プロローグ 冷たい眼
その日は一段と冷える夜だったのを覚えている。
大晦日ということもあり、いつもより夜更かしをしていた私は、誰が見ても分かるほどに浮かれている。
というのも、私が想いを寄せる一つ年上の先輩と、これから会うことになっているから。
どの服を着て行くか。クローゼットから大量の服を運び出してはこれでもない、これでもない。と選別を始める。
そして時間にして約三十分が経過した頃、やっと手にしていたワンピースに袖を通しはじめる。冬らしい厚手のニット生地で、高校生の女子が着るには少し大人びたデザインのワンピース。だが、色味は可愛らしいくすみピンク。先輩の目に少しでも可愛く映るといいな。
それから私は口紅を不必要なほど丁寧に塗り、遂に鞄を手に取って家を出た。
さすがは冬の夜、今にも雪が降り出しそうなほど低い気温のせいか、吐息は白く染まる。
「これで雪が降ったら、先輩と初雪を一緒に見れるって事だよね。へへ、なんだか緊張してきたー……」
寒さのせいか、恋い焦がれる相手との妄想のせいか、顔は次第に耳まで真っ赤に染まっていった。
指定された公園へと着いたようで、当たりをキョロキョロと見渡して先輩の姿を探すも、まだ来ていないようで近くのベンチに腰掛ける。
恋愛ゲームしかしてこなかった私は、その恋愛ゲームの夢小説まで書いていて、現実の恋愛経験はゼロ。
だからこそ、今まさに淡い期待を胸に抱いていた。ひょっとしたらこれから先輩に告白されるんじゃないか、だって……こんな夜中に呼び出し。しかも大晦日の日付が変わる前ってことは……。と妄想にふけている。
今の時刻を確認しようと、鞄の中からスマホを探す。だがスマホが見つからない。
「……どうしよう、スマホ忘れた。今何時? たしか家を出たのが五分前、もう日付変わっちゃう」
私はそんな心配をしながら、先輩が来た時に渡せるように。と温かい飲み物を買うために鞄を持って立ち上がった。
……その瞬間。
突如、身体中を走ったのは雷に撃たれたような痛み。
口から生暖かいなにかが湧き出てくるのが分かる。その鉄のような刺激の強いにおい。これは血だと理解するのに時間はかからなかった。
口元をなんとか抑えようとしてはじめて気付く。胸を突き刺している刃物の存在に。
口から溢れてくる血のせいで、呼吸が上手くできず、次第に視界が狭くなる。
――ああ、私……死ぬんだ……。
目が閉じるその瞬間、最期に写ったのは……あの想い人の冷酷な表情だった。
――紅い血の海に、白い雪はふわふわと舞い降りていった。