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1 よりによってコイツかい!!


 ――静かだった。

 何も聞こえない。耳を澄ましても、風の音すらしない。


 まぶたの裏は白く霞んでいて、視界も音も、ただの空白に包まれていた。

 でも――それが不自然だということに、すぐには気づけなかった。


 あ、そうだ。そろそろ起きて学校行かなきゃ。

 でも、今日は珍しくママが叩き起してこないな。ってことはもうちょっと寝てもいいかな?


「……ット様……アネット様!」


 大きな声にハッとし、慌てて目を開けた。まず見えたのは、見たこともない天井だった。


 高い天井には金色の装飾。天蓋には深紅のレースがたっぷりと垂れている。

 童話のお姫様ような……中世ヨーロッパ調の部屋。どこか作り物めいた豪奢さだった。


 そして、まるで夢に描いたような、中世ヨーロッパ風の寝室。


「……え? なに、ここ」


 かすれた声が、まるで他人のもののように耳に届く。

 喉が痛い。目の奥も重くて、思考が霧がかったままだ。


 寝る前のことを思い出そうとしても、そこには空白しかない。

 私は――確か、どこかにいた。誰かと話していた。そう、夜だった。

 だけど、その先が思い出せない。突然ぶつりと、糸が切れたように記憶が途切れている。


(夢、かな……)


 体を起こそうとして、ふわりとしたナイトドレスの袖が目に入る。

 滑らかな肌触り。まるでシルク。こんな服、着た覚えはない。……というか、持ってない。


「アネット様、お目覚めですか?」


 目の前には私を見つめるロングメイド服の女性が。

 控えめで、どこか気遣うような口調。だけど――なにより気になるのは、その名前だった。


「アネット……?」


 どこかで聞いたことのある名前。けれど、私の名前ではない。

 記憶の奥底から、それはゆっくりと浮かび上がってくる。ふとした瞬間に思い出すような、でも確実に知っている名前。


 カーテン越しの光に目を細め、私はベッドの脇にある姿見へと視線を向けた。

 そこに映っていたのは、見覚えのない女の子。いや、美少女だった。


 長いツヤツヤの黒髪ストレート。肌は白磁のように滑らかで、深紅のような眼は凛として――どこか威圧感すらある。

 それなのに、どこかで見たことがある気がして、視線を逸らせない。


 ぺたぺたと自分の頬に手で触れてみると、鏡の美少女も同じように頬に手で触れている。


 私、この美少女になった夢でも見てる? それにこの顔、どこかで見覚えがある。

 なにこれ、どんな夢? こんなお姫様みたいなお部屋……


「アネット様……? 体調が優れませんか?」


 ロングメイド服の女性が少し脅えた様子で問いかけてくる。


 だから私はアネットじゃないって……


 って、ちょっと待ってよ。

 黒髪赤眼のアネット……


 それって、まさか……



 私は知っている。この顔を、この髪を、この目を。

 乙女ゲーム『ルミナリア魔法学園恋奇譚(通称:ル魔恋)』に登場する、悪役令嬢――"アネット・フォン・ベルフェリア"


 ゲームの中では、ヒロインに嫉妬し、王子の心を奪い返そうとしてヒロインをいじめにいじめて、最終的には殺害計画……それも失敗に終わり、やがて王子に処刑される。

 私がヒロインとして何度もプレイして、何度も「ざまぁww」とドヤ顔で処刑シーンを眺めていたキャラ。


 ヤバい。どうしよう。

 このままじゃ私、処刑されちゃうじゃん。


「あの、私って魔法学校に通ってたりします? あと、あなたの名前は……?」


 そうメイドに問いかけると、言葉を失っているのか、目を見開いて固まっている。


 まぁ、そうなるよね……

 でも、ゲーム内のアネットみたいな傲慢なことは絶対しないようにしないと!

 記憶喪失のふりでもして、今から純粋可憐で清楚で人畜無害なアネットになって、処刑ルートを逃れなきゃ!


「アネット様、もしかして記憶がないのですか……?」

「そう、かもしれないわ。目が覚めた時、頭が痛くて……でも心配はいらないわ。先程の質問に答えてくれる?」


 頭を抑えて俯く演技まですると、心配そうにしながらメイドは口を開く。


「私はコフィと申します。アネット様が魔法学園に通うことができる年齢まで、あと一年ほどございますが、入学の段取りは全て旦那様が……」


 なるほど、アネットの魔法学校入学は父親のコネってことか……

 そういえば、ヒロインは平民なのに努力で学年首位で入学して、新入生代表の挨拶をするんだったよね。


 それに比べてアネットは裏口入学なんて……そんなの皆から反感買う要因の一つだわ。


 学年首位は無理だと思うけど、とりあえず裏口入学だけは絶対に嫌。あとでお父様には伝えておかなきゃ。


 それに、こうしちゃいられない。

 "善は急げ"よ!


 ベッドを飛び出し、豪華な装飾の施された机へと向かい、椅子に座る。

 目の前にあった羽根ペンを取り、紙とにらめっこを始める。


「お嬢様、本日は舞踏会の準備が――」


「あの、それ全部キャンセルでお願いします。体調が優れないって伝えて」


 その言葉を聞いて、ギョッとした様子で身体を震わせるコフィ。


 舞踏会なんて行ってる暇ない。どうせダンスなんてできないし。


 ここが”ルミナリア魔法学園恋奇譚”の世界だという仮説が正しいなら、私の未来は最悪。だったら、まずは……この世界のルールと、私の立ち位置を確認しないと。


 ――アネット・フォン・ベルフェリア。

 この世界で必ず破滅する悪役令嬢。


 ここは私がかつて、血眼になって周回プレイした乙女ゲーム『ルミナリア魔法学園恋奇譚』の世界。


 そして、私が今この世界で“なってしまっている”のは、そのアネット……。


 ゲーム開始時にはすでに悪名を轟かせている、ヒロインの恋敵ポジションの悪役令嬢。


 最終的に、ヒロインに嫉妬して殺人未遂を犯し、堂々たる処刑エンドを迎える、破滅フラグの化身みたいなキャラ。


 ……いや、いやいや、ちょっと待って。


「なんでよりによってコイツなのよォォ!!!」


 豪奢な机に突っ伏し、心の底から叫んだ。

 顔を上げると、壁にかかった大きな鏡の中で、黒髪赤眼の令嬢――つまり私。が絶望の表情を浮かべていた。



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