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20 恋愛フラグが立たないので、ゴリ押しにでも建設してあげます!2

(よし……! ここからが本番だわ!)


 私は心の中で気合いを入れた。

 今、目の前に立っているのは――クロード・グレイヴァード王子。そして、その傍らにはゼイン・ヴェルゼ。

 どちらも敵国の人物。普通なら身構えるべき相手……なんだけど。


(私は知っている。この二人は、原作でも最終的にヒロインを命がけで守る最高に素敵な男たちになるって……!)


 推し。

 推しの登場である。


 特にゼイン様は、前世での私の最推しだった。クールで無口で、誰にも心を開かなかった彼が、唯一ヒロインにだけ”ある感情”を見せ始める。



 ――その変化が尊くて、何度涙を流したか分からない。


(でも、今の私はアネット。しかも悪役令嬢。自分以外にあの眼差しを向けるゼイン様なんて見たくない……!)


 私は、この場にヒロインである桜子を連れてきている。

 今こそ、彼女にフラグを押し付ける絶好のチャンスなのだ。


「クロード王子、ゼイン様。こちらが入学式で新入生代表挨拶をした桜子です。桜子、こちらが――」


 紹介の声にクロード王子が軽く会釈しながら、ふわりと笑った。


「やあ、初めまして。とても可憐なお嬢さんだね。アネット嬢のご友人なら、私としても大歓迎だよ」


(あれ、想像してたシーンと違う……)


 思わず動揺しそうになるのを押し殺して、私は笑顔を作る。


「桜子はとっても優しくて、気遣いのできる女の子なんです。きっと、お二人とも気に入ってくれると思います!」


 そう言って視線をゼイン様に移す。……が。


 彼は一言も喋らない。

 ただ無表情のまま桜子を見下ろし、その後で――なぜか私を睨んできた。


(えっ? なんかした?)


 その鋭い視線に、思わず背筋がぴんと伸びる。

 それでも私は諦めなかった。


 それにしても、綺麗な瞳……


 ゼイン様の琥珀のような目を、ジッと見つめると、ふと思い出した言葉を呟く。


「……ゼイン様の瞳、まるで光のようですね。冷たく見えるけれど、本当は――とても優しい色をしている」


 ゼイン様の肩に触れた瞬間、空気が変わった。


 ゼイン様の眉がピクリと動き、私をじっと見つめた。

 その視線は、どこか探るような、警戒するようなものに変わっていた。


 ――しまった。


(……うっかり“ヒロインセリフ”言っちゃったーーーーーーー!!!!)


 ヒロインからゼイン様に対しての初めての名台詞を、私は思わず口にしてしまったのだ。

 推しを前にしてテンションが上がりすぎた結果だ。


 ゼイン様はほんの少し、顎を引いてさらに私を睨みつける。


 そして、私が黙り込むと、めんどくさそうに見下ろし――ぱし、と肩に置いた私の手を跳ね除けた。


(うっ……推しに拒絶された……)


 冷たい態度に、私は胸を押さえながらうなだれる……かと思いきや。


 ――頬を染め、両手を口元に添えて、心の中で小さく叫ぶ。


(え……今、ゼイン様に触られた。拒絶された……! めちゃくちゃ、推しに冷たくされた……! つまりこれ、初手塩対応ってやつでは!?)


 思わず顔がにやけそうになるのを、なんとかこらえる。

 けれど内心では、完全に“推しにご褒美をもらったオタク犬”状態だった。


「ベルフェリア様……?」


 桜子が心配そうに声をかけてくるが、それどころではない。


(いや、待って。ゼイン様に睨まれたってことは、ちょっとでも気にしてくれたってことでは……!?)


 ふるふると震える指先に、アドレナリンが走る。


「……尊い……」


 小さく呟いたその声は、たぶん誰にも聞こえてない。……たぶん。そうであってほしい。


 だが、隣にいたレイ王子とノクスが、なぜかものすごく不機嫌そうな顔をしていたのは――きっと気のせいではない。



 わたしはそっとゼイン様を盗み見る。


 無口で冷徹と名高い彼は、何も言わず、ただ静かにわたしを見下ろしていた。

 その瞳はまるで氷のように冷たい。だけど、なぜかその奥に熱を感じる――ような気がした。


「……っ……」


 わたしの心が、ぶるりと震えた。

 ああ、推しだ。やっぱりこの人、前世の推しだ。

 この無表情の奥に秘められた感情が、たまらなく刺さる。


 うっとりしてゼイン様を見つめていると、隣から誰かのぼそりとした声が耳に入った。


「くそ……また増えた……」


 ノクスだった。

 彼は拳をぎゅっと握りしめ、顔を伏せてわたしの隣でため息をついている。


「ノクス?」


 わたしが問いかけると、彼はピクリとも動かず、顔を伏せたまま遠い目をしていた。


 その様子を横目に見ていたレイ王子が、いつになく冷たい声で呟いた。


「仮とはいえど、仮婚約者がいるのに……他の男に夢中とは。……無理矢理にでも、教えこまないといけないかもしれませんね」


「……え?」


 わたしはびくりと肩を跳ねさせる。

 その目は笑っているのに、どこか底の見えない黒い感情が滲んでいた。


 な、なんかみんな雰囲気おかしくない……?


 こんなときこそ、ポジティブな声かけで空気を変えないと!


「よ、よしっ!」


 わたしは手をパンっと打ち鳴らして、にこにこ笑った。


「これでみんな、桜子に心を奪われてるってことですね! 順調!」


「………………」


 沈黙が、重たく落ちた。


 レイ王子とノクスの目が、なんとも言えない色に染まっている。

 後ろでクロード王子も苦笑していて、ゼイン様はまた無言でこちらを見つめている。


 そんな中、桜子が小さく首を横に振り、困ったように微笑んだ。


「え……いえ、皆様の心を奪っているのは……」


 その先を言いかけたところで――


「……」


 ノクスが無言で首を横に振った。

 その仕草は、はっきりと「言うな」と制止するものだった。


 桜子はそれに従うように、そっと口を閉ざす。


 わたしはぽかんとしながら、何がどうなっているのか理解できず、首を傾げた。


 ――……みんな、どうしてそんな顔してるの?


 なんだか、またわたしだけ別のルートを歩んでいる気がしてならなかった。


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