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29 レイ王子、ヤキモチ妬かせる相手を間違えてませんか?!

 とある日の昼下がり、レイ王子の部屋で。


 私は上品なカップをそっと受け取りながら、思わずほぅっと一息ついた。


 今日の紅茶は爽やかな柑橘系の香りで、レイ王子の意外なセンスが光っている。仮とはいえ、王子の部屋でふたりきりのお茶会。乙女ゲームの破滅フラグをぶち折る者としては複雑な気持ちだったけれど、彼が桜子に惹かれるようになってくれれば、すべて丸く収まるはず――


 コン、コン。


 軽やかなノックの音に、私はハッとして立ち上がった。


「……あれ、誰か来た?」


 扉がゆっくりと開き、現れたのは、あのヒロイン――桜子だった。


「さっ……!」


 思わず声を上げそうになったけど、ぎりぎりで押し留める。なんで!? いや、まさか密会の約束してたの?! 私、邪魔者じゃん……! 


 そう思った私は、こっそり席を立ち、そろりと扉の方へ足を向け――


「お二人の時間を邪魔してしまい、すみません。……出直します」


 桜子が一歩引いてそう言った、その瞬間だった。


「そうだね、そうしてくれ」


 レイ王子の冷たい声が、部屋の空気を一変させた。


 ちょっ、空気読んでよ王子……!


「な、何か用事?! 遠慮しないで! ねっ? 私もう帰るし! じゃなくて、あの、用があるなら話してっていいから!!」


 私は慌てて間に割り込み、桜子を部屋の中へと押し込む。これはチャンス、レイ王子と桜子のフラグが進行してるかどうか探れる大チャンス!


 桜子は一瞬戸惑ったように私を見てから、小さく頷いた。


「……では、遠慮なく」


 そして、一歩前に進み、凛とした声で言った。


「ベルフェリア様のお身体に傷を付けるのはやめてください……!」


 えっ?


 一瞬、何を言われたのか理解が追いつかず、私はぽかんと口を開けた。桜子の顔は真っ赤で、でもその瞳は真剣で――。


 その視線は……レイ王子を真っすぐに射抜いていた。


 あ。キスマークのこと……?


 ああ……。


 もしかして――これ、ヤキモチ?


(桜子……そんなにレイ王子のことを……)


 私はこっそり手で首筋を覆った。やっぱり気付かれたか、キスマーク……。しかも、リンネとレイ王子のダブルキスマークという前代未聞のものを、よりによってヒロインに見られるとは……!


「安心して?! この前話した通り、私はどっちのことも……」


 私は両手をぱたぱたと振りながら、慌てて弁解する。だって、桜子が怒るってことは、完全に勘違いしてるってことだし、私はもう、ヒロインの邪魔になるようなことは――


「ち、違います……! わたしはただ、その首元の傷が見える度に……!」


 真っ赤な顔で、それでも真っ直ぐに怒りをぶつける桜子の姿に、私は心の中で拍手を送りかけた。そうそう、そこよ桜子! 正妻の風格ってこういう時に出るのよね……!


 一方のレイ王子はというと、優雅にカップを置き、静かに立ち上がる。そして、桜子に向かって――


「……桜子さん。君はこの痕を"傷"だと言うのか――」


 その声は低く、冷たく、まるで刃物のように鋭かった。


「僕にとっては、“印”だよ。あれは、僕のものであるという証。君に口出しされる筋合いはない」


 え?


 えええっ?


 私の頭は一気にフリーズした。レイ王子……何言ってるの……?


「ま、まって!? ちょっとまって!? 王子!? それじゃまるで私が――!!」


「まるで、ではない。事実だ」


「ひゃ!? ちょ、ちょっとぉぉ!」


 私の叫びも虚しく、レイ王子は涼しい顔を崩さない。それどころか私の腰に手を回し、さらりと引き寄せる。


 レイ王子! それ以上桜子にヤキモチ妬かせるのはやめてあげて! 恋の駆け引きなのは分かるけど、やりすぎ厳禁じゃない?!


 桜子の目が見開かれ、顔が真っ赤になって震えているのが見える。


 ――ああああぁぁああ……終わった……


 ヒロインと攻略対象が悪役令嬢のせいで修羅場を迎えるとか、乙女ゲームとして終わってる……

 これはもう、完全にアネット処刑ルート一直線!


「誤解よ桜子! 本当に何もないから! これ、事故だから! たまたま……あ、いや、それも事故というか、事件というか、ええと、とにかく違うから!!」


 私はひとりでわけのわからない言い訳をわめき散らしながら、レイ王子の手から逃げようとじたばたした。けど、しっかりと腰を押さえられたままで、動けない。


「アネット、落ち着いて……君は何もわかっていない」


「わかってないのはそっちです!! なんで桜子の前でこんな発言するの!?」


 私の大混乱をよそに、レイ王子はじっと私の横顔を見つめ、苦笑めいたため息をついた。


「……本当に、どうしようもないくらい君は――」


 その続きを言いかけて、彼は言葉を飲み込んだ。


 一方で桜子はというと、静かに、まるで感情を押し殺すように一礼すると、そのまま何も言わずに部屋を後にしていった。


 私の心の中では、警告音が大音量で鳴り響いていた。


(……まずい。レイ王子のロマンティックな演出も、桜子の純粋な恋心も……今、全部ズタボロにしちゃった気がする――!!)


「ちょっと待って桜子! ……って、行っちゃった……」


 慌てながら、勢いよくドアに手を伸ばしかけたところで、私は立ち止まった。目の前には、微動だにせず紅茶を啜っているレイ王子の横顔。


 まるで、何事もなかったかのような余裕の微笑み。


 でも、さっきのはさすがに――


「……どうしてあんなヤキモチ妬かせるようなことを言ったんですか!?」


 振り返って、私は怒りに任せて言った。レイ王子のさっきの発言が、どれだけ桜子を傷つけたと思ってるの!? ヒロインの心が……!


 けれど、王子は紅茶を置き、額に手をやりながら深いため息をついた。


「……はぁ。やっぱり、また始まったか」


「え?」


「君のその、超絶鈍感勘違い」


 ズバリと言われて私は反射的に口を閉じた。


(は、私が……鈍感? 勘違い……?)


「本当に、君は……僕の何を見ているんだろうね」


 いつの間にか、王子は椅子を離れ、私の目の前まで来ていた。至近距離。心臓の音が跳ねるように速くなる。


「ま、またそうやって距離詰めて……ずるいです」


 思わず数歩下がるけど、背後は壁。逃げ場なし。


 王子は困ったように笑いながら、でもその瞳はまるで猛獣のような熱を灯していた。


「……また、身体に教えないといけないかな?」


 低く、甘く、耳をくすぐるような声。まるでその言葉自体が熱を帯びているかのよう。


 この前の、あの深いキスが脳裏に過り、体が火照る。


「だ、だからそれがダメなんですってば……! そ、それでまたヒロインの誤解が……!」


 私が何かを言いかける前に、レイ王子の顔がすっと近付いてくる。あと少しで唇が触れる距離――


「ちょ、まっ、待って……ほんとに……ま、まずいですってば……!」


 目をギュッと閉じる私。


 でも、触れる直前で――


「……本当に君は、僕をバカにしてるよね」


 唇ではなく、額にそっとキスを落とす王子の柔らかな感触に、私は目を開けられず、ただその場で固まるしかなかった。


「君が勘違いしていてもいい。でも、俺からは逃げられないって、ちゃんと分からせるからね」


 そう囁いて、彼は背中にそっと手を添えてきた。


(……これ、絶対分からせるって顔してる……!)


 私は今夜、またしても夢も眠りも落ち着かぬまま、フラグの大渋滞に揉まれることとなったのだった。


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