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23 私の大切な人

 

 ――ノクスが、動かない。


「ノクス……? ねぇ、ノクス……!?」


 木々に叩きつけられた彼の身体は、信じられないほど静かだった。血が、滲んでいる。呼吸は……ある。でも、その姿は、あまりにも無防備で、弱々しかった。


「やだ……やだよ……!」


 私は声を震わせ、立ち上がろうとした。けれど足がすくむ。あの黒い影がまだ、こちらを睨んでいるからだ。


 悪龍。


 その名にふさわしいほど、凶暴で巨大な存在。私が放った魔力の余波に惹かれ、現れたのだろう。けれど、その視線は、すでにノクスに向いていた。


(やめて……お願い……やめて!!)


 その意図が分かった瞬間、全身が凍りついた。


 悪龍が、尾をゆらりと持ち上げた。鋭い爪を備えた前脚が、ノクスを押さえ込もうとしていた。


(ダメだ。ノクスが……ノクスが殺される!)


 胸が潰れそうだった。息が詰まる。


 私のせいで、巻き込まれた。

 私が無力だったから、ノクスが――!


 けれど、それでも。


「やめてっ!!」


 声が出た。喉が裂けそうになるほど叫んでいた。


「この人は……この人は、私の大切な人なの! 手を出さないでっ!!!」


 その叫びは、空気を震わせた。悪龍がわずかに動きを止める。鋭い目が、こちらを見た。


 その瞬間――


「……た……いせつ……?」


 弱々しい声が、聞こえた。


 ノクスだった。


 押しつぶされそうなほど小さくて、それでも、確かに届いた声。


「……俺が……?」


 血に濡れた顔をわずかにこちらへ向けて、彼はかすかに目を見開いていた。荒い呼吸の中で、確かにその瞳が、私を捉えていた。


「あんたの……“大切な人”……?」


 その声に込められた震えは、痛みでも驚きでもなく――たぶん、嬉しさだった。けれど、それはすぐにかき消されそうなほど、儚い響きだった。


 私は、駆け出した。


 もう何もいらない。今は、この手でノクスを守る。それしか、考えられなかった。



(……このままじゃ、ノクスが――)


 目の前で、悪龍の前脚がノクスの体を押さえ込もうとしていた。


 血に濡れた彼の姿が焼きついて離れない。

 必死にこちらを見て、弱々しくつぶやいた彼の声。

「大切な人」という言葉に揺れた瞳――


(あんな顔……知らなかった……)


 胸の奥が焼けるように熱い。

 怖い。怖くて仕方ない。

 けれど、それでも。


(――もう、バレて問題になったって、構わない!)


 私の手が、自動的に動いた。

 呪文は、いらない。

 だってこれは、心の底から願った祈り。私の記憶に嫌というほど刻まれている。


 魔法陣が光を放ち、私の足元に展開される。


 ”リザレクション・オブ・セレスティア――!”


 無詠唱で発動された、最上級の癒しと蘇生の魔法。

 本来なら、ラスボスの負けイベ後にヒロインが手に入れるはずだった伝説の魔法。


 眩い光がノクスの身体を包み、血が引いていく。深い傷が、癒えていく。


「ッ……!」


 私は、膝をついた。

 視界が、にじむ。身体が、重い。

 ああ……アネットの魔力量じゃ一回が限界だよね……

 魔力が……底をつきかけてる。


 でも――


「……アネット!」


 光の中から、立ち上がるノクスの声が聞こえた。

 しっかりとした足取り。戻った力。甦った彼の体温が、私に迫ってくる。


 だけど――


「――っ!」


 悪龍が、咆哮した。


 灼熱の魔力を喉元に溜め込み、ブレスを放とうとしている。

 次の狙いは、ノクス――いや、私も巻き込む気だ。


 動けない。声も出ない。意識が、遠のいていく。


 それでも――!


「……リン、ネ……っ!!」


 最後の力を振り絞って、叫んだ。


 彼なら――あの“緑の影”なら、届く。

 私の魔力を感じて、きっと来てくれる。


 お願い、お願い――


 ノクスだけは、守って――!


「やっと名を呼んだな……」


 呆れたような声が聞こえ、身体が抱き寄せられる感覚。


 そこで私の意識は、ふっと、闇に落ちた。


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