表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/45

9 選ばれし者じゃないので、契約なんて絶対にしませんからっ!

 ――これはもう、ほぼ確実に好感度が下がった。


 王子の言葉を思い出せば思い出すほど、胸がギュッと痛む。あの時の王子の微妙な沈黙、今になって分かる。私が突き落としたのだ。自分から深い穴に――いや、処刑台に一歩近づいたんじゃ……?


「これは、もう……仕切り直さなきゃ……!」


 私は決意とともに、自室の机の片隅で埃をかぶっていた「破滅ルート回避ノート」を取り出した。中身は、私がこの世界の元ネタだと信じていた“ル魔恋”の設定。


 だけど厄介なことに現実は、ル魔恋の原作ではなく、私が書いた夢小説の世界……



 ――ルミナリア王立魔法学園。

 それは王都の外れ、結界に護られた区域に存在する名門中の名門学園であり、貴族・平民問わず魔力を有する若者が集まる魔法教育機関だ。


 生徒たちは三つの枠で入学を許される。


 一つ、推薦入学――貴族家門からの特別枠。

 一つ、実力入学――筆記・実技ともに優秀な者に与えられる名誉。

 そして最後に、極少数存在する……裏口入学。


 ちなみに私は当然、三つ目。アネットの父が『娘の評判さえ上げてくれれば』という交換条件で、莫大な支援金を無理やりねじ込んだらしい。そう、ゲームでいうところの“悪役令嬢の顔見せイベント要員”である。


 私がアネットに転生する前にはもう裏口入学は決まっていたみたいだから、もう手遅れよね。


「問題は――ヒロインだわ」


 王子の言葉を思い出す。


『平民の子なんだけど、次の入学生の中に、トップの成績を出した生徒がいるらしいよ。入学式では、その子が代表挨拶をするんだって』


 平民、なのに入学トップ、しかも代表挨拶――


「やっぱり、ヒロインだよね」


 脳内に、ゲーム本編の記憶がよみがえる。そう、ヒロインは地方の村で育った魔法の才能を隠していた少女。入学時に圧倒的な実力で注目され、しかも人当たりもよく、トラブルのたびに攻略対象を次々救い……いや、フラグを建てまくる最強ルート建築家!


「このままだとレイ王子と出会って、恋に落ちて、私は……破滅……処刑……!」


 血の気が引くとはまさにこのこと。親の顔より見た、レイ王子の隣でヒロインが微笑む場面が脳内再生され、私は目を見開く。


「駄目だわ……このまま自然に任せてたら、私がヒロインの恋路を邪魔してるように見える!だから、だから、いっそ……!」


 私はぐっと拳を握りしめ、ノートの端に書き込みを始めた。


 《レイ王子とヒロインを確実に出会わせる作戦》


 そう、無理やり運命の歯車を回すのだ。この私が、恋のキューピッド役を買って出ればいい!


「まずは入学式。代表挨拶の子と王子を“たまたま”隣の椅子に……!」


「そして、学園祭で同じ班にするとか……いっそ、魔法実技のチーム戦で距離を……!」


 私はスラスラと作戦を書き連ねながら、「私ってすごい名サポーターかも……」などと、見当違いな自画自賛をしていた。


 そしてまだ気づいていない。この恋路に踏み込めば踏み込むほど、誰よりもレイ王子とノクスの心をかき乱し、自分の破滅ルートとはまるで違う、“未踏の恋愛地雷ルート”を切り拓いていることに――。



 それに、どう考えても、このまま入学式を迎えたらまずい。


 ヒロインが“平民でトップ入学&聖女SSS判定”なんてチートを叩き出す未来が待ってるのに、私はというと裏口入学枠。しかも本来のアネットは、努力どころか魔法の基礎すら身についていないのだ。


(……いや、大丈夫。魔力判定は父の手回しで“A”になることになってる。なるけど!)


 ここで私の中に宿る凡人メンタルが顔を出す。


「A判定の“演技”すらできなかったら、どうするのよ……!」



「……癒しの光よ、我に集いて、穢れを祓い給え――っと!」


 窓の外に向かって、ぽん、と軽く杖を振る。

 かつて何度もゲームで連打していたあの回復魔法の詠唱を口にするのは、もはや日課になっていた。


 ――ふわり。


 光が揺れた。やわらかな金色の粒子が、私の足元からふわふわと舞い上がる。

 窓の外の空気がきらめいて、周囲の草花は咲き誇り、どこからか小鳥のさえずりまで聞こえてきて――


「……あれ? 結構、雰囲気出てない?」


 魔力を込めた感じもないし、すごく軽い気持ちでやったのに、予想以上に成功した。



「ふーん、アネットって意外と回復魔法使えるんじゃん」


 と、我ながらちょっと満足。


 そうそう、ゲームではこの魔法、お世話になったんだよね。使えないとラスボス戦は特に詰むレベル。


 ……まあ、今の世界ではそんなゲームの事情なんて誰も知らないわけだけど。私だけが知ってる。


「よし、もう一回!」


 再び詠唱を口にしたその時だった。


 ――風が、止まった。


「……?」


 ぴたりと空気が張りつめる。窓の外の草も、花も、小鳥も、なにもかもが静止したように動かない。

 その中心に、光の粒が集まりはじめた。私の目の前で、渦を巻くように。


「お前……その魔力は、なんだ?」


 声が、空間に響いた。男の声。でも人の気配ではなかった。


 そこに現れたのは、エメラルドグリーンの揺らぐような不思議な瞳の少年。

 深い緑の髪の毛は毛先が碧色にそまっている。そんな不思議な色の長髪を靡かせ、透明な空気をまとうような存在感。彼が一歩進むたび、空間が揺れた。


「うわっ、誰!? どこから入ってきたの?! えっと……人……だよね?」


「我はリンネ。癒しと風を司る精霊。この大地に宿る万象の声を聴く者」


「せ、精霊……って、リンネ!? ル魔恋の? えっ、こんなタイミングで出るの!?」


 でも、時期的にまだ試験前だし、ヒロインが精霊ルートを選ぶわけ……!


「お前が、あの魔法を使ったのか?」


「えっ? う、うん。さっきの回復魔法のこと? まぁ、ゲームのときよく使ってたから詠唱だけ覚えてて……」


「ゲーム……?」


「い、いやいや、なんでもないですっ。うんっ、癒しの光よ、的な……!」


 私の焦りとは裏腹に、リンネはじっとこちらを見据えていた。その視線は、まるで私の中身を覗き込んでいるようで、妙に居心地が悪い。


「お前……気付いていないのか? 自分の力に」


「へ? な、何の話……? 私の魔力なんて、微々たるものだよ? 親が魔法学園の偉い人に頼んでA判定にしてもらうほどには……」


「……この力で“微々たるもの”だというのなら、人間の基準はどこまで狂っているんだ」


 リンネは、呆れたようにため息をついた。そして、ふと何かを決めたように、私に向かって一歩、また一歩と近づいてくる。


「お前の力、制御せず放てばこの地すら癒しに包む。あれは“奇跡”と呼ばれる魔法だ。お前の魔力を狙うものが現れるかもしれない。我と契約を結んだ方が身のためだ――」


「ま、待った待った待ったああああっ!!」


「……なんだ」


「そもそもアネットが精霊と契約とかそういうルートはないの! ていうかそれ、私のルートじゃないから出直してきてくださいお願いします!」


「……?」


 混乱と焦燥にまみれた私をよそに、精霊リンネはただ静かに、意味ありげに私を見つめ、首を傾げていた。


「お前は、我と契約を結ぶべき存在――「いや、いやいや、いやいやいやいや! ムリムリムリムリ! 精霊との契約ってそれ、ヒロインのルート横取りしちゃうやつだからっ!!」


 私は両手をぶんぶん振りながら、リンネの言葉を遮り、距離を取る。

 だってこの流れ、完全に「あなたが選ばれし者です」ってやつじゃん!? 私、目立たないモブ令嬢でいたいのに!


 ってか、勘違いだよ! だってリンネは……


 魔物に襲われた瀕死の生徒たちを守るために、ヒロインが涙を流しながら全体範囲回復魔法を発動した時に、その膨大な魔力とヒロインの慈悲の綺麗な心に引き寄せられて現れる、中盤以降に登場する攻略キャラ。


「だが、そなたの魔力は――」


「だからそれもっ! ゲームのときから散々使ってたし、慣れてるだけで、別に選ばれし才能とかじゃないの! あれで回復できるの、むしろ当たり前だから!」


「……“当たり前”にあれを使う人間など、この地に存在しない」


 リンネは、静かながらも強い口調で言った。

 その目は真剣で、ただの興味ではなく――何かに突き動かされているようだった。


「我はお前を見定める。契約に足る存在かどうか、お前自身が証明するまで、傍に在る」


「え、ちょ、え!? ストーカー的なアレじゃないよね!?」


「ストーカー……?」


「なんでもないですっ!」


 慌てて口を押さえると、リンネは少しだけ表情を緩めたように見えた。

 だがその視線には、どこか獣のような本能的な執着――「欲しいものを決して逃がさない」という意思が、静かに宿っている。


「契約は、お前が覚悟を決めたときで構わない。だが、いずれ必ず、我の名を呼ぶことになるだろう」


 そう言い残し、リンネの姿はふっと風のように消えた。

 その場には、淡い光の粒だけが、ふわりと漂っていた。


「……絶対、呼ばないから……!」


 私は呟き、足元の絨毯を踏みしめる。


 やばいやばいやばい。リンネルートのイベントまで発生してる。なんで?まだヒロインは現れてないのに。


 よりによって、ゲーム中盤以降に現れるはずの精霊と、入学前に会っちゃうなんて――絶対フラグ立ってるじゃん!


 これってもしかして、ゲームの中のヒロインじゃなくて、“主人公の夢小説”として私が書いた改変版の世界だから……?


 でも、アネットとリンネが契約するシーンなんて書いてないはず。


「……いやいや! ないないっ! 攻略対象のキャラは、ヒロインとくっつけるために作られたんだから! 私には関係ない! ないはず……!」


 そう言いながらも、私の背中にはほんのりとした寒気が走っていた。

 そして、空のどこかで、かすかな笑い声が聞こえたような気がしたのは――気のせいだと信じたい。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ