20 恋愛フラグが立たないので、ゴリ押しにでも建設してあげます!
入学から数日が経ち、私はついに動き出すことにした。
――ヒロイン・桜子と、攻略対象たちの邂逅イベントを引き起こす。
「うん、よし。いける!」
桜子を攻略対象とのルートに乗せるため、私は朝から気合いを入れていた。私が脇役としてサポートすれば、原作の正しい恋愛ルートに修正されるはず!
しかもこの学園には、王子や騎士、精霊まで攻略対象がずらりと揃っている。こんなに選び放題なのだから、もう誰かしらとくっついてくれればいい!
まぁ、可能ならレイ王子と結ばれて欲しいな。
なぜなら、仮婚約が解除されるから!
……つまり、私がやるべきことはただ一つ!
桜子の恋愛補佐!!
まずはレイ王子とノクスからいこう。二人とも既に桜子と顔を合わせているし、やりやすいはず!
今日の私は、舞台監督も顔負けの采配を振るうキューピッド役。
なぜならこれは、レイ王子とノクスの魅力を桜子に紹介し、恋愛フラグを立ててもらう大チャンスなのだ!
「……で、そちらが桜子さんですか。入学式では、確か……隣の席でしたね」
レイ王子は相変わらず柔らかな笑顔を浮かべながら、桜子に目線を合わせた。金糸のような髪がふわりと揺れて、まるで絵画の中の王子様そのもの。
「改めまして、リュミエール王国第一王子、レイ・アルベルド・リュミエールです。アネットの……そうですね、幼馴染みで、仮の婚約者でもあります」
やんわりとした口調でそう言うレイ王子に、桜子は瞳を丸くした。
「か、仮の婚約者……!」
(やばい! 仮婚約者ってこと知られたら、桜子がアネットに遠慮しちゃうのに……!)
「彼女があなたのことをとても気にかけていたのは、よく知っているので。……アネットは、"皆に"優しい人ですから」
皆に優しい、と言った王子の目が、私に向けられたその瞬間――
なぜだか視線が妙に重たく感じた。気のせい、気のせい!
「はっ、はい……! ベルフェリア様には、本当に色々と親切にしていただいて……わたし、心から感謝しています。その中でも……」
桜子が目を潤ませながら話を続けるのを見て、私は心の中でガッツポーズを決めた。
よしよし、このまま行けばヒロイン×レイ王子ルートが始まる……!
さすが、ゲームのパッケージを飾る王道CPだなぁ。会話してるだけで絵になる。
「それで……えっと、そちらの方がノクス様ですよね?」
「はい。ノクス・ディアマンテ。レイ王子の直属騎士で、警護を担当しています」
ノクスは相変わらず口数少なく、無表情気味な返事をするが、その横顔の整いぶりは変わらない。
本来、原作ならベルフェリア家の騎士見習いなんだけど、私の腐った黒歴史夢小説のせいで……レイ王子の専属騎士にされて、ヒロインとの恋愛に沢山の障害があることに改変されて……ごめんね、ノクス……。
正統派王子様のレイ王子とは対照的に、濃紺の重めの髪の毛に鋭い眼差しがどこか影を帯びていて、騎士らしい冷静沈着な雰囲気が漂っている。
「ノクスは昔から忠義に厚くて真面目で、でもとっても優しい人なんですよ。剣の腕は学園内でも随一だし、信頼できるタイプってやつです! 私にとっては弟のような存在で!」
「……弟」
眉を顰めるノクスに桜子がふふ、と笑う。よし、ノクスルートも仕込んだ!
「ベルフェリア様は、お二人のことがお好きなのですね……」
「え? ええ、大好きよ! でも、そういう意味じゃなくてね! あなたとお似合いだと思うの!」
「……え、はい……?」
うん、なんかうまく伝わってないけど、大丈夫そう!
そう宣言する私に対し、レイ王子とノクスがぴたりと動きを止める。
……え? なんでこっち見てるの? しかも若干引きつった笑顔なんだけど……?
「アネット……」
「な、なに?」
二人が妙な表情で私を見ている。ううん、気のせいじゃない。
……もしかして、照れてるのかも。ふふふ、私の応援がそれほど嬉しかったのね!
「だ、だから桜子。二人のどっちとくっついても私は全力で応援するからねっ!」
そう笑顔で告げたその瞬間。
桜子はふるふると首を横に振って、驚くほど強い口調で言い切った。
「と、とんでもありません! わ……わたしはベルフェリア様の恋路を邪魔するつもりは微塵もありません!」
「……え?」
びっくりして目を丸くする私に、桜子はさらに真剣な顔で続けた。
「わたし、忘れられません。初めてベルフェリア様とお会いした日のこと。……『なんて、綺麗な髪の毛』って、言ってくださったでしょう?」
「あ、ああ……うん。そういえば言ったかも……」
それは、ル魔恋でのヒロインとレイ王子が出会うシーンのセリフ……
つまりは、レイ王子のフラグを横取りしてしまった。ということで……
ヒロインがまだこの学園に来たばかりで、不安そうな顔をしていた時。
明るい桃色の地毛を目立たないように隠そうとしていたヒロイン。
その柔らかな髪に触れて、レイ王子が何気なく言ったの。
それが、ヒロイン×レイ王子の一番最初のフラグ。
桜子は、両手を胸元でぎゅっと握りしめながら言った。
「……わたし、あの言葉で救われたんです。友達も地位も何もない自分に、あんなにも優しく声をかけてくださった方は初めてで……」
「桜子、……?」
「だから、私は――ベルフェリア様のことを、心から大切に思っています。お慕いしております」
キラキラとした目で見つめてくる桜子。その真っ直ぐな感情が痛いほどに伝わってくる。
ちょ、ちょっと待って?
さっきまで“レイ王子 or ノクスのどっちにしますかルート”のはずが、どうしてこっちに急カーブしてるの!?
「は、はぁ……?」
素で変な声が出た。理解が追いつかない。
あまりの全力の告白に、私の脳内に「恋愛フラグ・ルート選択ミス」の警報が鳴り響いている。
だが、桜子の真剣さは本物だ。決して冗談や社交辞令ではなく、心の底からの敬意と想い――それが伝わってくるからこそ、私は返す言葉に困ってしまう。
「……あの、えっと、その、気持ちは嬉しいんだけど……?」
「はい! わたしはずっと、ベルフェリア様の味方です!」
そう言って満面の笑みを見せる桜子に、私は内心でごろごろと転げ回っていた。
(ちょっと待って。いやいや、私は、あなたの恋を応援しようとしてるんだよ!? そんなふうにはぐらかして遠慮しないで、どっちにするのか好きな方を選びなさいよ!)
「……また、かよ……」
ノクスは呆れたような、なんとも言えない目で桜子を見つめる。
レイ王子は黙ったまま、若干引きつった顔でこっちを見ている。
あれれ、二人とも、もしかして嫉妬ですか?
桜子がアネットという悪役令嬢を慕ってることに対して、嫉妬しちゃってる?!
もしかしたら、これは失敗じゃないのかも!




