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16 推しバレして怒られるって何?!

 放課後、静まり返った廊下に、コツン、コツンと靴音が響く。



 伝説級の回復魔法を暴発させた、あの試験の後。私は父の根回しにより「魔力測定クリスタルの不具合」ということで事態を丸く収められた。いや、押し込められた。私の適性はAランクという無難な扱いになり、派手な事件の記録もすべて伏せられたらしい。


(ありがたい……のよね。きっと)


 でも、なにかこう、腑に落ちない。自分の力を誤魔化されたような感覚。けれど、この世界に関しては、波風を立てないことが何よりも重要なのだと、私は知っている。


(それにしても、魔法都市ってだけあって、本当に他国からも生徒が来るのね……エルフや獣人まで……)


 感心しつつ角を曲がった瞬間だった。


「……あっ」


 ぶつかりかけた。けれど、相手が寸前で私を抱きとめた。


「おや、失礼。大丈夫ですか?」


 低く優雅な声。落ち着いた所作。そして――その顔。


(え……)


 世界が止まったような錯覚に陥った。


 今様色の髪、柔らかな印象を与える薄緑の瞳。面差しは違うけれど、誰かに――似ている。


(あれ……前世で会ったことある……?)


 言葉が出ない。なのに、心臓が脈打つ。苦しいほどに、速く。


「失礼。私はクロード・グレイヴァード。お嬢さんは新入生かい?」


 その言葉が、とどめだった。


(クロード……!?)


 ヒロインの攻略対象……リュミエール王国とは敵国であるナベリウス王国の王子、クロード・グレイヴァード


 脳裏で警鐘が鳴る。視界がかすむ。手が、震える。足に力が入らない。


「お嬢さん? 大丈夫かい?」


 彼――クロード王子が私に手を伸ばしてきた。

 なぜか分からないけど、その顔を見ると、全身に電撃が走ったような拒否反応が出る。


「……っ!」


 私は無意識に一歩、二歩と後ずさった。けれど、足がもつれ、そのまま床に尻もちをつく。


「――おい、何してる」


 そこに割って入るように、鋭い声が飛んだ。


 振り向かなくても分かる。ノクスだ。


「あんたは……ナベリウス王国の……」


 ノクスの手が剣の柄にかかる。


「おやおや、誤解されては困ります。私はただ、ぶつかりかけた彼女を支えようとしただけですよ」


「ふざけんじゃねぇ! こいつが怯えてるのが分かんねぇのか?」


 ノクスが剣を抜こうとする動作をした瞬間……背後に、気配もなく影のように静かに立っていた男が剣を抜き、その首筋に刃を添えた。

 たった一瞬の出来事に、ノクスは動揺した様子で固まる。


「……私に向けて、その剣を抜いたらどうなるのか……かしこい君なら分かりますね?」


 彼のすぐ後ろに立つ、異様な雰囲気の騎士。飴色の長い髪の毛を高い位置で結んでいて、感情の読めない琥珀の瞳が冷たく私を見下ろしていた。


 ――ゼイン・ヴェルゼ。


 その名は、敵国でも名の知れた“沈黙の処刑者”。言葉をほとんど発さず、剣と魔法で命令を遂行する男。因みに攻略対象の一人。


「……」


 無言のまま近づいてきたゼイン様は、ただ一歩踏み出しただけで空気が凍るようだった。


 原作のキャラ設定でも、剣を抜かなくても視線だけで殺気を放っているようなイメージを放つ。と書いてあった。


「……っ、レイ王子の婚約者を怖がらせ、専属騎士を殺したなんて明るみに出たら……そっちこそ立場が危ういんじゃねぇのか?」


 一瞬で、空気が張り詰めた。


 ノクスの肩越しに、その騎士――ゼイン様の瞳が私を捉える。その視線は、感情が読み取れないほど冷たい。


(こわ……)


 足がすくんで、声が出ない。


「へぇ……貴女が、あのレイ王子の婚約者なのかい?」


 クロード王子が、私に向けて視線を送る。

 それはまるで"へぇ、コイツが噂の……"とでも言いたげな。



「――その辺にしておけ」



 凛とした声が廊下に響いた。まるで、空気を一変させるような威厳を帯びた声。


「レイ、王子……」


 レイ王子が歩み寄り、私の前に立つ。その瞳に宿るのは、冷静と怒気の入り混じった色。


「この学園は、各国の思惑を持ち込む場ではない。学問と魔法において平等を尊ぶ場所だ。……こんな所で殺し合いをするつもりはない」


 その言葉に、クロードがふっと笑った。


「ふふ……さすがレイ王子ですね。平和主義を表したような方。護衛の方も、そうですね……」


 明らかに値踏みするように、上から下へとノクスを見つめる。


「……ふざけんなよ」


「……ノクス。落ち着け。相手の思うつぼだ」


 レイ王子の静かな声がノクスを制した。ゼイン様はすでに納刀していて、何事もなかったかのように元の場所へ戻る。無言のまま、その目はずっと私を見つめていた。


 ゼイン様、生で見たら怖い……

 けど……私……


 私は、震える指を組みながら、しゃがみこんだままぼんやりとゼイン様を見つめた。


(目の前に……あの、ゼイン様が……)


 前世の私、桜子の推しキャラであるゼイン様……いざ目の前に剣を抜かれると、死を覚悟したけれど……


 いや、カッコイイ……

 うわぁ、毛穴ひとつない綺麗な肌に、キリッとした目……長い髪の毛はサラサラで、どんなシャンプーとトリートメント使ってるんだろう。


 言葉を失って、呆然とゼイン様を見つめ続ける私を心配してるのか、レイ王子の手が肩に触れる。


「アネット、大丈夫?」


 その一言で、私の中の緊張がぷつんと切れた。


「あ……ごめんなさい。大丈夫。私は……平気」


 でも、平気なふりをする声が、やけに震えていた。


 それにしても、目の前にいるのは、やっぱりあの推し。


 あああ、やっぱりゼイン様だ! 間違いない、この無口で冷たい雰囲気、目の奥の光の無さ、鋼のように研ぎ澄まされた存在感! ゲームの立ち絵とボイスが脳裏を駆け巡る……あのときの、私の青春のすべてだった!


「……ゼイン・ヴェルゼ様ですか……!」


 知らず、息が震え、頬が熱を帯びるのを感じた。


 無意識に、一歩、近づいていた。


「え、えぇ……本物……?! いや違う違う、これは本物なんだけど! ひっ! 目が合った! えっこれって推しにリアルで会ってるみたいな状況ってやつじゃない? やば、これマジでやばい……!」


 ぶつぶつと小声で口走る私を、ゼイン様はまるで“得体の知れない存在”でも見るように、眉をひそめた。


 いけない、今までひた隠しにオタクであることをみんなに隠してたけどけど、いざ推しを目の前にしたら、オタクムーブが止まんない……


 そのとき。


「――アネット。今、なんて言った?」


 背後から、低く押し殺したような声がした。


 ハッとして振り返ると、怒った時にする謎に柔らかな笑みをしたレイ王子と目が合う。


 その蒼い瞳は冷たいほどに鋭く、まっすぐに私を見据えている。



「っ……!」


 しまった。


 思わず言葉を濁すと、その横からノクスが一歩前に出た。


「まさか、あんたが“好きだった”って言ってたのは……」


 低く、くぐもった声。ノクスの瞳が、まるで獣のように細められていた。


「ま、待ってノクス、そういう意味じゃなくてっ! これは……その……前世での話で!」


 ――ヤバいヤバいヤバい! これは余計にダメなやつだった!


 ふたりの空気が一気に変わるのが、肌で分かった。


 レイ王子は、私の一歩隣にまで来ると、ふっと笑みを浮かべる。だが、その笑みは氷のように冷たかった。


「へぇ……君の“好み”って、あんな無口で人の話も聞かないようなタイプだったんだね。意外だな。俺には、まったく理解できないけど?」


 その声音が、冗談の皮を被った本音だったことに、私は気付かないふりをした。


 ノクスも、視線をゼイン様に向けたまま、まるで噛み殺すように、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな言葉を呟く。


「……だったら、なんで俺のこと……」


 怒ってる。ものすごく。

 私、またなんか、地雷踏んだ?!


 ゼイン様はというと、そんな修羅場の空気を面倒くさそうに一瞥しただけで、ふいっと視線を逸らす。


 ――推しの前でめっちゃ怒られてるんだけど……私、いま何のルート入ってるの!?


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