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14 こんな"異世界転生チートもの"みたいなことある?

 ルミナリア王立魔法学園、実技試験用コロシアムにて。


 遂にやってきた……魔法適性技能試験。

 ここでヒロインは聖女適性SSSランクを叩き出して注目の的になり、アネットからの反感を買うきっかけになる。


 そして、試験会場に走る、ざわめき。

「聖女SSS判定……!?」「嘘でしょう……」「あの平民、何者?」


 どよめきの中心には、淡い桃色の髪を揺らして立つ桜子の姿があった。


 彼女が魔力測定クリスタルに手を触れた瞬間、それはまるで光の柱のように天井まで突き抜け、空気すら震えた。

 判定はまさかの――聖女適性SSS。

 最高ランクの適性判定。それも、選ばれし聖女にのみ与えられるはずの等級。


「あんなに可愛くて優しくて、それで聖女の適性もあるなんて……すごいなぁ」


 私は思わず呟いていた。


 ここまでは順調、想定通り。これで王子とのフラグを立てる下準備は完璧ってわけ。




「……では、次。アネット・フォン・ベルフェリア」


 試験官の声で、我に返る。


(ふふん、私の番ね。ちゃちゃっと終わらせちゃおう。私が目立つ枠でもないし)


 前世で何百回もこの試験を見たから流れは完璧。クリスタルに手を当て、魔力を流し込む。


(とりあえず親の顔よりも見たあの魔法を――)




 ふわり、と。


 風が吹いた。


 その風には、純白の花びらが……


 視界の端が一斉に色づいていく。


(わぁ……綺麗。ゲーム内のイベントシーンでしか見たことなかったけど、いざリアルで目にするとこんなに綺麗なのね)


 辺り一面、白い花が咲き乱れる。

 そしてなんと、クリスタルが……砕けた。


「え……?」


 試験官が声にならない悲鳴をあげる。周囲の生徒たちも後ずさる。


「……クリスタルが……砕けた……!?」「ま、待って、いまの……何の魔法……!?」「あの花……少なくとも上級回復陣からしか咲かないはずの……!」




「は、はぁ……? みんな何を……そんな大袈裟な」


 手を見る。震えてる。花の粉が光の粒となって指先にまとわりついていた。


 え、たった一回の魔法で手が震えてる……これは魔力枯渇のサイン……



 《リザレクション・オブ・セレスティア》

 ゲーム内では最終章、ラスボス戦の負けイベント後にのみ解禁される、最上位の蘇生兼癒し魔法。


 私は、その詠唱を一言も口にせずに使っていた。条件も何も無視して。手癖で。




(ちょ、ちょっと待って! これって、最終盤でヒロインの力が覚醒してやっと習得する高難度魔法じゃん……!? いままでゲームで当たり前に使ってたから、つい、癖で……!!)


 ……どうしよう。

 ヒロインの見せ場を奪っちゃった?

 これって不敬になるかな?!


 いや、そんなこと考えてる場合じゃない……!


 後ろを見れば、レイ王子もノクスも完全に驚愕した顔でこちらを見ていた。

 桜子は、なぜか目を輝かせて「すごい……!」と拍手してるし……。




 うう、やばい、やばい、やばい……ッ!!



「つ、次ッ! 次の生徒ッ! ……いえっ、ちょ、ちょっと待って、測定器の予備は!? 誰かーっ! 予備のクリスタル、まだ倉庫にあったでしょう!? あと、医務室、医務室も呼んで! 魔力枯渇の可能性が……!」


 試験官の悲鳴にも近い叫びが響き渡る中、先生たちが右往左往して走り回り、混乱の波が会場を飲み込んでいく。



 私はそそくさとその場から退散した。静かに、ひっそりと。これ以上の注目を浴びないように……!


(あれ? 私、できるだけ目立たずにヒロインをサポートする予定だったんだけど……?)


 ――なぜ、花園を創造してしまったんだろう、私。


 けれど、そんなことを考える余裕も、すぐに消えていった。


「……あれ、なんか……力が、入らない……」


 足元がふらりと揺れる。視界の端がじわりと滲んで、少しずつ床が近付いてくる。


(えっ、うそ、魔力……全部、使っちゃったの……?)


 すとん、と膝が抜けて、私はそのまま前に倒れ込みそうになった。


 その瞬間——


「っ、アネット!」


 誰かが、私の体をしっかりと受け止めた。鋭い声とともに、胸元に感じる温かな体温。血管の浮き出たがっしりとした腕。


「……ノクス……?」


 名前を呼ぶ声は、自分のものとは思えないほどかすれていた。彼の顔がすぐ近くにあった。焦ったような、でもどこか必死に冷静さを保とうとする表情。


「魔力、使いすぎだ! これ以上喋んな……すぐ医務室に……!」


 彼の声がだんだん遠くなっていく。世界が白くぼやけて、花びらの香りがどこまでも続いているようだった。


(ノクス……助けてくれて、ありがと……)


 最後に思ったのは、それだけだった。


 ふわりと浮かぶような感覚の中、私はノクスの腕の中で、静かに意識を手放した——。



 ◇ ◆ ◇


 目の前に広がるのは、嫌という程見慣れた玉座の間だった。


 赤い絨毯に、黄金の装飾。けれど、その空間は冷たく、血の気を失ったように静まり返っていた。


「アネット・フォン・ベルフェリア。あなたの数々の悪事、もはや見逃せません!」


 レイ王子の声が響いた。怯えも迷いもない、まっすぐな瞳。背後には、レイ王子とノクス。剣を抜いていた。


 そして、ざわめきだすギャラリー。

 そう、今は卒業セレモニーの最中。


 今までは、ずっと待ち望んでいた"ざまぁ"シーンだったけど……


「わたし、今までベルフェリア様に虐げられてきました……もう我慢の限界です」


「桜子、違うの……私、そんなつもりじゃ……!」


 声は震え、脚がすくんだ。弁明の言葉が喉に詰まる。


「覚悟は、できているんでしょうね?」


 レイ王子の冷たい声。鋭い剣先がこちらに向けられる。


「やめてっ、お願い、私はただ、桜子とあなたを……!」


 ノクスの手が動いた。銀の光が迫る。


 ——やだ、死にたくない。こんな終わり、嫌……!




「やだっ!!」


 私は飛び起きた。肩で息をしながら、恐怖で涙が込み上げる。喉が焼けるほどに心臓が脈打っていた。


「アネット……?」


 すぐそばに声があった。視線を向けると、そこにはノクスの驚いた顔。心配そうに私を見つめるその眼差しに、なぜか涙が止まらなくなった。


 気づけば、私は彼に抱きついていた。


「ノクス……っ!」


 彼の体は思ったよりも温かく、確かだった。戸惑いながらも、ノクスはそっと背中に手を回して、支えてくれた。


「あんたが泣くなんて……らしくねぇッスね。このことは誰にも言わねぇから……好きなだけ泣けよ」


 その優しい声に、胸がぎゅっとなった。今だけだとしても、私を抱き締め返してくれる人が、ここにいてくれる。


「……ありがと、ノクス」


 顔を上げると、彼はいつものように呆れて笑ってみせたけど、頬がほんの少し赤くなっているのが分かった。


(あ……しまった。今、完全に抱きついちゃった……!?)


 羞恥がこみ上げてきたけれど、今はまだ、彼の温もりから離れたくなかった。




 ちなみにそのころ、学園の校長室では、レイ王子が厳しい面持ちで校長と話をしていた。


 もちろん、内容はアネットの「伝説級回復魔法による魔力測定クリスタル破壊&学園施設花園化事件」についてである——。


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