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17 やっと出逢えたのにバイバイなんてあんまりだ!

 ゼイン様の鋭い視線が、私の方にふと向けられた。


 それだけで、心臓が跳ね上がる。いや、爆発した。


 ああああ……推しと目が合った。尊い……。この威圧感、存在してるだけで剣になる感じ……生きてるだけで殺意レベル……尊死……。


 その様子を見ていたクロード王子が、首を傾げながら隣のゼイン様に尋ねる。


「……彼女と君は知り合いかい?」


 ゼイン様は私を一瞥し、眉ひとつ動かさずに冷たく睨みつける。


 そして、私が無意識にゼイン様に一歩近づいた瞬間――。


「……鬱陶しい」


 ゼイン様の手が、私の額にぴしっと当てられ、容赦なく距離を取らされた。まるで害虫でも避けるかのように。


 無感情。無慈悲。完全拒絶。


 けれどその瞬間、私の中の“推し脳”が叫んだ。


(今……今、推しに拒絶されました……! これ、まさか最初のシーンの、あの……?!)


 冷酷非情な騎士であるゼイン様は、人を殺すことを何とも思っておらず、それを当たり前にしてみせる。

 そんなゼイン様に対して、ヒロインは怖いもの知らずに距離を縮めて、ゼイン様の心の氷を少しずつ溶かしていく。という……なんともエモいゼイン様ルートの始まり……


 ――最高か。


 跳ね除けられたその感触に、私はうっとりと頬を押さえる。


(はぁ、推しに触られた。最高すぎる……冷たい視線、眼福……罵倒も、もしかして愛の裏返しでは……?)


 ついには、じわっと感涙まで浮かんでくる始末。


 その様子を見たクロード王子は、怪訝そうに眉をひそめる。


「えっと……彼女、追い払われて喜んでる?」


 レイ王子とノクスも黙り込んでいたが、やがてノクスがぽつりと呟いた。


「……こいつ、もうダメッスね」


 レイ王子はこめかみに手を当て、小さくため息をつく。


「さすがにこれは、擁護できないな……」


 ゼイン様だけが一歩後ろに引き、明らかに関わりたくなさそうに視線を逸らしていた。


 でも……いいの。


 これがゼイン様。私の推し。前世でずっと好きだった、無口で冷たいのに時々優しい、そういうギャップがたまらない男。


 冷たくされたぐらいでめげるようなファンじゃないんだから!


 むしろありがとうございますって感じだよ!!


「はぁ……今日、私、死んでもいいかもしれない……」


 ぽつりと呟いた私に、全員が静かに距離を取った。


 その場の空気は、もはやカオスという言葉でも片付けられないほどの修羅場と困惑のミックスフレーバーだった。


「とりあえず、面白いものが見られて良かったよ。またね、お嬢さん」


 優しい笑みを私に向けると、クロード王子はその場から立ち去っていく。


 ゼイン様は、もう一度私を見下すように一瞥したのち、くるりと踵を返し、その場を去ろうとした。


 その冷たい背中に、私は吸い寄せられるように一歩を踏み出す。


「ま、待ってくださいゼイン様っ……!」


 推しが、去ろうとしている。推しがこの場からいなくなるなんて、耐えられない。


 これは逃すわけにはいかない……!! もうこれは、イベント発生のチャンス!! 接近フラグを自ら立てねばっ!!


「お願いです、もう少しだけ、ほんの少しでいいので、私と会話を――」


 伸ばした私の手を、突然、誰かの手が掴んだ。


「アネット」


 冷静な、でもどこか抑えきれない苛立ちを孕んだ声――レイ王子だ。


 その隣で、ノクスも明らかに顔を引きつらせている。


「……あんた、本気で行くつもりだったんだな。何してんスか……」


「え? ちょっと、二人とも何で止めるの? 今すごく大事な――」


「大事じゃない」


 レイ王子がぴしゃりと遮る。


「……アネット。君は今、どれだけ危ういことをしているか分かってるか?」


「えっ、何が……?」


「相手は敵国の騎士、それも次期将軍候補とまで言われてる人物だ。警戒されて当然の立場なのに、君は無防備すぎる」


「無防備……って、でも、彼は――」


「でもじゃねぇよ」


 レイ王子の言葉に反論しようとすると、ノクスが珍しく語気を強めた。


「タイプだとか言ってたッスけど、あいつの空気、感じただろ。お前が無自覚に近づけば、本気で斬られるぞ」


「えっ、えっ、斬られ……」


 さっきの無言の“ぴしっ”って拒絶も、そういえば割とガチめだったかも……。


「でも、それはそれで……」


「それ以上言うな。マジでやべぇ発言だから」


 ノクスが頭を抱えたそのとき――


「……!」


 私の目が、ふとゼイン様の後ろ姿に気付いた。


 あれ? さっきより足が早くなってる気がする……っていうか、完全に逃げ腰じゃない?!


「い、いけない!! 逃がすものですかぁぁっ!!」


 ダッシュしようとした私の腰を、レイ王子が片腕で抱き止めるようにして止めた。


「アネット、さすがに落ち着きなさい」


「ゼイン様が、離れていく……っ! ぐうぅぅ……ゼイン様の背中すら尊い……」


「駄目だこいつ……一回寝かせた方がいいですよ……」


 ノクスが肩を落とし、完全に疲弊した顔でレイ王子に向けて嘆く。


 結局、私はレイ王子とノクスに物理的に押さえ込まれたまま、ゼイン様の背中が完全に見えなくなるまで地団駄を踏み続けたのだった。


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