した感想だった。


「……はぁ、やっぱり現実かぁ……」


 心地よく整えられた天蓋付きのベッド。ふわふわの枕。起きた瞬間にやってくるメイドのコフィ。


 “アネット・フォン・ベルフェリア”としての生活にも、少しずつ身体が慣れてきてしまっている自分が、少し怖い。


「まずいなぁ……この世界での記憶がどんどん馴染んできてる……」


 転生後の記憶は断片的にしかなかったけれど、それでもこの体には“アネット”としての日常が染みついているらしく、使用人の名前や立ち振る舞いは自然とこなせるようになってきていた。


 ──それにしても、昨日のノクス……すごく可愛かったなぁ。


 隣の家に住んでたあの子みたいだったけど、やっぱりゲームの中の彼本人って感じがして、ちょっとドキッとした。


 ううん、ダメダメ、今はそんなことを言ってる場合じゃない。


「破滅ルートの回避! フラグぶち折り! それが第一目標だから!」


 自室でひとり、拳を握って気合を入れていると──


「アネット様、失礼いたします。旦那様より伝言がございます」


 ノックの音と共に、朝食を持ってきたコフィが入ってきた。


「あっ、ありがとう。なにかしら?」


「──王子殿下との婚約に関する顔合わせが、三日後に予定されております。ご準備をとのことです」


「……顔合わせ?」


 その一言に、アネットの心臓がピタリと止まる。


(え、早くない!? そんなイベント、もっと後の方じゃなかったっけ!?)


 たしかゲームでは、王子ルートを選ばないと、アネットとの顔合わせのシーンなんてなかった気がする。つまりこれは──ヒロインが王子ルートを選んだってこと?


「な、なんでこんなに早く!? えっ、どうしよう……準備、間に合うかな……!」


「ご安心ください。お嬢様のご指示通りに、すでに噂は広めておりますので」


「噂?」


「はい。“お嬢様が慈愛に満ちた令嬢でいらっしゃる”という内容で。あの方との婚約が円滑に進むよう、良い印象を持っていただくために……」


「…………」


 アネットは静かに口を閉じた。


 そして──目が合った瞬間、コフィがビクリと肩をすくめ、目をそらすのを見逃さなかった。


(……あれ、え、今の、なんで?)


(ちょっと怯えてなかった?)


 なんとなく嫌な予感がして、アネットは机の引き出しを開ける。過去のアネット──この体の持ち主だった彼女の、日記帳があったから。


 パラ……とページをめくる。


 そして。


「──“今日も無礼な侍女を泣かせた。反省はしているようね。泣き顔が見られて少し気分が晴れた”……って、何してんの!?私!!」


 思わず叫びそうになって、慌てて口を押さえる。


 ページをめくるたび、出てくるのは“自由奔放”の名を借りた傲慢暴君ムーブの数々。

 気まぐれで下働きの人をクビにしたり、男子生徒を魅了して、気に入らない人をいびったり──


(え、え、私ってば、どんなモンスターだったの!?)


 日記を閉じて、頭を抱えた。


 従者が怯えるわけだ。むしろ顔合わせの前に自分の“前科”がバレたら、婚約どころじゃない。


「どうしよう……王子の婚約フラグへし折るどころか、先に断られそうなんだけど……!」


 その時、ノックの音がして、また別のメイドが顔を出す。


「お嬢様、お召し物の用意が整いました」


「えっ、もう? ありがとう……」


 不安と焦燥と自分へのツッコミが渦巻く中、アネットの“破滅回避戦線”はますます混迷を極めていくのだった──


 ドレスを受け取りながら、アネットはふと、王子との出会いをゲーム内でどう描かれていたかを思い返した。


(たしか──ヒロインとあの人との出会いって、ヒロインが魔法学園に転入してすぐ、学園の中庭だったよね)


 ヒロインが偶然、倒れていた小動物を見つけて助けようとしていた時。

 そこに現れたのが、白銀の髪に透き通るような蒼い瞳──王子、レイ・アルベルド・リュミエール。


「……困っている者には、手を差し伸べるのが騎士の務めだ。僕にも手伝わせてくれないか?」


 彼はそう微笑んで、小動物を包むように抱き上げた。

 まるで光に包まれたような登場シーン。王道中の王道。それでいて、圧倒的な“王子様力”。


 プレイ当時、思わずスクリーンショットを量産したのを、アネットは今でも覚えている。


(……あんなの、惚れるに決まってるよ……)


 王子ルートに入ると、彼の優しさと騎士道精神が何度も描かれる。

 でも同時に、それをよしとしない一部の貴族や側近との軋轢も増えていき、ヒロインは何度も理不尽な目に遭う。


 その中でも特に厄介だったのが、“正ヒロインのライバル”ポジションだったアネット。


「──婚約者のくせに、庶民に心を許すなど。王子の隣に立つにふさわしいのは、この私ですわ」


 あの高慢な台詞と、ヒロインを窓から突き落とそうとした未遂シーン──忘れられない。

 ルートによっては未遂で済まず、アネットが追放ではなく処刑されるバッドエンドもある。


(……これ、笑えない……)


 今の自分が、あの“悪役令嬢アネット”なんだと考えると、胃が痛くなる。

 王子の目に少しでも悪印象を残したら、即退場エンドまっしぐらだ。


「婚約者だからって、顔合わせしたら好感度+10、なんてこともなかったよね……たしか逆に−10からのスタートだったような……」


 目の前が真っ暗になりかける。


(あぁもう……なんでよりによってこの役なのよ……!)


 コフィに新しいドレスの寸法を合わせもらいながら、私は鏡越しに自分の姿を見つめていた。


(もう、時間がかい)


 何の前触れもなく訪れた転生人生。ゲーム世界の中に放り込まれたと知ったときはまだ混乱していたが、少しずつ世界の時系列が合致してきている。


 “ルミナリア魔法学園に入学する一年前からアネットと王子は仮婚約していた”


 それがゲーム内で語られていた、イベントの一つだった。


(てことは……)


 今がその“入学一年前”なら、まさに仮婚約の話が持ち上がっている頃のはず。

 でも──肝心の馴れ初めが、どうにも思い出せない。


(仮婚約のきっかけって、たしか……なんかお互いまったく乗り気じゃなくて、親同士が勝手に決めてたんじゃなかったっけ?)


 王子も王子で、ヒロインが登場するまではアネットにまったく興味を示さず、表向きの礼儀しか交わしていなかったはずだ。

 淡々と。どこまでも公的な距離感。感情の通わない関係。


 ──それでも、アネットは王子に一方的な好意を向けていた。


(あああ〜〜……あった、あった……!)


 ゲーム内序盤。仮婚約の報せに浮かれたアネットが「私があの方と将来を共にするのですわ!」とか言って、ヒロインにマウント取ってたっけ……。


(今思えば、完全に空回りだよ……)


 "レイ・アルベルド・リュミエール"


 王国の第一王子にして、誠実で真面目な性格。The王道の王子様キャラだね。


 でも、実はとても人に無関心で、アネットにも心を開くことはなかった。


 仮婚約が成立してからも、王子は必要最小限の言葉しか交わさず、アネットを政治の駒としか見ていなかった。

 表向きは笑顔で優しくて……爽やかな好青年なのに。



 思い出すたび胃が痛くなる。

 恋愛フラグどころか、好感度−20スタートじゃないかという始まりだった。


(てことは、顔合わせ──婚約成立の場が、実質“第一印象”ってことだよね)


 この時期に王子に嫌われたら、恋愛ルートどころか破滅フラグ一直線。


 アネットが王子にしつこくまとわりつく展開になる前に、王子との接触は最低限に抑えなければ。


(いい噂を流してもらうのは続けて、王子にはなるべく会わず、印象に残らず、目立たず、ひっそりと──)


 そして、ヒロインが登場した瞬間、円満に婚約を解消する策を練る!


 アネットはふっと息を吐き、鏡に映る自分を見据えた。


 ゲームと違って、彼の目に“あのアネット”として映らないように。

 そのために今できることを考えよう。


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