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13 あれれ、もしかして図星ですか?

 

 そして、桜子がその場を立ち去っていくのを見送ったあと、私はふぅっと息を吐いた。背筋の緊張が少しだけゆるむ。やっぱり、ヒロインの笑顔は最高だ。よし、今日の観察内容と改善点をしっかりまとめておかないと――。


「……さて、アネット。今の会話はどういうことかな?」


 落ち着いた、けれど明らかに問い詰める気満々の声が頭上から降ってきた。


「ひぃっ!」


 私は条件反射でノートを閉じ、胸に抱きしめるようにして立ち上がった。見れば、レイ王子とノクスが、並んでこちらを見下ろしている。どちらも無表情寄りだが、目が笑っていないのが恐ろしい。


「ま、待ってください、これはほんっっっとうに誤解なんです! 私が何か……あの、恋とか、そういうのじゃなくて!」


「恋……?」


 レイ王子が小さく首を傾げる。ノクスの視線はノートに注がれたままだ。いけない、絶対見られちゃいけない。あのノートには、桜子とレイ王子をくっつけ、ノクスに恋心を自覚させるための計画がみっちり書かれているんだから!


「さっきの子が言ってた"ベルフェリア様の恋を全力で応援します"って、あれは?」


「違います、全然違います! 私が彼女の恋を応援してるんです!」


 思わず強く言い切ってしまったけど、どんどんおかしい方向に進んでいる気がする……。


「……へぇ。随分と優しいんだね」


 レイ王子がわざとらしく相槌を打つ。その目がどこかからかっているようで、なぜか火がついた。


「でも! 桜子って、本当に素敵な子なんです! 気づきませんでした? あの柔らかな微笑み、どんな相手にも礼儀正しくて優しくて……!」


 気がつけば私は手を握りしめて力説していた。


「ノクス! あなたも感じたでしょ? 桜子の、あの穏やかで奥ゆかしい雰囲気! ほら、あなたもちょっと『いい子かも』って思わなかった?!」


 ノクスの瞳がほんの一瞬だけ揺れた。けれどすぐに、それは深い夜のような無表情に戻る。


「……思ってません」


 声は低く抑えられていたけれど、その一瞬の沈黙が気になる。絶対に図星だったはずなのに。やっぱりノクス、もう桜子が気になってるんじゃ……!


「王子はどうでした!? あの髪、透けるような色味で……“朝焼けに染まる桜のよう”って、ほら、そんなふうに思ったりしませんでしたか!? 私は思いました!」


「それは君の感想だよね?」


 レイ王子の目が細くなる。や、やばい。盛り上がりすぎた。


「あ、えっと、でも、ほら、私たちってこれから長い学園生活を共にするわけで……仲良くしておいたほうが、あの、円滑というか、はい、えっと……」


「アネット」


「っ、はいっ!」


 情けない返事が口からこぼれた。しまった、お嬢様としての威厳が……。


「君は本当に、何を考えてるのかわからないね」


「そんなことないです。私は、ちゃんと考えて、桜子とレイ王子が……」


「……君、もしかして、あの子に惚れ込んでるの?」


「私が?! あっ、いや、そうじゃなくて!!」


 思わず大声になり、しまったと口を押さえる。動揺しすぎた……あぶない。


「とにかく、誤解ですから! ま、まあ、そんな感じで! お二人が今後、どんな形で彼女と関わっていくのか、非常に楽しみにしてますから! じゃあ私はこれで!」


 私はそう言い切ると、そそくさとノートを抱えたまま立ち去る体勢に入った。これ以上、追及されたら何を口走るかわからない。


 ……けれど。


「アネット」


 背中に、レイ王子の低い声が落ちる。ぴたり、と足が止まった。


「話、終わってないよ?」


(……出た、レイ王子の“笑ってない笑顔”タイム……)


 ゆっくりと振り返ると、レイ王子がにこりと微笑んでいた。穏やかだけど、その目の奥にある静かな怒りは、子どもの頃から私が一番恐れているものだ。


「さっきの話はひとまず置いておくとして……入学式の席。どういう意図だったのか、聞かせてもらえるかな?」


「席……ですか? な、なんのことです?」


「僕とあの子とノクス。どうして“その三人が並ぶ席”にされていたのかってこと。偶然じゃないよね?」


「いやぁ、あれはですね、その……ほら、学園側が勝手に決めたというか」


「校長先生が言っていた“平民貴族関係なく、平等に配慮した座席案出した”のは誰?」


「……私です」


「だよね。入学式の前に聞いた話とは随分聞いたけど?」


「う……ごもっともです……」


(うわ、完全に詰められてる……本当に校長許すまじ……)


「あの子を僕とノクスで挟む形にしたのは、どういう狙い?」


「い、いえ、そんな深い意味は……! その、初日で不安でしょうし、レイ王子とノクスなら安心感もあるかなーって!」


「僕たちと初対面のあの子に“安心感”を与えるために、隣に置く? ちょっと強引じゃない?」


「……うぅ……」


 レイ王子の視線が容赦なく突き刺さる。私の背中に、じっと張りつくような圧がある。


(もうやだ……穴があったら入りたい……)


「僕のことはともかく、ノクスまで隣に座らせる理由は?」


「ノクスは……その、可愛い子だから……落ち着くかなって」


「“可愛い”……?」


 レイ王子の眉がぴくりと動く。ノクスは小さく咳払いをして、そっぽを向いた。


(やばい、私の前世の記憶フィルターがそう言ってるだけで、ノクスの見た目は可愛い系じゃないよね?! ノクスも若干引いてる……!)


「はあ……もう、いいよ。アネット、これ以上聞いても意味はなさそうだしね。ただ……」


「……ただ?」


「君が何かを“企んでいる”なら今すぐやめてね」


 レイ王子は一歩、私に近づく。


「仮婚約者として、僕は君の動向を監視する義務があるからね。特に“無駄に騒がしい時”は、要注意だ」


「……ひっ」


 私は何も言い返せず、小さく震えた。視線を逸らすこともできない。


(だめだ……完全にマークされてる……! これ以上、変な動きはできない……!)


 それでも、私は胸元のノートを抱きしめる。


 桜子の未来と、レイ王子の好感度のために――この計画だけは、絶対に諦めない。


 でも、こんなに私に怒ってるってことは、レイ王子も少なくとも桜子とのことを意識してるんじゃない?

 だって、私が二人の出会いを台無しにしたことに対してこんなに怒ってるんでしょ?


 それならまだ勝算はあるんじゃない?!

 ご安心を、レイ王子。私、次はミスりませんから……!

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